episode.4
君にあって僕はいつも感情を持っている。君といない時はいつも通りの虚無に戻ってしまうけれど、それでも君と一緒にいる間だけは何かしらの感情を持っているように思う。あの日君はどうして僕のもとにきてくれたの。君が選んできてくれたの。それとも、たまたま僕がいたの。教えて欲しいとさえ思う僕がいる。でもそれで、望む答えが得られなかったら僕はどうなるかわからないから聞きたくないとも思ってる。すごい身勝手。
君はまだ学校に来ない。これで一週間が立つ。流石に僕も心配が限界に達したので、先生に君の所存を聞くことにした。本当は直接君の家へ行こうかと思ったけどいなかったり、僕に会いたくなかったからだと困るからだ。
職員室に赴き先生に声をかけるととても驚かれた。今まで一度も話しかけたことがないからだ。それでも、彼女がどうしたのか尋ねると素直に教えてくれた。僕はそれを聞くと一目散に駆け出した。行かなくてはいけない。直感的にそう思った。僕ばっかり毎日毎日君に助けられて、君が困っている時に助けられないなんてそんなの嫌だ。やっぱり君の大丈夫はあてにしちゃいけなかったんじゃないか。
君の家の前。早く君に会いたいという思いだけでピンポンを押す。連打しそうになるのを寸でで止めて。
「はぁい。」
彼女の声が聞こえてくる。しかしどことなくいつものような凜とした、楽しそうな君の声じゃない気がした。
「僕だけど。開けてくれる?」
そういうと、直前まで聞こえていたトトトッという足音が消えた。しばらく静寂が広がる。僕は、とにかく早く君に会いたくて「開けて。」と強い口調でもう一度言う。しかし君は答えない。まるでこの扉の向こうには誰もいないんじゃないか、と思ってしまいそうなくらいに静かだ。
どうしようかと思い悩んでいると、ようやく彼女の声が聞こえてきた。
「ちょっと今は誰にも会いたくないから。悪いけど帰ってほしい。かも。」
最後は聞こえるか聞こえないかくらいの消え入りそうな声だった。本当に会いたくないんだな。とはわかったが、僕はここで引くわけにはいかないので
「僕は君に会いたいから、帰らない。」
君と再会したとき言われたような口ぶりで言う。
君は絶句しているようだった。
しかし、しばらくして「私は会いたくない」と言う。
「僕は会いたい。」と返すがこんなことをいつまでもしているわけにはいかないので、何とかしてでもこの扉を開けてもらう方法を考える。
彼女の好物を買ってこようか。学校の行事の話をしてみようか。最悪、大家さんに開けてもらうことはできないだろうか。
そんなこんなを考えながら、僕は彼女に話し始めた。
「僕はさ。君が言っていたように、君と再会した日死のうとしてた。大好きなあの場所で。あの日。君が覚えているかは知らないけど、三上さんが転校してきた日なんだ。あれからもう3年も経ってるんだよ。やつらと過ごした中3の時。始業式にはもう三上さんのことなんて忘れてた。誰も口に出さない。憂鬱そうな奴もいない。後悔の念なんてこれっぽちもないみたいだった。僕も奴らみたいに忘れてしまいたいとさえ思った。でも、そんなことできなかった。毎晩寝る前には三上さんの顔が頭をよぎる。夢に見るのはあの日のことばかり。毎朝「近寄るなクズが。」のところで目がさめる。そして、朝目覚められたことに絶望するんだ。なんで寝ている間に死ねなかったんだろう。神様はなんて残酷なんだろう。って。でも、君に会ってから僕は少し変わったんだ。変わっちゃいけないことはわかってる。僕はずっと不幸でいなきゃいけないのもわかってる。それでも、君に再会してからずっと僕は幸福を感じているんだ。ねぇ。今日はさ。先生に君が心の病で学校に来れてないって聞いてきたんだ。僕は君に助けられて、幸せにしてもらっているのに僕は君に何もできないなんてと思ったよ。君が僕に「好き」と言ってくれたのは嘘だったかもしれない。でもね。僕は君がずっと好きだよ。中学の時からずっと好きだったんだと思う。こんな風に人を好きになっていいなんて思ってはいないけど、それでも好きになってしまったんだ。だから、好きな人にだけは幸せでいてほしいと思うんだ。ねぇ。僕と話そうよ。」
