第一章11話 初めての演説



その部屋に一人の男が椅子に座り机の上にある書類にペンを走らせている。その書類の横には大量の書類が束になって置かれている。


「これ絶対今日には終わらんだろ……」


そう。俺は今、執務室で急ぎの書類にサイン等をしている。初めての執務室での仕事で、いつもはイーリスに任せてた。というかゲーム時代はこういう仕事は無かった。


改めて俺は王をしてるんだな…と呑気なことをおもう。


仕事はイーリスに教えて貰っているが、ほとんど俺はサイン等しかしてない。書類を急ぎか急ぎじゃないかを分けたのもイーリスだし、重要か重要じゃないかも分け、そこまで重要じゃないのはイーリスが全て終わらせてくれる。


だが本当に重要なのはどうしても俺に目を通してサインが必要になるらしい。まぁ今の書類で言うと国の周りにある森を開拓する事が書かれた書類だ。


はぁー…異世界に来てこんな堅苦しい仕事するなんて思ってもなかったよ。ちなみにイーリス少し席を外している。


コンコン…。扉からノックする音がした。


「主様。イーリスです」


「あぁ。入れ」


「失礼致します。お茶をお持ちしましたよ」


「あぁすまんな。助かるよ」


イーリスは優雅な手付きでお茶を入れる。こんな作法どこで覚えたんだ?最初から覚えてたとか?とどうでもいい事を考えてた。


「どうぞ」


「ありがとう。んぅー……いい香りだ。……美味い。イーリスが淹れたお茶は美味しいよ」


「ありがとうございます。それはさておき……進んでいますか?」


「あぁー……うん。ぼちぼち」


「そうですか。その割には書類の束が減っていませんけど?」


「あー…いやなんかな?お腹がい…」


「主様!」


「はい。すいません。頑張ります」


「私も手伝いますから頑張りましょう!」


そう可愛らしい笑顔で微笑まれ俺はやる気を出すのである。それから5時間後………。


「終わったぁーー!」


「主様お疲れ様です!」


書類はまだあるがとりあえず急ぎのだけは終わらした。


「あっそうだイーリス」


「何でしょうか?」


「2日後に演説をする。ルーシーの騎士団を使って民に知らせてくれ」


「わかりました」


「さて俺は風呂に入り休むよ」


「お風呂に行かれる場合はメイドをお連れしてくださいね」


「あ、あぁ…そうするよ」


前にメイドを連れて行かなかった事がバレてるのか?まぁエールの性格アレだからな。言いふらしたんだろう…。


あっそうそう。エールはあの後、俺の専属メイドになったのだ。別について来るなと言えば来ないんだが、エールは俺のお世話をするのが仕事だから仕事が無くなれば彼女は落ち込むだろう。


俺の自室に戻りメイドを呼び出すためのベルを鳴らす。


するとすぐにコンコン……と扉を軽く叩く音が鳴る。


「入れ」


「お呼びでしょうかご主人様ぁ!」


「あぁ。風呂に行く。ついてこい」


「畏まりましたぁ!」


エールはいつも元気そうだ。いつもニコニコしている。そう考えつつエールを侍らせ風呂に入り自室に戻り休む。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


2日後、今日は演説を行う日だ。昨日も執務室で格闘して疲れたが民の不安を解消させねばならんから弱音を吐いてる時でない。


既に城の周りは民で埋め尽くされている。


後ろの方は見えないのでレイアとヴィーナが共同で作った幻術を投影する魔道具をあちらこちら仕掛けて、空に俺の幻術が浮かび上がる仕組みになってる。


準備万端ということだ。緊張してきた。


「こんなの初めてだからな。前の謁見みたいに初めは絶対に噛まない!」


そう言い聞かせる俺。とイーリスが俺の横に来る。


「主様大丈夫ですか?」


「大丈夫ではない……がやるしかない」


俺は覚悟を決めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その頃民達はあちらこちらで期待、または困惑する者が周りと話していた。


