第4話 荒地の魔王 後編

◆◆◆


「シアです。『野良犬にじゃれつかれそう』です」


 軍のPMTは暗号強度が高いが、念の為に符牒を使って大尉に連絡を入れる。「野良犬」とは、街に潜伏している反政府な組織の工作員を指している。


「『街の北門から出て、犬広場フントパークへ』ですか。了解です。ユメさん、荒っぽい運転になるかもしれないから、口は閉じててね。舌噛むわよ」


 犬広場フントパークとはいわゆる軍の演習場。

 基地の北側、つまり街からだと北東側に広がる所々大きな岩の転がる荒地を演習場として使っている。

 街中で荒れ事になると問題だから、問題のない場所に誘い込むという事ね。


 車を発進させる。今はセルタシュタットの東にある軍の駐屯地から程なくのところにある洋菓子店。ここから中央広場を右折し、街の北の端にある最高等研究院の脇を通り抜け、北門から外に出て北東方面に向かう。


「あの! なにが!?」

「貴女、基地の前で『魔王』って大声で言ってたでしょ? 多分、それを聞かれて『魔王』の関係者だと思われたんじゃないかと思うわ。基地の前は反政府の奴らがいつも張ってるから」

「そんな……家には帰れないんですか!?」

「今、奴らに家を知られると家の人も巻き込まれるわ。家の人に連絡はするから、軍が手を打つまで私達に匿われておいて。こう言っては何だけど、貴女が基地に入る大義名分が出来たわね」


 東通りから右折して中央広場の周回道路へと入る。

 ここは一方通行で、右折で進入して、時計と反対方向に回りながら目的の通りへと右折して出ていく仕組みだ。

 更に右折して北通りへと出る。


 鏡越し後ろを確認すると、何の変哲もない車が付かず離れずで追ってきている。

 運転席と助手席に座っているのは遮光眼鏡ゾンネンブリレ覆面マスケをしている人物。態々不審者だと宣伝しているかのような風体。分かりやすい。


 一瞬、路地に入って撒いてやろうかと思ったけどやめておく。あからさまに追跡しているという事は、後ろのは陽動で、他の仲間がいると考えるべきだから。

 恐らく、基地に向かう道順の幾つかに待ち構えていた筈。今は後ろの車から連絡されて回り込んで来てるかもしれない。だったら、回り込まれる前に北門を出た方がいい。


 こういう考え方は戦闘管制官だから身に付いたと思う。戦闘管制官は戦場を一歩引いたところから見て敵の動きを予測し、それを前線の隊員達に正確に伝える事が任務だから。


「あの! シアさん! どこに向かってるんですか!?」

「街の外よ」

「街の外って……大丈夫なんですか!?」


 きっと基地に直行するのだと思っていたのだろう。不安からか声が大きくなっている。


「大丈夫。だって大尉の指示だもの」

「大尉……魔王さんの? じゃあ、大丈夫ですね」


 思わず横目でユメさんを見た。何この娘、さっきまで不安な顔してたのに、大尉の指示と言った途端澄まし顔になるなんて、一回会っただけでどれだけ大尉の事を信頼してるのよ……まぁ、騒がれないのはいい事だけど……


 北通りをしぱらく走ると道の右手に高い壁で囲まれた施設、連邦最高等研究院が見えてきた。その先に街の北門も見える。


「最高等研究院が見えてきたからもうすぐ街の北門よ。外は当然、街中よりも道が悪いからしっかり掴まっててね」

「あれが最高等研究院……あそこにわたしのお義兄にいちゃんが通っているんですよ!」

「へぇ、それは凄いわね。何て名前の人?」

「ソーマ・ノイナルティーケルです! ソーマお義兄にいちゃんって呼んでます!」


 ノイナルティーケル!? "おしめから航宙戦闘艦まで"で有名な総合企業を経営している財閥の!?

 そう言えば私がこの隊に来た頃、そんな話題が出てたかも?


