第3章 西の都ニーアミア ②
「……ごめんねジェイク、私が声をかけたりしたから」
「いや、ロッテは悪くない。俺だって殺すつもりなんてなかった。思いの外鋭い攻撃で加減できなかった……声をかけてくれて助かったよ」
日が落ちて追走を諦めたジェイクは、森の近くで夜明かしをすることにした。折れ木を集めて焚き木にし、シャルロットの魔法で火を点ける。
二人はその焚き火の前に並んで座り、静かに語り合っていた。
「……あの子、どこの子なんだろう。どうしてあんなことを」
「そりゃ食い詰めてだろ? 親がいないって言ってたし」
「……夜が明けたら追いかける?」
「そりゃな。あの剣は父さんの形見だ。絶対取り返す」
「でも、街道から外れて逃げたし――どこに行ったかわからないよ?」
シャルロットがそう言うが、ジェイクは自信ありげに返す。
「本職じゃないが何年も王都の外で狩りをしてたんだぜ。人間の足跡くらい追えるさ。足跡は西に向かってる。ここから西にあるのは西の都ニーアミアだ。そこで間違いないだろう」
「……捕まえてもあんまり酷くしないであげようね?」
「それは相手の出方によるなぁ」
「ジェイク、顔が勇者のそれじゃない……」
「ロッテの方は随分同情的だったな?」
「だって……」
ジェイクの言葉に、シャルロットはしゅんとして言葉を詰まらせる。
「別にロッテが気にすることじゃない。そうだろ?」
「……でも、国民が健やかに暮らせないのは、国政を敷く王家の――」
「関係無いよ。堕ちる奴はどんな環境だって堕ちる。もう寝ろ。夜が明けたら奴を追いかける」
「ジェイクは?」
「火の番をしてるよ。明け方近くになったら起こすから交代してくれ。少し寝るから」
「……わかった」
シャルロットは頷くと火から離れ、地面に寝袋を敷いてもぞもぞと這入り込む。
そして――
「ねえ、ジェイク」
「うん?」
「明日の水浴びって……」
「……ここからニーアミアに向かうなら水場の近くは通らない。ニーアミアで宿を取るから、それまで我慢してくれ」
「むー……まあ仕方ないよね。わかった」
「悪いな」
「ううん、しょうがないよ。おじさまの形見だもんね」
「ああ」
そして会話が終わる。シャルロットは瞼を閉じて――
そして再びジェイクに声をかける。
「ねえ」
「今度はなんだ?」
「森の近くってなんか怖いから寝付くまでお話しして?」
「……黙って寝ろ」
「うう……虫の鳴き声が聞こえてきて怖いよぉ」
「寝・ろ!!」
ジェイクの怒鳴り声が夜の草原に響き渡った。
翌日、日が昇って盗賊の追跡を開始した二人は草原を行く。
「ねえ、ジェイク」
「なんだ? しりとりならしないぞ」
「どうせ負けるし、しりとりはもういいよ。そうじゃなくて」
「勝てるならしたいのかよ」
ジェイクの言葉をなんら気にせず、シャルロットが言う。
「色々あって話しそびれてたんだけど、一昨日シーサーペントと戦ったじゃない?」
「……その話をしたいなら昨日しりとりなんかせずに切り出せよ」
「リドルさんと別れた余韻で忘れてたの!」
「それで出てくるのがしりとりかよ……まあいいや、お前の謎思考について考えても時間の無駄だ。で?」
「相変わらず酷いなぁ……」
シャルロットは一瞬非難がましい表情を見せるが、すぐに気を取り直した。
「盾、すごかったねぇ。本物だったんだね」
「……お前は自分ちの秘宝が偽物だと思ってたのか?」
「そうじゃなくて! ……実感がなかったっていう感じかな。王家が勇者の直系だとか、そのジェイクが装備してる盾がいにしえの勇者が使っていた盾だとか。っていうかそもそもいにしえの勇者が実在したんだとか」
「ああ、そういうことか。それはわからんでもない」
ジェイクが頷くと、シャルロットはでしょ? と続ける。
「ジェイクはいにしえの勇者とか信じてた?」
「……正直おとぎ話だと思ってたよ。魔王が復活したってのも、単に強い魔物が生まれて魔物たちを統率したんじゃないかって。けど、伝わってる話は真実なんだろうな。ロッテも見たろ? 盾が光ってシーサーペントを押し戻したのを」
「うん。きっとあれが運命に抗う力なんだね」
精霊ルチアがいにしえの勇者に授けた《
それは勇者を勇者たらしめる力――精霊ルチアに選ばれた《
「運命に抗う力が発動したってことは、ジェイクは本当に勇者の生まれ変わりなんだね」
「……ルチアのお告げが下りたのが盾に触った瞬間だったからな」
「それであんなに物わかりが良く旅立つなんて言ったんだ?」
「……まあな」
「ルチア様のお告げってどんな感じ? お父様に聞いてもティンときたとしか言わなくて」
「王様って基本尊敬できる人だけど、時々お前の親父さんなんだなぁって感じだよな」
「褒めてないよね?」
「勿論」
シャルロットは無言でジェイクの肩をぽかすかと叩く。ジェイクはそれを雑に払って、
「王様にどんなお告げが下りたか知らないけど、俺の時は意思疎通ができたぞ。や、疎通っても向こうは俺の言うことに聞く耳もたんって感じだったけど」
「ルチア様とお話ししたの!?」
王家ということもあり、ルチア信仰の厚いシャルロットは目を輝かせる。
「うん、まあ……一応」
「なに、歯切れが悪いわね」
「ロッテが思ってるお話しとはだいぶ違うと思うよ。俺が勇者だってのをわからせられて、さあ旅に出ろって、そんな感じ。ルチアのお告げもあれ以来ないしな」
「……っていうかさ、気になってるんだけど」
「何が?」
尋ねるジェイクにシャルロットが言う。
「ジェイクってルチア様呼び捨てだけど。『様』をつけなよ。バチが当たるよ」
「……今まではそんなことなかったけど、初対面――って別に対面はしてないけど、お告げの印象悪くてな。言ってる事は伝承通りだよ。俺に魔王軍に立ち向かえって言うんだから、人間の敵ってことは有り得ないよ。ロッテは今まで通り信仰したらいい」
「ふぅん……ねえ、いつか私にもお告げって下りるかな?」
「可能性は高いんじゃないの? いにしえの勇者の直系なんだし、現に王様には下りてんだし」
「はぁ……きっと素敵なんだろうな、楽しみだなぁ」
「そうか。『これが勇者の直系の子孫、キツイ』とか言われないといいな」
「!?」
「なあ、ちょっとペース上げようぜ。あの盗賊の足跡はまっすぐニーアミアに向かってる。急げば夕方には街に着けるぞ」
「やや、待ってよ――私キツイ? 勇者の子孫としてキツイ?」
「風呂付きの宿探そうぜ。お前じゃないけど俺も汗を流したい」
ジェイクはシャルロットの問いをはぐらかした!
「ねえ? キツイ?」
「さ、急ぐぞ」
「キツイんだ! ねえどうしよう? どうしたらいいかな?」
「急げばいいと思うよ」
「わかった!」
ジェイクが投げやりにそう言うと、シャルロットは元気よく頷き、半ば駆けるようにジェイクの先を行った。
ジェイクはシャルロットの将来が心配になった!
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