20 どうなってしまうんですか……?


「夾よ。お前は《蟲招術》を用いて盗みを働いたで間違いないな?」


 一歩踏み出した珖璉が刃のように鋭い声で問う。夾が震えながら頷いた。


「《蟲招術》だなんて……。あたしが使えるのは《縛蟲ばくちゅう》くらいで……」


「《縛蟲》か。なるほど、細長いあの蟲ならば、人が入れぬ隙間からでも忍び込めるな。鈴花。こやつの《気》の色は何色だ?」


「う、薄茶です! 黒じゃありませんっ!」


 珖璉の意図を察した鈴花は声を張り上げる。


「あ、あの、珖璉様……。夾さんはどうなるんですか……?」


 禁呪使いでないとはいえ、夾が盗人なのは確かだ。不安を隠さず問うと、珖璉が冷ややかに答えた。


「盗品はまだ売っておらぬようだが、妃嬪の持ち物を盗んだ犯人を見逃せば、皇帝陛下の威信に関わる。よくて縛り首、悪ければ死ぬまでむち打ちだ。どちらにしろ、死刑は免れん」


「死刑……っ!? じゃあ、娘さんはどうなるんですか!?」


 まさか、そこまで重い罰だとは思ってもいなかった。

 身を乗り出した鈴花に、だが、珖璉は表情ひとつ変えない。


「そもそも病から回復できるかもわからんだろう? 生き残ったところで、稼ぎ手を失えば遠からず困窮こんきゅうする。結果、奴婢ぬひとして売られるか、そのまま野垂のたれ死にするか……。わたしの知るところではない」


「そんな……っ!?」


 このままでは、夾だけでなく娘まで死ぬことになる。


 珖璉の宣言を聞いた夾はがくがくと震え続けている。紙よりも白い顔色は、早くも死人になったかのようだ。


「な、なんとかならないんですか!? 夾さんは盗品をまだ売ったりしていなんでしょう!? 返したら減刑とか……っ!?」


「妃嬪の持ち物に手をつけただけで大罪だ。減刑など、あるはずがなかろう?」


 氷のような声で告げた珖璉が、ふと考える表情になる。


「そうだな……。そこまで言うのなら、ひとつ方法がないこともない」


「何ですかっ!?」


 一縷いちるの望みにすがって珖璉を見上げると、黒曜石の瞳と視線が合った。形良い唇が挑むように吊り上がる。


「鈴花。お前には褒美を得る権利がある。盗難事件の犯人を見つけた褒美に、菖花について調べてやろうかと考えていたが……。どうする? 姉の行方を調べる代わりに、こやつの助命を嘆願してみるか?」


「そんなことができるんですかっ!? ではお願いします! 夾さんと娘さんの命を助けてあげてください!」


 間髪入れずに即答すると、珖璉の眉がきつく寄った。


「返事をするなら、ちゃんと考えてからにしろ。こいつは赤の他人だろう? しかも盗人だ。そんな奴のために、姉の情報を得る貴重な機会を使うとは……。正気か? お前は姉を探しに後宮へ来たのだろう?」


 珖璉の鋭いまなざしに気圧けおされそうになる。鈴花は唇を噛みしめるときっぱりと首を横に振った。


「で、でも、お世話になった人が私のせいで死刑になるなんて、そんなの見過ごせません! それに……」


 迷いを断ち切るように固くつむった眼裏まなうらに浮かぶのは、大切な姉の姿だ。


「あなたは嘘なんて言わないもの。鈴花がいい子だと、ちゃんと知ってるのよ?」


 嘘つきだと村の子ども達にいじめられるたび、菖花はそう言って鈴花の頭を撫でながら慰めてくれた。姉が信じてくれたから、鈴花は世を儚むことなく、ここにいられるのだ。


 鈴花はまぶたを開けると、強い意志を込めて珖璉を真っ直ぐ見上げる。


「ここで夾さんを見捨てて姉を見つけられたとしても、姉さんの前に堂々と立てるとは思えません! きっと、姉さんも私を叱ると思います。ですから……。どうか夾さんをお助けください! お願いします!」


 床に額をこすりつけるように深く頭を下げる。


 そのまま、どれほど待っていただろうか。珖璉が洩らした吐息が沈黙を破る。


「よかろう。そこまで言うなら、夾を助けてやろう」


 弾かれるように珖璉を見上げる。なぜか、珖璉はひどく苦い顔をしていた。


「女の術師は貴重だからな。泂淵けいえん預かりにして労役で罪を償わせることにすれば、死刑にはならん。……まあ、泂淵がそんな面倒を引き受けるかどうかだが」


「では、私からも泂淵様にお頼み申しあげます!」


「ならん!」

 告げると、予想以上に強い声で制された。


「お前が頼めば、泂淵に言いくるめられてどんな無茶な約束を取りつけられるやら……。泂淵への話はわたしが通す」


 と、珖璉が涙を浮かべて震え続けている夾に視線を移す。「夾」と名を呼んだだけで、夾の身体が大きく震えた。


 自分の身に起こったことが信じられぬと言いたげに呆然と見上げる夾に、珖璉が薄く笑む。


「とんでもないお人好しがいて命拾いしたな。だが、他の者も同じだと思わぬことだ。わたしも泂淵も、こやつのように甘くはない。お前はきっかけを掴んだに過ぎぬ。生き延びたければ、よくよく身を慎め」


 低い声は氷片を散りばめたかのようだ。夾ががくがくと壊れた人形のように頷く。


「ひとまず、こやつを牢へ」


 珖璉の命に、禎宇が夾を連れて部屋を出ていく。


 夾の命が助かった安堵で緊張の糸が切れて、身体に力が入らない。鈴花は床にへたりこんだまま、夾と禎宇を見送った。


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