「……貴女、そんな身分だったのね……?」

「あ! わたしは違いますよ? わたしのお姉ちゃんがソーマお義兄ちゃんと婚約したんです! 最初は親同士で決めた事で、お父さんの会社への融資の条件にハナお姉ちゃんを婚約させたらしいです。ヒドイ話ですよね!」

「それは……ちょっと時代錯誤ね。それで、2人はそのまま?」

「ソーマさんは最初、かなり抵抗したみたいです。『そんな時代錯誤な事はおかしい!』って。前会長だったお祖父じいさまにも直談判しにいってくれたって聞きました。でも、そのお祖父さまに『これは出会うきっかけなだけなのだから、もう少し互いに話してみなさい』って言われて、それで一緒に暮らすうちにお互い惹かれ合ってきて、結局そのままくっつくみたいです。わたしも『お姉ちゃんを返せー!』って言いにいったんですけど、ソーマさん、すごく真面目で優しくて、じゃあ、『お姉ちゃんの代わりにわたしが』って言ったら、お姉ちゃんがブリブリ怒るんです! 最初あんなに嫌がってたのに……」

「あははは……ま、まぁ、丸く収まったのならいいんじゃないかな?」


 多くの女性にとってとても羨ましい話だと思います!!


「わたしもソーマお義兄ちゃんのような優しい彼氏欲しいんです! でも、もういいです。ソーマお義兄ちゃんはハナお姉ちゃんにあげます! 同じくらい優しそうな人見つけましたから!」


 それってもしかして……?


「大尉の事?」

「はい! 危ないところに颯爽と現れて助けてくれて、わたしが泣いてると優しく抱きしめて、温かい手で撫でてくれました。強くて優しくて、まさに理想の彼氏です!」


 キラキラした瞳で両の拳を握って力説するユメさん。

 あーうん。貴女の気持ちはよーく分かるんだけどね……


「競争率ものすんごく高いからそのつもりでね」

「そうなんですか?」

「私達の隊って、大尉以外全員女性だからね? 連邦軍って男女分けて隊を組むから」

「だったら何で魔王さんだけ?」

「貴女へのお届けが終わったらそれを聞ける予定だったんだけど……さ、もう北門よ。ここからは運転が荒くなるからね」

「分かりました」


 さぁ、ここからが本番ね!


◇◇◇


 わたしとシアさんの乗った車は街の北門へとたどり着いた。

 この前のテロで街に入る方だけじゃなく、出る方でも検問があるみたい。


「11.SMRPのシア・リーラパラスト少尉です。隊長から連絡が来ているかと思いますが」


 シアさんが身分証を見せながら検問をしている衛士の人に話しかけている。

 カッコいいなぁ……わたしも連邦軍に入ってみようかなぁ……

 わたしの友だちにも軍の学校に行った人がいるし。

 それに、軍に入れば魔王さんの傍にいられるかもしれないし!


「……確認出来ました。少尉他1名ですね。お気を付けて」

「ありがとう。さ、行くわよ」

「はい!」


 前の車止めが下がり、道が開ける。

 そこには出口がよく見えないほど長い地下道トゥネルが口を開けていた。

 これはどこの都市でも同じで、街を囲っている壁の厚さの分が地下道トゥネルの長さになる。

 わたしの出身地、タウ・シータス星系の惑星エルフェンリートの街でも同じような感じだ。


 どのくらい走ったのか、結構長い時間地下道を走ってようやく出口の明かりが近付いてきた。


「追跡者はいなくなったけど、門を抜けたら予定通り壁沿いに基地に向かうわ。整地はされてるけど舗装はされてないから振動に注意してね」

「分かりました」


 地下道を抜け街の外に出る。急に明るくなったせいで少し目が眩んだ。

 眩んだ目が戻ると、見えてきたのは門の先1キロメーターくらいに生い茂っているたんさんの木。

 降下船からも見えてたけど、温かい惑星ほしだからか緑が多い。

 いい惑星ほしだなぁって思う。


「シアです。門を出ました。予定通り犬広場フントパークに向かいま……え!? 了解!!」


 魔王さんに連絡していたシアさんの声が強張る。


「何かあったんですか!?」

「敵よ! ヴェー195……左斜め後ろから車両3台が接近中! 大尉が来てくれるから20秒粘れっ、てっ!!」

「きゃあ!!」


ダダダダダ!


