第3章 西の都ニーアミア ⑥

「……なんだか今日のお前は凄かったな」


 宿へ戻る道すがら、ジェイクは先のシャルロットの毅然とした姿を思い出し、並んで歩く彼女にそう話しかける。


「ふふん、見直し――」


「あ、その調子の乗り方はやっぱお前だわ。安心した」


「……や、いくらなんでも私が得意がる時間短すぎでは? もうちょっとこう、泳がしてくれてもいいのよ?」


「それをすることで俺が何か得すんのか?」


「可愛いお姉ちゃんが見れるでしょ!?」


「……駄妹(だもうと)がちょっと成功して得意がってると思えば、まあ可愛いか?」


「やっぱそれ定着させる気なんだ……」


 しょんぼりするシャルロットに、しかしジェイクは――


「……まあ、今日はお前に助けられたよ。一人じゃ宿取るにもしどろもどろだったろうし、剣も力技以外じゃ多分解決できなかった。ありがとうな」


「ジェイク……!」


 ジェイクにしては珍しい素直な感謝の言葉! シャルロットは胸の前で手を組んで感激している!


「実際、格好よかったよ、お前。毅然としててまるで王女みたいだった」


「でしょー? 私だってちゃんとジェイクのこと助けてあげ、ら、れ――」


 嬉しそうに言うシャルロットが何かに気付く。


「まるでじゃないよ!? 私ちゃんと王女だからねっ!? プリンセス!」


「いや、普段はぽんこつとしか思えないけど」


「ついに姫までとれた! あれが普段! ジェイクと一緒のときは普通の私なの!」


「つまり本音のお前はぽんこつってことだな?」


「うん! ……あれ?」


 やっぱロッテはロッテだなと、シャルロットを優しい気持ちで眺めるジェイク。


「で、だ」


 そして、店を出てから今までずっと気にしていた疑問をついに口にする。シャルロットに僅かに顔を寄せて小声で尋ねた。


「なんであのガキ、俺たちの後を尾いてきてるんだろ。衛兵に突き出されたいのかな」


「聞こえてんだよ! そんなわけないだろ!」


 テッドが噛みつくように言うと、二人は仕方なしと言った様子で足を止める。


 そしてジェイクがやれやれと肩を竦めて言った。


「――じゃあなんで着いてくるんだよ。わかんねえか? 店を出てから俺たちはお前を無視してたろ――見逃してやったんだ(・・・・・・・・・)。好きに逃げればよかったのに」


「……聞きたいことがあったんだ」


 ジェイクが尋ねると、逡巡の後にテッドが言う。


「……あんたち、本当に勇者と王女なのか?」


「自分で勇者なんて名乗るつもりはないけど。でもいにしえの勇者の生まれ変わりらしいぞ、ルチアのお告げによると」


「ルチア様の……じゃあ本物かよ」


「様……? お前みたいな盗賊でもルチアを信仰してるのか。そんなら悔い改めろよ。俺のものに手をだしたらルチアの反感を買うぞ」


「諭し方! ジェイクのものだけじゃなくて、人の物盗んじゃダメなんだからね」


 シャルロットが口を挟むと、テッドは何やら、口ごもり――そして、ジェイクの腰の物を指さす。


「さっき王女……様が、親父さんが遺した剣って」


「ああ。形見だよ。父さんは十年前の魔王軍討伐隊に参加して戦死した」


「そうか、あんたもか――俺も父さんと母さんが魔物に殺された。元々レミナンドに住んでたんだ。だけど魔王軍の侵攻隊に占領されて――」


「そうだったの……」


 シャルロットの顔が悲痛に歪む。テッドが口にしたレミナンドとは、大陸のほぼ中央に位置する街で――今は魔王軍侵攻隊の拠点となり、対魔王軍防衛戦のすぐ先にある廃都だ。


「……悪かったよ。北に向かっていたってことは、魔王軍と戦うつもりだったんだろ? 魔物退治の邪魔をするつもりはなかったんだ。勇者だって知ってれば……」


「――ロッテの話聞いてたか? 勇者じゃなくても駄目だってよ」


 ジェイクの言葉に言葉を詰まらせるテッド。そんな彼は意を決してその場で土下座した!


「!?」


「頼む、俺も一緒に連れてってくれ!」


「ちょっと――」


 驚いたシャルロットが慌ててテッドに駆け寄った。衆目の目が集まる中、テッドの肩に手を置いて声をかける。


「顔を上げて? 男の子が、しかも往来で軽々しくすることじゃないよ?」


 しかしテッドは額を地面にこすりつけたまま、ジェイクに対し強く願う。


「頼む! あんたの子分にしてくれ! 雑用も荷物持ちもするし、あんたほどじゃないが少しは戦える! 役に立ってみせる!」


「――……顔を上げろよ」


 ジェイクがそう言うと、ようやくテッドは顔を上げた。その表情は真剣なものだ。


「盗賊のくせに勇者に憧れでもあるのか? 俺も代わってもらえるならぜひ代わってもらいたいもんだが」


「――ジェイク!」


 シャルロットが窘めると、ジェイクは息をついて口を噤んだ。


 そして、テッドがポツポツと語り出す。


「……俺だって盗賊なんてしたくねえんだ。けど食ってくには他に方法もなくてよ……この街じゃ配給はアテにできねえ。大人たちがグループみてえなもんを作ってて、俺みたいなガキはハブられるんだ。親がいねえってだけで、働き口もみつかんねえし」


「……そんな」


 テッドの言葉にシャルロットがショックを受ける。


「働き口はともかく、そんなんじゃなんのための配給かわからねえな。ロッテ、後で衛兵に告げ口してやれよ。王女に言われたら衛兵も張り切って目を光らせるだろ」


「そうする。子供が食べるのに困るなんて、配給の意味がないわ」


「よし、解決。明日からは配給に並べば飯が食えるぞ。じゃあな」


 ジェイクはそう言って踵を返そうとする。しかし当のテッドが待ったをかけた。


「違うよ、それだけじゃねえ! 食いもんが欲しくて仲間にして欲しいわけじゃねえんだ」


「子分から仲間にさらっと格上げしやがって」


「ジェイク!」


 シャルロットの怒声! ジェイクは肩を竦めてとぼけてみせた!


「俺だって父さんや母さんの仇をとりたいんだよ……でも俺一人じゃ魔王軍と戦うことなんてできねえ。けど、あんたたちと一緒なら……! レミナンドに行くんだろう? 俺も連れてってくれよ!」


 少年のその訴えに、ジェイクは何か思うところがあるようだった。即答はせず、茶化すこともせずに腕を組んで黙考する。


 ――しかしその時、シャルロットは予感した! ジェイクから――空気を読まない幼馴染みの口からあの言葉が出るのではないかと!


「ねえ、ジェイク。あのね?」


「ロッテ――」


「わかってるよね?」


「ああ、勿論さ」


 ロッテの意を汲んだのか、安心しろばかりに頷くジェイク! 胸をなで下ろすシャルロット! そんな二人に希望を抱く少年テッド!


 そして――


「断る」


 ジェイクはNOと言った!



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