「なんの話だとおもう?」


「そりゃ国の外が変わったことじゃないのか?」


「まぁ俺もそう思うんだがな」


「何が言いたいんだよ?」


「あぁ…何せ王の演説など初めてだからな、少し緊張してんだ」


「そうねぇ。王は私達にお顔をあまり見せないからね」


「顔を見せる時は王自ら戦争に行く時だけだからな」


「あの時の王のはかっこいいわよねぇ!」


「王はそれぐらい俺達を思ってくれてるんじゃないのか?王自ら民を守る。こんな俺達のために自ら戦争に行く立派な王は他にはいねぇよ!」


「あぁ!王なのに自ら志願して戦争に行くなんて普通はしねぇぞ!あんな姿を見せられたら男でも惚れちまう!」


「お前に惚れられても嬉しくねぇっての!」


「あぁ!?うるせぇぞ!」


「あんた達うるさいよ!…そう言えば守護王様達も揃ってるんだってねぇ!」


「ドラグニル様はいつもキリッとして格好いいよね!」


「俺はセレス様だ!あの笑顔はまじで神だぞ!」


「スサノオ様は武士って感じで好きかな!」


「ヴィーナ様に踏まれたい…」


「おっ!お前ら黙れ!もう始まるぞ!」


バルコニーから一人の男とその後ろに側近と守護王達が並ぶ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「じゃあ行くか」


俺は側近と守護王達を後ろに付け、バルコニーに姿を見せる。


『うぉおぉぉぉぉーーー!』


『ルーク様ぁぁーー!』


『王様ァーー!』


すごい歓声だ!何処か熱気を帯びてるぐらい暑い。


俺ってこんなに人気あるのか?民に対してそこまで何かしたって訳じゃないとおもうんだが。


何故そこまで人気があるのかは分からなかった。バルコニーの真下にはかなりの人がいる。後方にいる民達は俺の事が見えないので、そこかしろに幻術を投影する魔道具が置かれており、その魔道具の周りに人が集まっている。バルコニーから見ると疎らに人だかりが見える。


そしておれは右手をあげる。右手あげた瞬間、あれほど騒がしかった歓声がピタリと止んだ。風魔法で声を大きくして、そして……


「トワイライト王が建国して早10年。いろんな困難がトワイライト王国に降りかかった。人間側の者達が侵攻して、我がトワイライト王国が滅亡しかけた危機もあった。だが今この国はここにある。どんな困難も打ち砕き、どんな障害も乗り越えてきた。……だが、此度の壁は今までの壁とは比べ物にならないぐらい高い障害だ。お前達も記憶に新しいから覚えているであろう?あの巨大魔法陣を。あの巨大魔法陣は転移の魔法陣だ。即ち我が国は今、何処かも分からぬ違う世界へ飛ばされたのだ」


その言葉に民達が騒がしくなる。不安や心配など様々な声が聞こえる。


「我が国の周りは名前も知らない森。森の外に何が広がっているか、この世界にどんな国があるのか、そしてその国は本当に味方なのか?まだ何もわからないのだ。もしかしたら外の国は我が国の存在を既に知り、討伐隊を編成して侵略しようとしてるのかもしれない。空から敵が襲撃してくるかもしれない。我々は今、未曾有の危機に立たされておるのだ」


更に民達が騒がしくなる。そりゃ当然だ。王がめちゃくちゃ危険な状況だって言えば不安にもなる。


だからこそ俺はこの言葉を使って説明する。この世界では理解できないだろうが、俺の国の民は元はゲームの中の民だ。だからある程度の知識はあるだろう。トワイライトという意味も民は知ってるぐらいだからな。


この世界の住人なら間違いなく意味がわからないだろうな。そう考え騒がしくなった民達を俺は右手をあげて鎮める。


「お前達、トワイライトの意味は知ってるな?」


民達は、なんだ?いきなり?と訝しげな顔をしている。


「我がこの国をトワイライトと名付けた理由なのだが、時がゆっくり(ぼーっとする事にちなんで)進んでまったりと過ごしやすい国にする為に名付けたのだ。だがトワイライトと言う言葉の本当の意味はそう言う意味ではないのだ。正しくは盛りを過ぎ、勢いが衰えるころという意味だ。我が国は今、未曾有の危機にあり、何もしなければ朽ちていく。トワイライト、まさに今の我が国にピッタリではないか」


その言葉に民達は何も言えず悲しそうな顔をしながら聴いている。だがここからだ…!


