第3章 西の都ニーアミア ③

「ここがニーアミアか……獲物を追っかけて街が見えるとこまで来たことはあるけど、踏み入れるのは初めてだ」


 ジェイクはニーアミアの町並みを眺めて感慨深くそう言った。


「人が多い。王都とあんまり変わんないんだな」


 王都の近く――西の都と言われるだけあってニーアミアの街は栄え、活気づいている。王都と同じく防衛戦以北からの難民を受け入れていることもあり、ここ数年で人口は増え、街そのものが成長しつつあるのだ。


「そうだね、人も物も王都とそんなに変わらないよ。外観はあんまり王都と差がないかも。まあ王都に一番近い町だしね」


「……まあ、そうか」


「うん。それに魔王軍が現れる前に比べて生活は豊かとは言えないかも。それは王都も同じだけど……難民や防衛隊の支援のために以前より税率は上がってるから。王家の私財も切り崩してるけど、それで全部まかなえる訳じゃないからね……ジェイクが魔将軍を倒してくれなかったら、私の代は国も王家も貧乏するかも」


 貧乏どころか、自分がなんとかしなければ王都は滅ぶしシャルロットは魔物に攫われる――などとは言えない。


 ジェイクは話題を変えようと言の葉を探す。


「――ああ、あのガキ探す前に宿取っちまうか。そうすりゃ後のこと気にせずに奴を探せる。手頃な宿が見つかればいいんだけど」


「それなら私知ってるよ。こっち」


 そう言ってシャルロットはジェイクの手を取りニーアミアの街を歩き出す。


「ちょっ――」


「大丈夫よ。私ニーアミアには慣れてるの。毎年お父様と難民の人たちのお見舞いに来てるの知ってるでしょ? 馬車でも日帰りは厳しいから、来る度に使ってる宿があるの」


「そうじゃなくて、これ!」


 ジェイクはシャルロットに引かれる手をぶんぶんと振る。


「人多いし、ジェイクが迷子になったら困るじゃない」


「子供じゃあるまいし、迷子になんぞなるか!」


 王女のドレス姿でなく、旅の魔法使いの格好をしていてもシャルロットの容姿は人目を引く。


 そんなシャルロットに手を引かれ、衆目を集めていることにジェイクは気恥ずかしさを覚えて彼女の手を振りほどいた。


「――んもう、恥ずかしいの?」


「むしろお前は恥ずかしくないのか。ニーアミアの人たちならお前の顔知ってるだろ」


「格好が格好だし、気づかれたりしないわよ」


 シャルロットがそう言った途端――


「――シャルロット王女殿下だ!」


「――ということは連れのお方が勇者様!」


 衆人から声が上がり、周囲が一気に騒がしくなる!


『王女殿下!』


『勇者様!』


「――どうなってんだ、これ!」


 予想だにせぬ状況に慌てるジェイク。


「……考えたら王都を出てしばらく経つし、お父様がお触れをだしたのかも」


 民衆の前に立つことに慣れているシャルロットは、ジェイクに比べいくらか冷静だった。


「漁村じゃなんもなかったじゃねえか!」


「リドルさんところはお触れより先に私たちがいたから――」


『王女殿下!』


『勇者様!』


 この十年魔王軍の侵攻に耐えることを強いられてきた国民にとって、勇者の登場、そして王女がそれに随伴し魔将軍討伐の旅に出たというのは、彼らにとってよほど嬉しい報せだったのだろう――湧く民衆にもみくちゃにされる二人。