君は僕が話している間何も言わずにいてくれた。しかし、話し終わっても何も言ってくれないので聞き飽きて何処かに行ってしまったのではないかという心配にかられた。しかしそれは杞憂だったようで、
ガチャン
と鍵の開く音がした。ギーという音とともに君が顔をのぞかせた。目にいっぱいの涙を浮かべた顔で。僕は予想外のことについギョッとしたが、君が僕と会ってくれたことが嬉しかったのですぐに笑顔が漏れる。
君の部屋。小学生ぶりくらいの誰かの部屋。少し落ち着かなくてそわそわしていると、君が涙を流しながらハーブティーを入れてきてくれた。ラベンダーやカモミール、ジャスミンなどを基調としているらしい。
「ごめんね。帰ってなんて行っちゃって。来てくれて嬉しかった。でも、まだちょっと人と会うのは怖くて。」
「いや別に。押しかけた僕の方も悪いし。」
「樹くんはさ。中3の時の私って覚えてる?」
頷こうとして、思った。そういえば僕は彼女の中3の時を知らないと。そして、中2のあの日からの彼女も知らないと。
「覚えてないよね。いや、覚えてなくて当然なんだけど。」
そう、彼女は涙をボロボロ流しながら語る。
「私ね、あの日学校であの人たちに楯突くことがすごい怖かった。実際手とか足とかもすごい震えてたし、心臓止まるかと思った。でも、ここで言わなかったら私は一生後悔すると思った。だから、ちょっとどころじゃなく怖かったけど言い張った。そしたら、君が後押ししてくれてすごく嬉しかった。私もあの頃から樹くんのことが大好きだったんだよ?でもね、あの日の帰りに楓に言われたの。助けてくれてありがとう。でも、別に助けて欲しいって行った覚えはないし最後の最後に偽善者とかヒーローぶって言われても迷惑だったな。って。それで私気づいたんだ。誰かを助けるって、一緒に助ける責任を取らなくちゃいけないんだな。って。その時から、明日学校に行ったらいじめられることは間違いないな。って思って、通信制の学校に切り替えたの。すでに両親はいなかったし、自分で手続きをして親の代わりには叔父と叔母になってもらった。私はね、そうやって逃げたの。責任を取らなくちゃいけないってこともわかってた。覚悟がなかった。だから、一人孤独になっていく樹くんを残して私は逃げたの。たまに、下校時刻とかに君を見てたよ。光のない目をしている君を見てすごく申し訳ない気持ちになった。でも、それでも。私には覚悟がなかった。逃げ続けた。だからね、樹くんは幸せになっちゃいけないなんてことないんだよ。幸せになっちゃいけないのは私の方だ。樹くんは逃げずに頑張ったんだから、幸せになっていいんだよ。」
そう言われて、僕も君のがうつったかのようにボロボロと泣いた。一緒になって泣いて。泣いて。日が沈んでから、僕は君と一緒に夕ご飯を作らせてもらった。そして、一緒に食べて、片付けて、そして帰った。
君がそう思ってるなんて思わなかった。第一僕は君が通信制に切り替えたことさえ気がついていなかった。僕はあの日どうするのが正解だったんだろうか。
あの日よりももっと先に三上さんを助けていれば彼女がああやって苦しむこともなかったのだろうか。
そんな風にぐるぐる考えていると、場違いなアプリにメッセージが届く音が響く。「結局私たちは似た者同士なのかもね」とだけ書かれていた。僕はそれに対して、「本当だね。」と返した。今日初めて僕は、君の想いを苦しみを知った。そして君も同じように僕の思いを聞いてくれた。「これからは、悩まないで。半分こしよう」と送って、僕は部屋の電気を消した。
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