最終話 答え
「葵!そろそろ行くよ」
智子が私を呼んでいる。
あれから時は流れ、今日は彩先輩たちの卒業式。
私たちも高校二年生が終わろうとしていた。
今から智子とサッカー部の先輩たちのところへ向かう。
「うん。行こ……」
「葵!」
後ろから聞き覚えのある声がする。
あえて無視することにした。
「ちょっと待てって!葵!」
啓介が後ろに迫る。
「無視してるだろ!」
「無視してるわよ」
「なんでだよ」
「あなたがまた『付き合おう』とか言ってくるからよ」
そう。
彩先輩と別れたばかりの時には私に一度好きだと伝えてきた啓介も、ある時を境に私に付き合ってほしいと言ってくるようになった。
その度に断って無視することに決めている。
最近は言ってくる周期が長くなったが、その分こうしてしつこく食い下がってくる。
「付き合いたいからそう言ってるだけだ。何が悪い!」
「開き直ってるんじゃないわよ。私はお断りって言ってるの!」
私の言葉に、啓介は少し考える仕草をして黙った後に話し始めた。
「じゃあ、もう葵とは話さないようにする。もちろん付き合ってほしいとも言わない。それでいいか?」
「えっ……」
今度は私が黙って考える番だった。
その様子を見ていた啓介が顔をずいっと近づける。
「ほら、ちゃんと断られてないだろ」
ニヤニヤと笑う啓介は明らかに私をからかっていた。
「ちっちがう!今のは、部内でも話さないっていうのは無理なんじゃないかって考えていただけで……」
そういう私にさらに顔を近づける啓介。
私は思わず顔を背ける。
「そんなに顔を赤くして目を逸らしたら説得力ないぞ」
「っ!」
なんなのこいつ!
最初の『付き合ってくれ』のときは言って終わりだったのに、どんどん私をからかってくるようになっている。
「うるさい!さっさとどっかいけ!」
「どっかいけって、俺も同じところ行くんだけどな」
「あなたはこないで!」
私は啓介の背中を反対方向へグイっと押した。
「へいへい。そうしますよーだ」
そのまま他の部員たちに紛れて集合場所へ向かっていく。
「もう少し素直になってもいいんじゃないのぉ?」
智子もニヤニヤしながら私を煽ってくる。
「智子までっ!私は素直よ。早く行こ!」
私は早歩きでその場を後にした。
「ありがとうございました!」
私たちは礼をして、グラウンドの片隅で卒業する先輩たちに花束を渡す。
受け取った先輩たちは、それぞれ手渡した後輩にお礼を言う。
私が渡した相手は彩先輩だった。
「先輩、ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう!」
「先輩にはたくさんお世話になりました」
「そんなのお互い様だよ」
先輩は変わらない優しい笑みで答える。
しかしその後、顔を私の耳元に近づけた。
「啓介くんとは順調?」
その言葉に私は少し下がって先輩の顔を見て言った。
「だ、誰があんなヤツ……」
「あれ。まだ変化なしかぁ」
「だって、アイツは……」
「私のこと、気にしてる?」
「……」
私は黙り込む。
「あの時は私も落ち込んだし、完全に吹っ切れたのか分からないよ。でもね、あれがあったから今の私がある。それに大好きな啓介くんと葵ちゃんには幸せになってほしいの」
「……先輩が許したとしても、私は許せません」
「お、何話してるんだ?彩、そろそろ行くぞ」
話しかけてきたのはサッカー部の元部長だ。
「うん。今行く」
一瞬振り向いて答える彩先輩。
「とにかく、意地張ってないで頑張んなよ」
普段の先輩とは違った強い言葉だ。
「二人が上手く言ってほしいのは、さっき言った通り私の本心でもあるの」
「いや、私は……」
「じゃあ、元気でね!」
そう言って元部長のところへ駆け寄っていく。
「……よかった。幸せそうで」
彩先輩は元部長と仲良く並んで歩いている。
そう、二人は付き合っている。
啓介との関係が終わった時、彩先輩は見るからに落ち込んでいて、見るに見かねた部長が話を聞いて彼女を元気づけていた。
逆に部長が部長であるが故の悩みを相談することもあって、二人の距離は縮まっていったのだそうだ。
二人の関係が変化したとき、私の身の回りでも変化が起きた。
啓介が私に付き合ってくれとしつこく言ってくるようになったのだ。
けれども私は受け入れられることなく今に至る。
「よかった。幸せそうだ」
バッと振り向くと啓介がいた。
「あなたねぇ。来るなら声かけてきなさいよ」
「声掛けたら逃げるだろ?」
「……そ、そんなことないわよ」
「じゃあ逃げるなよ、これからは」
今まで自分の気持ちは押し殺してきた。
だがその要因となった当の本人に頑張れと言われた今、あとは自分次第。
私の本心はどこにあるのだろう。
「……逃げてなんかないわよ。もともと」
「いや、逃げてるね」
「そんなわけ……」
「じゃあ今から聞くことに逃げずに正直に答えろよ」
啓介がジッとこちらを見る。
最近は見なくなった、最初の『付き合ってくれ』の時と同じ真剣な目。
その目に私は動きが固まる。
「俺と付き合ってくれないか」
私は何と答えればいいのだろう。
こんな状況なのにいろいろなことが頭を駆け巡ってぐちゃぐちゃになる。
しかし、胸に手を当ると、そこには何年も前から変わらない答えがあったのだった。
幼馴染に恋人ができた 川上龍太郎 @Ryukpl
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