 シアさんが急にハンドルシュトイアーを切った瞬間、車が衝撃に揺れる。


「徹甲弾が掠めただけだから大丈夫! 当たったら終わりだけど、ねっ!!」


ダダダダダ!


 右に左に方向を変えて逃げ回るシアさん。

 鏡越しに後ろを見ると、装甲車みたいなのが3台追いかけてきている。


「街壁から離れて荒地に入るわ! 舌噛まないようにね!」

「はい!」


ガタガタガタガタ! 


 方向を変えて、整地された壁沿いから草木が抜かれただけの荒地へと入る。

 凸凹を乗り越えて走りながら車体を左右に振って避け続けてるシアさん。

 でも……


ドンッ!

ガガーーーーツ!


「くぅぅぅっ!」

「きゃああああああっ!」


 車の後部に衝撃が走った後、車がぐるぐると回転し、そして停まってしまった!


「くっ!? AAまで!?」


 かなり離れてはいたけど、森との境い目に灰色の人型をした機械が見える。あれはテロに巻き込まれた時に見た!?


 停まってしまったわたしたちの車に目掛けて装甲車が迫る。

 きっと悪い奴らに捕まって、あんな事やこんな事をされちゃうんだ……


「20秒! ユメさん頭を抱えて伏せて!」


 シアさんの言葉に身体を丸めようとしたその直前、わたしたちの車の上を漆黒の影が通り過ぎた……


◆◆◆


「20秒! ユメさん頭を抱えて伏せて!」


 ユメさんに声を掛け、自分も姿勢を低くする。

 その直後……


ドンッ!

ドガガガガガガガッ!!


 凄まじい轟音が鳴り響く。


「『無事だな? シア』って、はい! 問題ありません! ユメさんも無事です!」


 顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、いつにも増してゴツイ姿の漆黒のMRの後ろ姿だった。

 両肩には超硬圧縮合金製の球形弾丸を無数に撃ち出す方形機雷クヴァドラートミーネ。背中の推進機トゥリープクラフト殲滅型テュープ・エルと同じ大型で強力なもの。

 何より他と違うのは、右前腕に装備された杭打ち機プファールシュラーゲンと左前腕に装備された20ミリメーター3銃身機関砲マシーネンカノーネ、そして全身に追加された増加装甲。

 右腕のプファールは中空で、三角錐のように尖った先端部に開いている穴からプラズマプラスマ化した荷電粒子ゲラーデンスタイルヒュンを撃ち出せる仕様だ。

 エルケーニヒ・強襲突破型装備テュープ・プファールシュラーゲン。次の任務で試用予定の装備だ。


「『なら、アリシア……リンドヴルム技術大尉の誘導に従って待避しろ。迎えはすぐ来る』ですか。了解です! あの、大尉は? 『残敵を掃討する』と。了解です! お気を付けて!」


 エルケーニヒは推進機を噴かして高く飛び上がると森の方へと突撃してゆく。飛び上がった瞬間から硬いものが装甲に当たる音が響くけど、エルケーニヒは意に介した様子もない。