「おい! どうすんだ、これ――」


「――こっち!」


 シャルロットは再びジェイクの手を取り、人垣を掻き分けて走る。


「ごめんなさい! 通して! お願い――」


 王女にそう言われては民衆も道を空けざるを得ない。二人は騒ぎがより大きくならぬよう、シャルロットの先導で宿まで駆けた。





「ここだよ、ジェイク」


 シャルロットがジェイクの手を引いて訪れたのは、大通りに面した大きな建物だった。


「蜂蜜亭……? 酒場みたいだけど」


 入り口脇にある看板を見てジェイクが呟くとシャルロットが説明する。


「一階はご飯も食べられる酒場よ。蜂蜜酒がウリなんだって。私は呑んだことないけど、お父様が美味しいって言ってたから上等なものを出してるんだと思う。上が宿になってて、裏手には浴場もあるんだよ」


「や、お前――そりゃリドルさんに色つけてもらったから多少金に余裕はあるけどさ、さすがに王家御用達の宿に泊まるってのは……でもお前も一応王族のはしくれだしな。顔割れてるし、こういうとこ泊まった方がいいのか?」


「言い方! はしくれじゃないもん。王女! 正真正銘王族だもん……私は宿のランクなんて気にしないわよ、観光旅行してるわけじゃないもの。でもここは大丈夫、お見舞いに来て泊まる宿だもの――別に王族専用ってわけじゃない、庶民的なお店なんだから」


 言いながらシャルロットは扉に手をかけ入店した。基本的にこういった店を利用したことがないジェイクはやや気後れしながら着いていく。


 店の中はジェイクの知らない世界だった。


 広い空間に所狭しとテーブルが置かれ、そのほとんどが埋まっている。客はテーブルごとに、あるいは隣のテーブルと意気投合し、料理を楽しみ、酒を飲み交わしていた。


 奥には厨房があり、そこで作られた料理は王城の女中のような格好をした店員が注文した客へと運んでいる。


 中央にはちょっとした舞台のような物があった。流れの吟遊詩人や踊り子が芸を披露するためのものなのだろう。


「おお……」


「ジェイクはこういうお店初めて?」


「王都民たって農民だぜ。作物や予定より穫れた獲物を売るのだって商店だしな。こんな店にくるような機会はねえよ」


「そっか。別にとって食われるわけじゃないから、普通にしてたらいいよ」


 珍しがって店内を見回すジェイクにシャルロットはそう言って、入り口近くにカウンターに向かう。そして、そこに座る中年の女性に声をかけた。


「お久しぶりです、女将さん。部屋を取りたいんですけど、空いていますか?」


 女将と呼ばれた女性は一瞬目をぱちくりさせ――そして、自分が誰に声をかけられているか気付く。


「――王女殿下! まぁまぁ! ようこそいらっしゃいました! なんでもいにしえの勇者の末裔として、新たな勇者様と魔将軍討伐に向かったとか! ということは、そちらの方が新たな勇者様――」


 通りの衆人と同じくすぐにシャルロットを王女と見抜いた女将は、興奮気味にまくしたてる。そんな彼女に、シャルロットは唇に人差し指を当てて――


「女将さん、他のお客様の迷惑になってしまいますわ」


「ああ、私としたことが――申し訳ありません」


 察した女将はすぐに声を潜める。


「お忍びってわけじゃないんですけれど、通りで騒ぎになってしまいまして」


「それは――そうでしょうね。この街の住人はみな王様と王女殿下を慕っていますから。王都から新たな勇者様と王女殿下が魔将軍討伐の旅に出たという報せがあった日は、もう街中がお祭り騒ぎで」


「皆さんの期待に応えられるよう、頑張りますわ」


「それで、ええと――部屋の空きでしたね。はい、ございます。いつもの部屋でよろしいですか?」


「ええと――ねえジェイク、あんた天蓋付きのベッドじゃなくてもいいわよね?」


 シャルロットが女将に返事をする前にジェイクに確認する。


「ああ。そんなもんついてたら気が散って寝れねえよ」


「だよね。――女将さん、空いてる部屋で一番安い二人部屋を一つ、お願いします」


 彼女の注文に、女将は一際声を抑え――ジェイクにも聞こえないよう――シャルロットに尋ねる。


「王女殿下、それは――殿方と同じ部屋でよろしいのですか?」


「むしろチャンスというか」


 女将の目が妖しく光る!


