第9話 揺れる想い

「じゃあ今日も一緒に帰りましょう。彩先輩」

「うん!」

 元気に返事をする先輩。

「じゃあ着替えてこよっか」

「はい」

 俺たちは練習後にちょっと話した後に解散し、また後で待ち合わせということになった。

「ふぅ」

 思わずため息が漏れる。

 先輩と付き合って以降、どうにも気を張っている自分がいる。

 みんなから羨ましがられるような彼女であるはずなのに。

「うわぁっ!」

 聞こえてきたのは葵の声。

 倉庫の方だ。

 何事かと駆け寄る。

 声を掛けようとしたその時。

「大丈夫?桜木さん!」

 そこにいたのは三嶋だった。

 俺は思わず倉庫の横に隠れる。

「あ、三嶋くん」

「どうしたの?」

「畳んだビブスぶちまけちゃって」

「あーあ」

 大したことじゃなくて安心した。

「これ、ここでいい?」

「え、畳んでくれるの?」

 去っていくと思ったが、三嶋は手伝うことにしたらしい。

「大丈夫よ。こうしちゃったのは私だし、そもそも私の仕事だし」

「いいって。もう帰るのに全部畳むの大変でしょ。とっとと終わらせよう」

「ありがとう」

 それきり会話は聞こえてこない。

 倉庫で二人きりで黙々と作業しているのだろうが、なぜか倉庫の中が気になって仕方ない。

「いつもさ、ありがとう」

「え?」

 三嶋からの突然のお礼に戸惑う葵。

「ほら、前はあんなに臭かったビブスもこの通り」

「ああ。でもそれが仕事だもの」

「でもマネージャーやってくれているのは事実だ」

「そうだけど……」

「ビブスの他にも、いろいろと変わった」

「それは人数が増えたからじゃない?」

「たしかにそれはあるね。彩先輩と原田だけで大変そうだったから」

 確かに試合の時などは特に忙しそうだった。

「本当にマネージャーたちには感謝だ」

 入部以来、マネージャーがいることが当たり前だったが、考えてみれば彼女らのお陰でサッカーに集中できているのだ。

「それはよかったわ」

 葵の返事は素っ気ないものだが、こういうときに結構喜んでいることを俺は知っている。

「あ、そうそう。サッカー部にはもう結構馴染んだみたいだね」

「うん。お陰様で」

「最初結構心配してたもんね」

 心配していたことを知っているって、二人は思ったより親密なのだろうか。

 そういえば俺が葵をマネージャーに誘った時も三嶋が一緒にいたっけ。

 急に胸がズキズキする。

「私、余計なこと言っちゃうから。言わないように努力はしてるんだけど」

「この間の啓介と彩先輩のこととか?」

「あれは別に大丈夫」

 大丈夫じゃねぇよ、と心の中で呟く。

「でも意外だったな。桜木さんって意外とそういうの気にするよね」

「気にしない性格だと思った?」

「正直ね。でも根が優しい性格だってことも分かったよ」

「ありがと。けどサッカー部員としては智子や彩先輩みたいなかわいい女の子の方が嬉しいでしょ?」

「そんなことないよ。桜木さんみたいに一生懸命やってくれる子は大歓迎。それに、桜木さんだってかわいいよ」

 再び訪れる沈黙。

「あっ!ごめん!そういう意味で言ったんじゃない」

「大丈夫。分かってるから」

「ホントごめん。前にもこんなことが……。いやもっと気持ち悪かったな」

 前にもだと!?

 心拍数が上がっている。

 俺は動揺しているのか?

「そんなことないわ。ただ私が言われ慣れてないだけだと思う」

「え?そうなの?」

「かっこいいとか、真面目とかは言われることはよくあるけれど」

「啓介には?」

「啓介には……」

 俺、何か言ったことあったっけ?

 誉めた記憶がない。

「女の子らしくない、可愛くないと言われたことならあるわね」

「あいつ……」

 いや、そうじゃない!

 もっと可愛くて女の子らしい子と付き合いたいって意味で。

 しかもあれは単に中学生活を穏便に過ごすための嘘なのに。

「ふふっ」

 不意に葵の笑い声がした。

 滅多に笑わないあいつの笑い声。

「三嶋くんって優しいのね」

「そうかなぁ」

「そうよ。私男子と仲良くできてないから、三嶋くんが男子の学級委員でよかったと思ってる」

「それはこちらこそ。僕だってあんまり女子と話す方じゃないからね」

 なんだか二人、距離が近くないか?

 お互いのこと、どう思ってるんだ?

 しかし、そこまで考えて気づくことがある。

 そもそも葵が誰を好きで、誰と付き合おうと自分には関係ないということ。

 例え三嶋と付き合ったとしても……。

 想像しただけで胸が張り裂けそうだ。

「よしっ。これで全部」

「ありがとう。じゃあ着替えて帰りましょう」

「そうだね」

 二人が倉庫から出てきたので、慌てて死角へ回り込む。

 倉庫に鍵をかけ、去っていく二人。

 ある程度離れたところで倉庫の脇から出る。

「「ふぅっ」」

 ため息をついたとき、倉庫の反対側からも聞こえた気がした。

 ゆっくりと顔をそちらへ向ける。

「「!?」」

 何と、そこにいたのは原田だった。

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