 確か20ミリメーター徹甲弾すら無傷で弾く増加装甲だった筈。ダインスレイヴなら貫けるかもしれないけど、その威力の砲は普通のMRやAAでは立射出来ない。


 大尉が吶喊してからすぐに連邦軍の車両が1台こちらに向かってきた。


「おむかえ~」

「とうちゃく~」


 車両に乗っていたのはレミアとレイラの双子少尉。


「パイセン運転よろ~」

「パイセンの方が運転うまい~」

「分かったわ。ユメさん、2人と一緒に後部座席へ。後、これも持っておいて」

「はい!」


 お菓子の入った箱を渡して後部座席へと案内する。ユメさんが乗り込むと、彼女を挟んで双子ちゃん達が乗り込む。

 それを確認して私は運転席に乗り込み、PMTのヘッドセットから軍用通信のヘッドセットへと着け替える。


「リーラパラスト少尉、通信接続しました」

『はいは~い♪ みんなのお姉さん、アリシアで~す♪ シアちゃん元気にしてたかな~?』


 このくどい喋り方をする女性が11.SMRP専属の技術士官で大尉と共にエルケーニヒを開発したと言われているアリシア・リンドヴルム技術大尉。

 見かけは大尉と同じ10代半ばティーンエージャーの癖にやたらとお姉さん風を吹かせたがる。

 長い黒髪を編み下ろしにしていて、胸は……むねは……エー……いや、エフはあるかも……

 ちくちょー!! シア、にゃがにゃい!!


「全員無事です。技術大尉の誘導に従うように大尉から命じられました。どこに向かいますか? それと、大尉の状況はどうですか? 大尉があの装備で来たという事は、技術大尉も次の任務で試用予定の装備で出てきてますよね? 広域索敵狙撃型テュープ・ディテクトーレンでしたっけ? 広域索敵すると同時に超長距離狙撃する装備」


 リンドヴルム技術大尉は技術士官だけど、エルケーニヒの扱いにおいては大尉と同等の腕前で、軍の次期量産機採用試験に大尉と2人で魔王剣のみを装備したエルケーニヒで殴り込み、数ある製造会社の試験機を全て瞬殺したという嘘みたいな本当の話がある。


『ありゃ~、シアちゃんお見通しかぁ~。コ……フォルくんは嬉々として2個小隊を殲滅中~。後方にもう1個小隊いるけど、それは基地にいた第9、第10、第12が出撃したからすぐ終わるでしょ。位置は随時あたしが知らせてるし。シアちゃん達は演習場の門から基地に戻ってね~』


 確かに無線から、『シュラーゲン! 撃ち抜く!!』とか『どんな装甲だろうと、撃ち貫くのみ!!』とか、大尉がノリノリで叫んでいるけど突っ込んではいけない。


 第9、10、12の各特務小隊にもトイフェルが配備されている。エルケーニヒには及ばないとはいえ、現行のAAなら楽勝だろう。


 リンドヴルム技術大尉は時々大尉の名前を呼び間違える。もしかして大尉の名前は偽名?

 いや、そんな筈はない。尉官に任じられる時に身元は細かく調べられる。偽名が通用するとは思えない。


「了解。演習場の門より基地に帰投します。ところで技術大尉。大尉を『フォルくん』呼びするのやめて下さい。後ろの双子が殺気立って、間に挟まれた民間人が怯えてます」


 この人、大尉にやたらと馴れ馴れしい。

 お蔭で魔王ファンクラブからはラスボス認定されているけど、今はその話は省略。

 どうしてかと思って前に大尉との関係を問うたところ、「夫婦でも恋人でも姉弟でもないわ。しいて言うなら『同一人物』?」とか言われてはぐらかされた。

 「同一人物」って何よ!? 全く意味分かんないわよ!!


『はいはい、分かりましたよ~。あら? フォルく……大尉がいぢめている2個小隊の内、1個分隊があなた達を追いかけてるわね。よかったわねあなた達。きっと男よ』

「ぜんぜん!」

「うれしく!」

「「「ないっ!!」」」


 双子ちゃん達と共に叫ぶ!

 大尉以上のイケメンはこの世にいませんので!!

 イケメンのつもりで歯を光らせるキモメンならたくさんいますけど!


『これ以上基地に近寄られるのもイヤだから消えてもらいましょうか……死になさい』


ドンッ!

ドンッ!

ドンッ!

ドンッ!

ドンッ!

ドンッ!

ドンッ!

ドンッ!