「だがこのままでいいのか?我が国はこのままで終わっていいのか?超大国と言われた我が国だ!どんな困難も打ち砕いてきた我が国がだ!何もせずに我等は滅びるのか!?断じて否!」


民達の顔は悲しみに打ちひしがれ、目からも希望は無くなっていたが、俺の言葉に民達の目に希望が宿る。


俺は少し楽しくなってきた。


「お前達に教えてやろう。トワイライトという言葉にはもう1つの意味がある。それはな逢魔が時おうまがとき、またの名を大禍時おおまがときという。この意味はな昼から夜に変われば魔物が動く時間、だから魔物に逢う、そして災禍が蒙ると言われる意味だ。どれだけ人間側が攻めてきても夜は我等魔物の時間だ!幸い我等魔物だ!ならば勝機はある!討伐隊を編成して侵略しようとしてる?だからどうした!空から襲撃してくるかもしれない?だからなんだ!今まで何度も力でねじ伏せてきたではないか!外の国が、いやこの世界の全てが敵になろうとも関係ない!我等が、我が国がこの世界の災禍になればいい!もちろん、我が国もいきなり敵対など望まない。共存し、共に繁栄を望む国があれば手を取り合いたい。だが我等は魔物だ!人間には受け入れられないと敵対するやも知れぬ!その時は我が国、全軍を持って力でねじ伏せる!お互いの国が我慢しないと付き合っていけない国との共存は我は求まぬ!そしてこの国には十人の守護王や我の右腕がいる!故に心配するな!不安になるな!お前達民は我が国の宝だ!だから我と頼りになる配下達が全力でお前達を護ろう」


途中で俺のボルテージがあがり自分でも何を言ったか、めちゃくちゃな事を言ったんじゃないか?と思っているが民達は熱い視線を向けて真剣にきいている。


最後だな。


「そして最後に、我からお前達に告げる。これは我が配下達にも言ったが、国を動かすのには我一人では出来ない。頼りになる配下達が、そしてお前達民がいてこそ初めて国が動くのだ。王など飾りにしか過ぎない。たまたまこの国の王になっただけの王だ。だが王になったからには民の幸せを一番におもう。無能の王だが我と共についてきてくれるか?我と共にこの国の為、力を貸してくれるか?」


俺はそう言った。数秒の沈黙が流れた。やはり俺の演説は下手だったかな。民達の心を掴むことは出来なかったかな…と思った瞬間


『おぉぉおぉぉぉーーー!』


『当たり前だろぉぉーー!』


『一生ついていくわよぉぉーー!』


『俺達の王はルーク様だけだぁーー!』


あちこちから割れんばかりの大歓声が聞こえてくる。俺は歓声に涙を堪えて、この大歓声に負けないぐらい大声で叫ぶ。


『我!ルーク・シルバ・トワイライトはここにいる民達と配下達、そしてこのトワイライト王国に誓う!我がこの国の王でいる限りこのトワイライト王国は安泰だと!』


その言葉で更に民達のボルテージがあがり地震でも起きてるかのような歓声だった。その大歓声を背に俺はバルコニーから城へ戻った。


「緊張したぁーー!」


「主様、見事な演説でした。私は感動いたしました!」


とイーリスは言う。今も歓声が響いている。


「ぶっちゃけ何を言ったか覚えないからな」


「私は一言一句、心に留めております!」


俺は恥ずかしいから忘れてくれと言いたいが言えなかった。ああいう演説って熱くなると何を話してるかわからなくなるよね。そしてあれ?俺いま何の話してたんだ?と急に冷静になるときある。


いまもそんな感じだった。


「あ、ありがとう?」


さて演説も終わり民の不安は無くなった……とおもう。


次は森の調査に向けて準備を進めるか。もちろん調査には俺が出向く!冒険だぜ!


そして俺は風呂に入り精神的に疲れたのですぐ休むことにした。


ちなみにこの日、国は朝までお祭り騒ぎだったとのこと。


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