第6話 新たな日常

「これからサッカー部のマネージャーをさせていただく一年の桜木葵といいます。よろしくお願いします」

 サッカー部の部員の前で自己紹介をする。

 パチパチと拍手をする部員たち。

「よろしく、桜木。よし、それじゃあ練習に戻れ」

 キャプテンの合図とともに部員たちが散らばっていく。

「あーおーいっ!」

 私を呼ぶのは友達の智子。

「顔、強張ってるぞ。緊張してるの?」

「そんなわけないでしょ」

「ほんとかなぁ?」

 そう言うや否や私の右手を両手で握りしめた。

「……何よ?」

 聞いてもニヤニヤとしている智子。

「手汗、すごいよ?」

「なっ!?」

 瞬時に手を引っ込める。

「ちょっと!やめてよ」

「ぬははは!もっと肩の力抜いて。リラックスだよ」

「うん」

 軽く呼吸を整える。

「……さっきの自己紹介どうだった?」

「うーん、しっかりしてそうな感じ」

「しっかりしてそう……」

 しっかりしている、とはこれまでの人生の中で幾度となく言われてきた言葉だ。

 これは決して私にとっては誉め言葉ではない。

 とっつきにくそう、出る幕がなさそう、話が通じなさそう。

 本音はそんなところだ。

「っていうのは部員から見た時の印象で、私から見たらからかいたくなるような……」

 私は智子をじろりと睨む。

「さ、さぁ!仕事の案内をするよ!」

 慌てた智子が歩き出す。

 マネージャーは主に部の倉庫の前で作業をすることが多いようだ。

 倉庫の横には水道や洗濯機なども揃っていて一通りの作業をすることができる。

「あ、その前に」

 智子が向いた方から背の小さい女の子が小走りで向かってくるのが見えた。

 肩につくかつかないかくらいの短めの髪の毛を振る様子は子犬が走ってくるようだ。

 だが一番目立つのはその胸にある二つの果実だ。

 その膨らみには女の私でも目を奪われる。

「ごめん!ちょっと遅れちゃった」

「紹介するよ。こちらが二年の岡村彩先輩」

「はじめまして。岡村です。この子が新しいマネージャー?」

「あ、はい!一年の桜木葵といいます。よろしくお願いします」

「うん!こちらこそよろしくねー」

 優しい笑顔をする先輩はすごく人懐っこい印象だ。

 よく不機嫌だと間違えられる自分とは大違い。

 こうして比較してしまう自分も嫌だと自己嫌悪に陥る。

 比べてしまうのはこの人が啓介の彼女だからだろうか。

 私はそのことについてもう考えないと決めたのに。

「葵ちゃんは智子の友達なんだってね」

 先輩から話しかけてくれた。

 智子とはまた違った居心地のよさがある人だ。

「はい。よく一緒にいます」

「単なる友達じゃないっすよ。何たって私と葵はマブダチっすからねー」

 そう言いつつ肩を組んでくる智子。

「マブダチって……。私をからかって遊んでるだけでしょ?」

 私は呆れた顔で智子の腕を振り払う。

「え、ホントにそう思ってるの?」

 若干トーンダウンして聞いてくる智子。

 しまった。

 言い過ぎたか?

「いや。ホントは、まぁ、仲いい友達というか、親友というか。そのくらいには思ってるわよ」

 ちょっと視線を逸らしつつ答える。

 しかし智子からは返事がない。

 視線を戻すとしたり顔の智子。

 やられた。

「よっしゃ!照れ顔いただきました!」

「ちょっと!そういうところよ!」

「別にからかってるわけじゃないもーん」

「からかってるじゃない!明らかに!」

「うふふふ。仲いいのね」

 私たちの様子を見てにこやかな先輩。

「そうなんですよぉ」

 智子が私に抱き着いてくる。

 諦めた私はもはや抵抗しない。

「でも先輩と啓介の仲には及びませんけどねぇ」

 その言葉に場の空気が一瞬固まる。

「ちょっとぉ。やめてよぉ」

 赤面して抗議する先輩。

 対してただただ固まるしかない私。

 それを知ってか知らずか、智子は私をさらに強く抱きしめる。

「もう。私ボール集めてくるから」

 先輩はそのままくるりと向きを変えると部室の方へ駆けていく。

 私は思わずその場に立ち尽くす。

「あれが彩先輩」

 智子の言葉にハッとして我に返る。

「優しそうな人ね」

「そう。ホントにいい人。ありゃ啓介が惚れても無理ないなぁ」

「そうね」

「ねえ、葵」

「なに?」

「ほんとに大丈夫?」

「何が?」

「堅物だなぁ」

 智子はため息をつくと私の肩に手をついた。

「じゃあ仕事しようか。まずはこの汗臭いビブスを洗濯」

 洗濯カゴに入ったビブスを洗濯機へ放り込む。

「洗剤はココ、柔軟剤はこっち。で終わったらあそこの物干し竿に」

「どこ?」

「あれだよ、あれ」

 そちらを向くと、物干し竿は確かにある。

 だがそれよりも遠くにいる啓介に視線が移る。

 列に並んで順番に攻撃の練習をしていて、ちょうど啓介の順番だ。

 ドリブルをしている啓介がゴールに向けてシュートを放つ。

 ゴールのネットが揺れる。

 そしてまた列に戻っていくのだが、その前に彩先輩からボールをもらっていた。

 普通なら何も気にならない。

 けれども啓介と彩先輩は、ボールを受け渡すときにお互いにわずかにほほ笑んだ。

 それを見た私は胸に鈍い痛みを覚えた。

 あの早退した日と同じような。

『ほんとに大丈夫?』

 私の頭からさっきの智子の言葉がしばらく離れなかった。

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