 魂を鷲掴みされるような底冷えのする声での宣言と共に、ダインスレイヴを超える38.1ミリメーターの徹甲弾がダインスレイヴの倍、音速の20倍の速さで発射され、その爆音が辺りに轟く。

 グングニル。それがその狙撃砲の名前。


『あ~~この距離じゃ試射にもならないかぁ~~』


 魔王剣ダインスレイヴですら重力の恩恵があったとはいえ、距離6000mでAAの装甲を貫通出来るのだから、その3.375倍の弾頭質量を2倍の砲口初速で撃ち出して距離が6分の1なら、命中した瞬間にバラバラになっている事だろう。見えてなくて良かった……


 程なくして「軍演習場につき関係者以外立入禁止」の看板が掲げられている金網の柵が見えてきた。

 その壁に沿って街壁の方へ走ると、演習場内移動路に入る為の門に辿り着いた。

 入場手続きを終えて移動路に入り、今度は街壁に設けられている基地への通用門向かう。

 そこには第一分隊1.G最後の1人、ゲンティアーナ中尉が待っていてくれた。

 中尉が助手席に乗り込んできて声を掛けてくれる。


「お疲れ。大尉と技術大尉が出たのなら怪我はないと思うけど、みんな無事で何よりね」


 アッシュブロンドの短髪を薄紫色に染めた20歳前半の美人で、胸の大きさはツェー。この隊で一番標準的な体型フィグーアをしている。

 私がこの隊に配属された時の教育を担当してくれた言わば師匠で、大尉の理不尽さに疲れさせられる仲間でもある。


「プフラモーントさん、だったかしら? 私はイーリス・ゲンティアーナ。階級は中尉よ。ここまで来たらもう安全だから安心して。貴女の身柄の安全は第11特務機械化装甲歩兵小隊が保証します」


 落ち着いた安心感のある声音で告げるゲンティアーナ中尉。流石師匠、ユメさんも明らかな安堵の表情を浮かべている。


◇◇◇


 「プフラモーントさん、だったかしら? 私はイーリス・ゲンティアーナ。階級は中尉よ。ここまで来たらもう安全だから安心して。貴女の身柄の安全は第11特務機械化装甲歩兵小隊が保証します」


 薄紫色をした短髪のお姉さんが車に乗り込んできてわたしにそう言った。

 シアさんよりも大人びていて、声や話し方にすごく安心感を覚えた。


「あの、わたし、これからどうすれば……」

「そうね……3日程は基地に居てもらう事になるかしら。貴女達を追ってのこのこ出てきてくれたし、そのくらいで少佐が片を付けてくれると思うわ」


 3日程は基地に居てもらう。つまりそれは3日後には魔王さんに会えなくなるという事。


「その間に、魔王さんには会えますか?」

「大尉が約束してたのなら会えるわ。大尉は約束をたがえない。安心して」

「はい! ありがとうございます!」


 ゲンティアーナさんと話している内に車はどんどん進み、平屋の建物がずらーーっと並ぶ場所に来ていて、車はその内の1つの建物の前で止まった。


「ここが私達11.SMRPの隊員宿舎よ。大尉以外は全員女性だし、大尉の部屋は別の場所にあるから気兼ねなく滞在してね。それじゃ、ユメさんは部屋に案内するわ。レミアとレイラはここで解散、シアは車を格納庫へ回しておいて」

「了解なのだ~」

「なのだ~」

「了解! ユメさん、また後でね」

「はい! いろいろしていただきありがとうございました!」


 みんなそれぞれ散っていく。


「さ、ユメさん、こっちよ」

「あ、はい!」


 ゲンティアーナさんに連れられて宿舎内を歩く。女性用の宿舎だからか思っていたよりも小綺麗だ。

 娯楽室には何人かの隊員さんたちがいて、飲み物と軽食を持ち寄って賑やかに話していた。


「ここよ。エー020号室。一番突き当りだから迷わないでしょ? これが部屋の鍵ね」


 カードカーテ状の部屋のシュルッセルを扉の横の読み取り機に差し込むと、カチャっという音がして部屋の扉の鍵が開いた。ゲンティアーナさんが扉を開けてからそのカードキーカーテシュルッセルを抜いてわたしに手渡してくれる。


「同じ並びのエー004号室が私、エー007号室がシア、エー010号室とエー011号室がレミアとレイラね。何かあったら私かシアに言ってくれればいいわよ。テレビフェルンゼーエンも見てもらって構わないわ。でも、貴女のPMTで誰かと連絡取るのはしばらく待って。一般のPMTは傍受される可能性があるから。ご家族にはまず軍から連絡を入れます。何か質問は?」


 そうだ、聞いておかないと!


