14 しっかり見るというのなら、連れて行ってやらんこともない


 朝食は泂淵にあれこれ質問されたり、蟲招術についての話を聞いたりと、すこぶるにぎやかだった。


 食事の後、禎宇が桶に入れて持ってきてくれた湯で簡単に身を清め、掌服とは異なるお仕着せに着替えた鈴花は、隣室へ移動した。


 泂淵は王城へ参内し、禎宇も席を外しているらしく、卓に残っているのは珖璉だけだ。


 書き物をしていた卓から顔を上げた珖璉に、鈴花は深々と頭を下げる。


「ありがとうございます! 私なんかにこんな立派なお仕着せを……」


 禎宇が用意してくれたお仕着せは、下級宮女に与えられる麻の衣ではなく、綿の布地だ。ごわごわした麻と異なり、肌触りがよい。


「仮にも官正であるわたしの侍女なのだからな。下級宮女と同じというわけにはいかんだろう」


 淡々と告げた珖璉が、筆を置いて立ち上がる。


「行くぞ。ついてこい」

「ど、どちらへ!?」


 歩き出した珖璉を追いかけながらあわてて問う。扉に手をかけた珖璉が振り返らずに告げた。


「これから、宦官達が多くいるむねを回る。もし術師や何らかの《気》を宿した道具を見つけたら、それとなくわたしに知らせろ」


「そ、それとなくと言われましても……。あっ、その、宦官のお腹に入っている《宦吏蟲》は無視していいんですよね?」


 念のために確認すると、珖璉が驚いたように足を止めて振り返った。


「そんなものまでわかるのか!?」


「ええっ!? はい、うっすらとしか見えませんけれど……。どの宦官の方も、下腹部だけに《気》が宿っているのはわかります」


「それほどとは……。《見気の瞳》の利用価値は計り知れんな……」


 感心したように呟いた珖璉に、鈴花は身を乗り出す。


「あのっ! 棟を回るということは、掌寝しょうしんにも行きますか!?」


 掌寝とは、妃嬪に仕える侍女達とは別に、妃嬪の宮を掃除したり、調度を整えたりする係だ。


「なぜ、そんなことを聞く?」

 いぶかしげな珖璉に、熱心に説明する。


「姉さんは掌寝の担当なんです! なので、掌寝の方々に姉さんのことを聞きたいとずっと思っていたんですけれど、まったく機会がなくて……っ!」


 後宮は広い上に、部署ごとに起居する棟も異なる。奉公に来て以来、なんとか行く機会がないかとうかがっていたものの、ふだんの仕事すら満足にできず、朝から晩まで働き通しの鈴花には、手の届かぬ場所だったのだ。


「なるほど。術師や禁呪の気配がないか、しっかり見るというのなら、連れて行ってやらんこともない」


「はいっ、頑張ります! しっかり見ますから連れて行ってくださいっ!」

 両手をぐっと握りしめて請け負う。


「そこまで熱心に言うのなら、掌寝から行くか。……もともと、掌寝は調べねばと思っておったしな」


「ありがとうございます!」


 まさか、すぐに掌寝に行けるなんて。昨日、取引を持ちかけてよかったと心から思う。


「ですが……。掌寝に、何かあるのですか?」


 歩き始めた珖璉の後ろに付き従いながら、銀の光を纏う面輪を見上げる。


「ああ。実は、宮女殺しの他にも厄介事が持ち上がっていてな」


 人気ひとけのない廊下を進みながら珖璉が教えてくれたところによると、ここ最近、妃嬪や侍女の部屋から、かんざしくしなどの装飾品が盗まれる事件が発生しているのだという。


 装飾品に最もふれるのは、妃嬪のそば近くに仕える侍女達だ。


 だが、侍女達は後宮が雇っている宮女達と違い、敵の多い後宮で妃嬪達が己を守るために連れてきた身元の確かな者達ばかり。


 何より、盗難事件はいくつもの宮で発生している。侍女が他の宮へ行くのは、使いの時か、妃嬪の供として付き従う時くらいだ。


 となれば疑わしいのは宮女か宦官。さらにいうなら、宮に入って掃除などを行う掌寝の者が怪しいが……。


 不祥事が起こらぬよう、掌寝には特に優秀で品行方正な者を集めており、高価な品を扱う際には、必ず複数人であたるよう徹底させているのだという。


 にもかかわらず盗難事件が続き、何も手がかりが出てこないということは、複数で組んで巧妙に盗んでいるのか、それとも官正である珖璉が把握していない術師が絡んでいるか……。


 宮廷術師でない術師が後宮に入ることは固く禁じられているが、術を使っているところを目撃でもしないかぎり、たとえ術師であっても、他人が術師かどうか見極めることはできない。


「そこで《見気の瞳》を持つお前の出番だ。術師や《気》を宿した物を探せ。ささいなことでもよい。らさずわたしに報告しろ」


「は、はい……っ!」


 珖璉の厳しい声にこくこく頷く。


 果たして鈴花などに珖璉が望む働きができるかどうか、はなはだ疑問だが、こうなったら、姉を見つけるためにもやるしかない。


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