episode.5

私は、責任も覚悟も持てなかったクズだ。彼に再会しようと言う矮小な勇気をようやく起こして全ての始まりの日に彼に会いに行った。彼はきっとあそこにいる。そんな直感を信じて行ってみるとやっぱりいた。でも、彼の目が死を覚悟した人の目だったから私は思わず「ねぇ。」と声をかけた。精一杯の笑顔で。そして、「あなたに恋をしました。」と言った。彼は驚きを隠しきれないと言う様子で「は?」と言った。そんなこと言うはずじゃなかった。言っちゃいけない言葉だったのに、彼を樹くんを失うかもしれないと思うと、あまりの恐ろしさについ口をついてしまったらしい。私は、楓を中途半端な助け方をして逃げた。覚悟も何もないのに偽善者ぶった。今思えば、助けようか悩んでいると言うような顔をした樹くんにいいカッコをしたいと思っていたのかもしれない。とさえ思う。楓と仲良くしだしたのは、樹くんが楓と親しそうにしだしてからだ。とにかく羨ましいと思った。樹くんとはもともと幼馴染だったのに、中学に入ってからは一言も喋っていないと言っても過言ではなかった。それでも、私は樹くんのことが変わらず大好きで、ずっと目で追っかけていた。何にハマったのかを知ると私もそれにハマろうと努力したし、どんな子がタイプなのかを知るとそれに近づけたりした。そんなにコミュニケーション能力の高くない私は学校の地位は低かった。それでも別によかった。と言うより、その方が好都合だった。樹くんを見ててもなんとも言われないし。でも、いつまでたっても樹くんと話せないまま一年が過ぎた。そんな時楓が来たのだ。楓は別に誰と特別仲良くしようとは思ってなかったみたいだった。それなのに、樹くんは楓のことを構おうとした。私は全く構ってもらえなかったのに、急にきたあいつが構ってもらってる。なんで。と思った。でも、これは使えると思った。楓は、まだ樹くんに恋愛的好意を抱いていないようだった。だから、私が先に楓に取り入って樹くんに私の方を見てもらおうと言う魂胆だった。楓の読書の趣味は私の本来の読書の趣味ともとても似ていてすぐに打ち解けたし、互いに親友と称するようになった。私は、樹くんへの邪念なんか忘れて”楓”という一人の人間に対して好意を抱いていた。


 そんなある日のことだった。まだまだ楓への質問の嵐が続いている中で前の学校の質問が出た。それを聞いた瞬間に、最近では楽しそうに質問に答え始めていた楓がピタリと口を開くのをやめてしまった。私も聞きたかった内容だったけれど、楓が今まで一度も前の学校について話したがるそぶりを見せなかったので触れてこなかった内容だった。だから、この時あの質問が出て正直ワクワクした自分がいた。しかし、彼女が黙り込むのを見てそんな気持ちはすぐに失せた。でも、他の女の子たちは違かった。教えてくれないことに少なからず苛立ちを覚えたみたいで、とにかくずっと聞き続けた。そして、聞けば聞くほど楓は心を閉ざしていくみたいだった。私とも一緒に帰ってくれなくなり、そのうち話すことも途絶えた。話すことが途絶えた頃には楓のいじめは陰湿化がとにかく進んでいて、暴力が振るわれていた。「やめなよ。」そう口にしようと何度もなんども思った。でも、そしたら次は私ということが、目に見えていたから言えなかった。そうやってみて見ぬふりを続けて、どこか慣れ始めていたある日。彼女が樹くんの目の前でいじめられていた。樹くんを見つめていると、彼女が殴られたり蹴られたりするために樹くんの手や口、目元が動くのがわかった。助けたいと思っているんだと気づくのに時間はかからなかった。それでも、樹くんも助けたら次は俺。と思っているようで決して「やめろ。」と声をかけようとはしなかった。


 そんなことが毎日繰り返し、ある日楓が肩を突き飛ばされて窓際まで吹っ飛んで行ったことがあった。どうやら立てないようだった。しかし、楓は強かに突き飛ばしたやつのことを睨んでいた。とても迫力のある光景だったが、相手も負けておらず、楓の方へつかつかと歩み寄ると思い切り肩を踏みつけた。その瞬間、一瞬のことだけれども楓が痛そうに顔を歪ませたのを私は見逃さなかった。だけど、行こうとは思っていなかった。でも、ふと樹くんの方を見たとき樹くんが自分のことじゃないのに苦しそうに顔を歪めているのを見て体が動いた。楓に覆いかぶさって「やめなよ」と糾弾していた。体が勝手に動いたものだから、あまりの恐怖に涙がボロボロとこぼれた。もう何も言いたくない。時を戻したい。そう思っても、時は戻らないし口も止まらない。今はもう何を口走ったのか覚えていない。それでも、それを言ったことで樹くんが助けに入ってくれた。樹くんの声が聞こえた瞬間、とてつもない安堵感が胸に広がった。ああ。もう大丈夫だ。と本能的に悟った。樹くんが女の子たちに物申すと彼女らは、もう何もしなかった。彼女たちが教室を出て行ってから、私と樹くんは楓がたつのに手を貸そうとした。でも、楓は樹くんの手を払いのけて近寄るなクズが。と言った。その気迫に私も樹くんも押された。樹くんは手を差し出すのをやめ、ひどく傷ついた顔をしながら呆然と立っていた。楓は私の方に手を乗せ、保健室まで行った。


肩を脱臼し、腰にひどいアザができていた。それでも、彼女は久しぶりに私に声をかけてくれた。ありがとう、と。


 その日の帰り、久しぶりに楓と帰った。もう少しで分かれ道というところで楓が急に立ち止まって言った。ヒーローぶられて迷惑だった。と。それからだろう。私は、人と関わるのが怖くなった。学校を変え、住む場所を変え、趣味を変えようとした。趣味だけはもう変えられなかったし、好きな人のことも好きなままだったけれどそれでも変わろうとした。でも、私が逃げたという事実は私を捉えて離さなかった。離す気がないというように、毎朝毎晩私に思い出させる。それでも、必死になって更生しようとして、高校になって通学のにすることにした。高校の入学式、意を決して学校に行った。とてつもない緊張に襲われながら小さくなっていると、大好きな声が聞こえてきて驚いた。間違えるはずがない。忘れるはずがない声だった。そう。樹くんが答辞を読んでいたのだ。もうこれは運命だと思った。1年半かけてようやく忘れかけていた。彼への思いが再燃するのが自分でもわかった。思わず涙が出て、両隣の子にとてつもなく驚かれたけれどそんなの気にしてられないくらい嬉しかった。そして、もうこれは神様が許してくれたのではないかとさえ思ってしまった。


そして、あの日に戻る。あの日、私は彼の目を見て思った。ああ、神様は私を許してくれたわけじゃなかったんだ。って。神様がもしも私を許してくれていたのならばきっと、ああいう目を樹くんがすることはなかっただろうという風に心から思う。でも、こうして今彼の隣に立てて思う。やっぱり神様は私を許してくれていたんじゃないかって。

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