「いつ、大尉さんに会えますか?」

「そうねぇ……もう帰ってくると思うから、30分後には会えるんじゃないかしら? 準備が整ったらシアを呼びに来させるから、それまで部屋で休んでて?」

「はい、ありがとうございます。ゲンティアーナさん」

「私の事はイーリスでいいわ。それじゃ、また後でね」

「はい、イーリスさん」


 イーリスさんが去って、殺風景な部屋に1人取り残されるわたし。

 小さな台所キュッヒェとベット、衣装入れヴァントシュランクテレビフェルンゼーエン、そしてシャワー室ドゥッシェカビネ

 一通りは揃っているし、ベットも整えてくれてある。


 でも、わたしの私物は何もないし、配色も白と黒しかない寂しい部屋。


 とりあえずテレビフェルンゼーエンを点けてみる。

 ちょうど報道番組が放映されていて、わたし達が攻撃を受けて停車し装甲車に迫られているところにエルケーニヒが助けに入った場面が映し出されていた。


 現実感が薄い。でも、この味気ない部屋と窓の外に見えるものすごく広い滑走路が、今までの事は現実だと主張している。


ビッピッピーーーッ!


 どのくらいテレビフェルンゼーエンを眺めていただろうか? 部屋に設置されてる端末から呼び出し音が鳴った。

 応答を押すとシアさんの声が聞こえてきた。


『ユメさん、シアです。準備が整ったから大尉のところに案内するわね』

「分かりました!」


 扉に駆け寄って開くと、その向こうにシアさんが待っていた。


「お待たせ。あ、そういえば預けたお菓子の箱は持ってる?」

「あ、はい、ここに。でも、中身、さすがにぐちゃぐちゃに……」

「大丈夫よ、ほら」


 シアさんが箱を開けると……

 なんということでしょう! お菓子の箱は無事で、その中身にも問題はなかったのです!


「お土産を入れたこの箱、慣性中和装置が組み込まれてるし」

「技術の無駄遣い……」


◇◇◇


――連邦標準暦221年12月24日

  連邦標準時11時55分


 結構な距離をシアさんに連れられて歩いて、ようやく1つの扉の前で止まった。

 シアさんが扉の横の端末に触れ、端末に向けて話し掛けた。


「シア・リーラパラスト少尉、お客様をお連れしました」

『入ってちょうだい』

「了解しました」


 女の人の声。大尉さんは女性だったのだろうか?


カシューッ!