「なんだ、トラブルか?」


「なんでもないよ?」


 二人の密談に気付いたジェイク! しかしシャルロットは誤魔化した!


「――えー、それでは案内の者を呼びますので、しばしお待ちください」


 女将はそう言ってカウンターのベルを振る。


 シャルロットが無事(?)部屋をとるのを眺めていたジェイクは、感心したように呟いた。


「お前って外面いいのな」


「言い方に悪意が!!」


「や、言葉のチョイス間違えた、すまん。ちゃんとしてるなって言いたかったんだ。言葉遣いもちゃんと王女様してるしよ」


「そりゃあ知ってる宿だし、女将さんと顔見知りだからね。自分でとるのは初めてだけど、お父様と来たときにお付きの女中がしてるのを見てたから」


「できればそれ普段から発揮しろな?」


「失礼ね。普段から王女してるでしょ、私」


「普段はぽんこつ姫だが?」


「!?」


 シャルロットはショックを受けた! しかし比較的早く立ち直った!


「――……ま、ま、まあいいわ」


「あんまり良くなさそうに見えるぞ」


「うるさいわね……それで、どうする? あの子を探す前に腹ごしらえしとく? ここ、お酒だけじゃなくてお料理も美味しいのよ」


 シャルロットの表情が真剣なものに変わる。彼女にはわからなかったが、ジェイクは街に入る寸前でバックトラック――動物が敵の追跡を躱す技法だ――でもしてない限り、このニーアミアが少年盗賊の逃亡先に違いないと断言していた。


「……や、先にあのガキ探したいな。早く見つけないと不安で落ち着かない。見つかるかどうか別として、なにか手がかりを得られればいいんだけど」


「そ。いいわよ。お酒出すお店だけあって、ここ遅くまで厨房の火落とさないはずだから」


 ジェイクの言葉にシャルロットは頷く。


 そこで一旦会話は終わり――にわかに静まったせいで近くのテーブルの客たちの会話が二人の耳に届いた。


「なんだぁ? 普段は露天の安い飯を文句つけながら食ってるのに、今日は蜂蜜亭で夕飯か? ガキがいっちょ前に蜂蜜酒煽ってんじゃねえよ」


「うるせえな、今日はアガリが良かったんだよ」


「だったら一杯奢れよ。てめえが腹空かせてる時に奢ってやったことがあったよな?」


「ちっ、露天の売れ残りだったじゃねえか――まあいいさ、座れよ。持ちつ持たれつってな。今日は懐があったけえから奢ってやる」


「ガキが偉そうに――まあでも、仲間に奢れるようになったらてめえもそろそろ一人前か?」


「子供扱いすんなよな」


「なに言ってやがる――どうせ行商人の財布でも掠め取ったんだろ?」


「まさかだろ。相手は冒険者だよ。まあ相手もデキる奴で身ぐるみ剥いでやることはできなかったんだけど、剣を奪ってやったんだ。こいつが業物で良い値がついた」


「はは、得物を盗まれるとは間抜けな冒険者だな。いや、感謝すべきかな。お陰でタダ酒が呑める」


 会話する二人――その片方の声に覚えがあった。ジェイクとシャルロットが声の方に顔を向けると、そこには見知った顔が――


 ――ジェイクの剣を持ち逃げした少年盗賊がいた。


「――ロッテ。さすが王族だ、持ってる・・・・な。行きつけの宿で見つかるなんて……ありがとうな」


「ジェイク、顔が怖いよ……」


「元々こんな顔だ」


「落ち着いて。ね、落ち着こう? ね?」


「善処する」


「それ実質的な否定のやつ……」


 怒りを隠さないジェイクを宥めようとするシャルロットだが、効果はイマイチだ。ジェイクは鬼の形相でその少年盗賊と仲間らしい男が座るテーブルに近づくと、手のひらでテーブルを強く叩いた。

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