第3章 西の都ニーアミア ①
そして、翌日。日も暮れかかったころ。
「絶対取り返す!」
ジェイクは激怒していた! 風の如く駆ける!
「待ってぇ、ジェイクぅ……」
ジェイクに追いすがるシャルロット。しかし人並以上の体力を手に入れたシャルロットだが、元々体力に優れるジェイクを追走するのは難しかった。もう数百メートルは駆けていて、シャルロットの足元は覚束ない。
「急げ!」
「もう無理ぃー……」
シャルロットは力尽きた! 前のめりに倒れる!
「~~っ!」
ジェイクは急ぎに急ぎたかった! しかしシャルロットに対し心を鬼にすることに定評があるジェイクも、さすがにシャルロットを置き去りにはできない!
怒りを――シャルロットに対してではない――露わにし、それでもジェイクは足を止め、倒れたシャルロットの所まで戻る。
「大丈夫か?」
「顔打ったー……」
駆け寄るジェイクに答えながら力なく顔を上げるシャルロット。その鼻からつつっと血が垂れる。
「お前、王女がしちゃいかん顔をしてるぞ」
「痛いよぉ。起こしてー」
「やっぱお前俺が姉ってどう考えても無理あるから。駄目な妹ってことで生きていけ。な?」
「酷い……」
ジェイクに助け起こされながらシャルロットが呻く。
「鉄の匂いがする」
「そりゃ鼻血出てりゃあそうだろうな」
ジェイクが言いながら荷物から清潔な布を出して渡してやると、シャルロットはそれを受け取り鼻に当てた。
「……ありがと。ジェイク優しい」
「くそっ、俺の剣を取ったばかりか、ロッテにこんな面白い顔芸披露させやがって……」
「全然優しくない……」
「絶対捕まえてやるからな、あの野郎……」
シャルロットの言葉に耳を貸さず、ジェイクは怒りに燃えながら決意した。
◇ ◇ ◇
昨日。
戻ってきたリドルとフォグナーに無事引き上げられ、命からがら救われたジェイクはシャルロットと共に四人で村に戻った。
村に帰るとフォグナーや助けに向かったジェイクたちの無事を願う村人たちに迎えられ、そして待っていた村人たちにリドルとフォグナーは興奮気味にジェイクとシャルロットの勇姿を伝えた。
長年村を脅かしていたシーサーペントを屠ったことで、ジェイクとシャルロットは村人たちの英雄となった。シーサーペントの被害者はリドルの妻だけではなかったのだ。
そしてこれからはまたかつてのように自由に漁に出られると大いに感謝され、勇者ジェイクと王女シャルロットを称える宴が開かれた。
宴は真夜中まで続き――ほぼ初陣、それも慣れない船上での戦いに疲労困憊だったジェイクとシャルロットだったが、自分たちを饗応する席を断ることもできず――感謝する村人たちと笑い合い、語り合った。
――そして夜が明けた!
朝を迎えた漁村で、ジェイクとシャルロットはリドルに別れを告げていた。
「勇者様――それに王女様。オラ、こんなに世話になってホントになって言ったらいいか」
「世話になったのは俺たちの方ですよ、リドルさん」
「そうですよ。それに、こんなにお金いただいちゃって……」
「なあ? ロッテなんか全然役に立たなかったのにな?」
ジェイクの軽口にシャルロットは目を三角にする。
「最初の頃はそりゃ役立たずだったけど、でも最近は網打つの上手くなったでしょ!」
「ああ、王女様。見違えただよ。もう立派な海の女だ」
「それは嬉しくないです……」
不満げにそう言うシャルロットにリドルが笑う。
「金のことは気にしねえでください。護衛してもらって、漁を手伝ってもらって、その上嫁の仇まで取ってもらって――礼をし足りねえぐらいだ。それに半分は村の連中のカンパだよ。連中も近海の主がいなくなってこれからは自由に漁に出られる。その感謝の気持ちだ」
「――有り難くいただきます。魔将軍討伐の旅に遣わせてもらいます」
「ああ。勇者様、王女様。本当にありがとうな。オラ、美味い魚いっぱい獲って待ってるからよ、大陸を平和にしたらまた村に寄ってくれな」
「リドルさん――私たち、また必ず来ます」
シャルロットがそう言ってリドルの手を握る。次いでジェイクがリドルと握手を交わし――
「じゃあリドルさん。俺たち行きます。また会いましょう」
「ああ。いつまでも待ってるからよ――でも爺になって勇者様たちの顔を忘れちまう前に来てくれよな」
リドルの言葉にジェイクとシャルロットは笑顔を残し、
「勇者様、万歳!」
「王女様、万歳!」
村人たちの合唱に見送られて漁村を発った。
そして北に進路を取った。路銀とは別に餞別にもらった干物を囓りつつ、二人は王城から北にある農村フォレドに向かって街道を行く。
防衛戦より南は魔王軍の侵攻がないとは言え、はぐれの魔物は生息しているし、それに漁村の近海同様、魔王の復活以降魔物の活動は活発になった節がある。
そう言ったわけで旅をするものは以前に比べて大いに減った。今も大陸を行き来するのは行商人ぐらいだろう。それも、大陸の南側でだけ。
そんなわけで、二人は夕暮れになるまで誰にも会わず、二人でひたすら街道を歩いていた。
「木こり」
「り、り……リィンフォース・ファイアボルト!」
「使えもしない極大魔法を。不憫な奴め……投網」
「ぐっ、辛い記憶が……み、み、ミルフィーユ!」
「なんだそりゃ」
「なんかよくわかんないけど異国のお菓子よ。昔ウチにやってきた異国の商人が貢ぎ物で持ってきたの。ふわふわしてて美味しかった」
「ふぅん……まあいいや。『ゆ』な? 弓」