 音を立てて開いた扉に気後れしていると、シアさんがわたしの肩に触れ、わたしに向かって頷いた。


「し、失礼します!」


 緊張で声が少し上擦りながら部屋に入ると、応接セットのティッシュの向こう側、椅子ゾーファとの間に立っている女の人と男の人が立っていた。

 女の人は見た目30歳前後で銀色の髪をお団子ハークノーテンに纏めていて、知的な印象を受ける。


 そして、男の人に目を向けたわたしは、その人から目が離せなくなった。


 年の頃はわたしと変わらない、黒髪で茶色の瞳の少年。

 もし同じ高等学院にいたら全校でウワサになるくらいの知的なイケメン。


 その顔に見覚えはない。そのはずなのに……


 涙が零れた……


◆◆◆


 ユメさんを案内して応接室に入った私は、お茶を用意しようと応接室の隣にある給湯室へと行こうとしてユメさんの異変に気が付いた。


「どうしたのユメさん!?」

「え……?」


 私の声で我に返ったユメさんは、自分の頬を伝っている雫に驚いているようだった。


「わたし……なんで泣いて……」

「はい。これ使って」


 私はハンカチタッシェントゥーフを取り出すと、ユメさんに手渡した。


「大丈夫?」

「はい。ありがとうございます」


 私が渡したタッシェントゥーフで涙を拭ったユメさんは落ち着きを取り戻したようで、少佐と大尉に頭を下げた。


「失礼しました」

「落ち着いたかしら? どうぞ掛けてね」

「はい、ありがとうございます」


 ユメさんがゾーファに腰を下ろしたのを確認し、「お茶を入れて参ります」と敬礼してから引き戸を開け、給湯室へと向かった。


◇◇◇


 わたしがゾーファに腰を下ろすと、目の前の2人も腰を下ろし、まず女の人の方が話し始めた。


「私はウェリアーナ・グローサーティヒ。階級は少佐。第9から第12の4つの特務小隊を束ねる中隊司令よ。そして隣にいるのが……」

「フォルク・グラープ。階級は大尉。第11特務機械化装甲歩兵小隊の隊長で、君の言う『魔王さん』だ」


 男の人はそう名乗った。その声はシアさんのPMTで話した時と同じように聞こえる。

 でも見た目と調べた情報とが噛み合わない。


「戸惑うのは分かる。見た目はこうだが、俺は20代後半だ」


 よほど表情に出てたのか、魔王、フォルクさんがわたしにそう言ってきた。


「ユメ・プフラモーントさん。貴女にはまず謝罪しなければならないわ。グラープ大尉の軽率な行動で貴女を危険で面倒な事に巻き込んでしまった。申し訳なかったわ」

「済まなかった」


 頭を下げた2人に、わたしは慌てて言葉を返す。


「あ、頭をあげてください! わたしもグラープさんに優しくしていただいて浮わついてて、それで基地に押しかけてしまって、それで巻き込まれたんですからわたしにも責任があります!」

「若いのに人間出来てるわね、ユメさん。ありがとう」

「感謝する」

「あの! えと! どういたしまして?」


 あわあわしながら返したわたしの言葉を聞いて、2人に優しげな笑みが浮かぶ。

 わたしも照れながら笑みを返した。


「それでユメさん、今後の事なのだけど……」


 真剣な表情に戻ったウェリアーナさんが

話を進める。


「あ、はい。イーリスさんから聞きました。3日くらいここで過ごすと」

「そうね。貴女の素性を適当に作り直して報道して、奴らに別人だと思わせる必要があるから、そのくらいの時間を頂きたいわ。その間の生活は私達が保障するし、ご家族にも連絡しておきます。ただ、この期間は貴女個人のPMTで連絡取るのは控えてね」

「はい、それもイーリスさんから聞きました」

「話が早くて助かるわ。貴女の着替えなどの私物は、貴女のお姉さんが届けてくれる手筈になっているから安心して」

「えっ? それだとお姉ちゃんがわたしみたいに狙われっちゃったりするんじゃ……?」


 思わずいつもの口調で聞いちゃった……


「大丈夫よ。貴女のお義兄さんを経由して届けて貰うから。貴女のお姉さんがお義兄さんに荷物を届けるのは普通でしょう? 基地と研究院とは専用の地下通路で行き来出来るから、受け取りに行く事が出来るわ」

「よかった……ありがとうございます」

「こちらも隊員に取りに行かせる手間が省けて助かったわ。後、貴女に渡した部屋の鍵のカードカーテは仮の身分証としての機能もあるの。その身分証で行けるのは女性宿舎棟の共用区域ベラィヒと貴女の部屋ね。それと宿舎棟内の施設での料金の支払いにも使えるから。支払いは大尉が持ってくれるから甘味も食べ放題よ」


 やったーー! 甘味食べ放題ーー!

 じゃなくて!


「わたし、そんなに食べませんから!」

「俺は金の使い所なんて大してないし、迷惑料も込みだ。遠慮するだけ損だからな?」

「そ、そういう事なら、楽しませてもらいます!」


 あまり遠慮するのは失礼だしね!


「それ以外にも、図れる便宜は図るから言って頂戴ね」


 ウェリアーナさんのその言葉にわたしは考え込んだ。

 魔王さんに会って、わたしが訳も分からずに流した涙。

 このまま魔王さんから別れたら、その涙の理由を知る事はきっとずっとないだろう。


 わたしは、涙の理由を知りたいと思った。

 だから……

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戦場の魔王 藤色緋色 @fuzishiki-hiiro

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