「また『み』? ええと――見張り番!」
「はい、お前の負け」
「ああああ」
ジェイクの宣言にシャルロットが頭を抱える。
「なんで勝てないのー? もう一回!」
「やだよ、お前しりとり弱すぎてつまんない」
「むー。でもただ歩くの飽きちゃったよ。じゃあしりとりじゃなくていいから、なんかお話しして?」
「……お前そこそこ評判いい王女だったのになんで俺にはそんなわがままなわけ?」
「……お姉ちゃんだから?」
「それは理由になってないし、お前は
「
「奇遇だな。俺も初めて言った」
「新語作ってまで罵らなくても!」
「――まあ、日も暮れてきたし今日はこの辺りで夜明かしするか。あそこの木陰はどうだ?」
言いながらジェイクは少し先の街道沿いに生える大きな木を指さした。近くには他に何もなく、動物や魔物が現れるにしてもその姿を隠す場所はない。二人で交代しながら番をすれば襲われることはなさそうに思えた。
「あー、うん。できれば水場があれば良かったんだけど。歩き通しだから汗かいたし水浴びしたい」
「明日には川の近く通るだろうから寄ってやる。それとも夜通し歩いて川まで行くか?」
「それは嫌」
「俺も。じゃああそこでキャンプにしよう」
「うん」
言って二人は大きな木を目指す。大きく枝を伸ばす広葉樹だ、夜露はしのげずとも雨に降られてもそう濡れないだろう。
そしてその木を目前にしたとき、先を行くジェイクは足を止めて静かに言った。
「止まれ
「それ定着させるの!?」
「うるさい――お客さんだ」
「客? 魔物? そんなのどこにも――」
ジェイクの言葉にシャルロットは辺りを見回す。しかし辺りにそれらしい姿は見えない。
――と。
「ちっ、勘がいいな。久しぶりの獲物だってのについてねえや」
不意に声が聞こえる。ジェイクがシャルロットを庇うようにその背に隠すと、大木の枝が揺れて何かが飛び降りてきた。
――子供が現れた!
「なんだ、ガキか」
「ガキじゃねえ、盗賊だ!」
緊張を解くジェイクに少年――自称盗賊が声を荒げる。ジェイクよりもさらに若い――一四、五に見える少年はボロ着を纏い短剣を提げていた。
「このまま木の下を通ったら何が起きたかもわからずに楽にしてやったのに」
そう言いながら短剣を抜く。
「ま、気付かれたからには仕方ねえ、力尽くだ――一応聞くけどよ、有り金と荷物全部置いてくなら痛い目に遭わずに済むが、どうする?」
「あなた――どこの住人? 王都? フォレド? それともニーアミアかしら。こんな追い剥ぎみたいなことして、お父様とお母様が悲しむわよ」
シャルロットがその少年盗賊に声をかける。だが――
「うるせえ! そんなもんいやしねえよ! さあ、どうする? 金を置いていくか、痛い目に遭うか――」
「ちょっと――」
シャルロットが少年の言葉に顔を歪める。アストラ王国の国王、シャルロットの父ジェイクリッド・アストラは善政を敷く賢王だ。しかしそれでも全ての国民を救えるわけではない。それも魔王軍の侵攻に遭ってからは戦死者も多く出しているし、防衛隊の支援のため、また防衛戦以北からの難民を支えるため、国民の暮らしは今まで通りとはいかない。
それは決して王家のせいではないのだが、食い詰めて追い剥ぎをしているだろう少年の姿にシャルロットは心を痛めた。
しかし、さらに少年に声をかけようとするシャルロットをジェイクが阻んだ。
「――ジェイク!」
「大丈夫だ、弓は使わない――少し懲らしめるだけだ」
そう言ってジェイクは腰の剣を抜く。
「懲らしめるって、抜いてるじゃん!」
「峰打ちするよ」
「両刃の剣でどうやって!?」
「ごちゃごちゃうるせえよ! ナメてんのか!」
少年は叫んでジェイクたちに襲いかかった! 少年の先制攻撃!
「くっ――」
少年の、ジェイクの首を狙った鋭い一撃! ジェイクはなんとか剣で受ける!
「おっと。いい反応だな、あんた」
「ナメるなっ!」
ジェイクの反撃! 少年の胴を薙ぎ払う横一閃!
しかし――
「ジェイク、駄目!」
「!」
思わず本気で反撃したジェイクは、シャルロットの声で我に返った。その刃が少年の胴に届く直前で剣を止める。
ニヤリと笑う少年! ジェイクの剣を握る手を短剣で斬りつける!
「っ――」
手を引くが、間に合わない。手の甲を浅く切られてジェイクは剣を取り落とす。
「ふう――くそ、見かけよりやるじゃん、あんた。一瞬背筋が凍ったぜ。二対一だし、本気でやり合ったら分が悪いかな?」
少年は言いながらジェイクが取り落とした剣を拾った。
「あんたらをぶっ殺して身ぐるみ剥ぐのは骨が折れそうだ。俺も自分は大事だし、それにこの剣も結構値がつきそうだしな。今日はこいつで勘弁してやるよ」
「おい。お前何を言って――」
「追ってきてもいいけどよ、俺ぁ腕っ節より足の方が自信あんだ。悪いな、こいつはもらってくぜ」
ジェイクが言うが、少年は取り合わない。ジェイクの剣を担ぐと、その場で転身――街道から外れて草原に踏み入り一目散に駆けていく。
「おい、待て!」
「待てと言われて待つ奴はいねえな!」
呆然とするシャルロット。少年の背は瞬く間に小さくなる。
「……ジェイク?」
恐る恐る声をかけるシャルロット。そして――
「……待てっつってんだろこの野郎!」
ジェイクは弾かれたように駆けだした。
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