第4話
学校は僕らが殺されようとも気にしようともしない。そんなことは僕にとって既に知っていることだった。
僕が誰かに助けを求めようとも、夢の中では死ぬことは変わらなかった。それどころか酷いありさまになってしまうこともあった。
学校はソロモンの子供に干渉しない。ただ観察するためだけの対象であり、殺し合いですら社会行動の観察なのだ。
それを理解しているのは、この場では僕とユキムラさん、トーマス、あとはミサキだろう。他のリンヤ、ホムラくん、カリンさん、サクラくんは何も知らない。
「まあ、学校が誘拐事件について、警察に通報もしなかったのは、そういったことが理由だよ。学校はソロモンの子供に関わる殺し合いを容認している。というよりも容認する何者かがいて、“過激派”は自由に行動しているんだ」
僕はそういってトーマスを見る。彼は表情を変えることなく、軽く微笑んだままだった。
「ともかく、トーマスを信用していいのか、いまだに俺にはわからないな」
ホムラくんはそう言ってトーマスを見た。
「僕は信じるよ」
そう言ったのはサクラくんであった。彼は本当に真っ直ぐで素直である。状況的に怪しいにも関わらず、自分の感性を信じている。
「まあ、信用するかは置いといて、気になることがある。トーマスが言っていた“過激派”がサクラちゃんを拐った理由だ」
リンヤはトーマスのことは置いておいて、次の話を始める。
「わからないのは“過激派”はソロモンの子供を危険だとして、その抹殺が目的なんだよな?」
リンヤは訊ねるように僕を見たので、僕は頷いた。
「ああ、そうだとも。“過激派”の目的はソロモンの子供の抹殺だ」
「それなら、なんでサクラちゃんを拐う必要があるんだ? さっさと殺してしまえばいいだろ?」
ソロモンの子供は死ぬべきである。その理念で行動する“過激派”はソロモンの子供を抹殺している。
「それは難しいはずです。海外では積極的にそういう行動が見られますが、日本では暴力行為を嫌う様子があります。なので、小さないざこざが起きてしまうと“過激派”にとっても動きにくい状況になってしまいます」
ユキムラさんがリンヤの問いに答えた。
ソロモンの子供の排除は海外に比べて日本はあまり見られない。
日本には銃刀法違反など武器の持ち運びが禁止されている。“過激派”とはいえ、その国の法律を犯すことはできない。
そのため、能力を持つソロモンの子供に対抗する武器を持ち運べない日本では“過激派”は行動を大きく起こさないのだ。
それに小さな殺しを繰り返すたびに警察を敵に回していては行動も制限されてしまう。
「まあ、僕も理由は知らないよ。だから、これはあくまで予想になってしまうのだけど、それでも聞きたいかい?」
リンヤの疑問にトーマスが予想であるが答えようとしている。
「ああ、頼む」
「そうしたら、話すとしようか」
そう言ってトーマスは話し始めた。
「簡単に言えば、山野部咲良を人質に学校にある要求をしようとしていた。その要求が学校に属するソロモンの子供、全員の身柄だった」
「ソロモンの子供、全員? でも、サクラちゃんもソロモンの子供だろ? ソロモンの子供全員って釣り合ってなくないか?」
「まあ、あくまで僕の予想だからね」
ソロモンの子供一人に対して、ソロモンの子供全員とは要求の釣り合いが取れていない。では、何故そのような要求が通ると“過激派”は思ったのか。
「トーマス。君はもともと“過激派”から抜けるつもりだっただろ?」
僕はそういってトーマスを見ると、彼は少し驚いたような表情した後に微笑んだ。
「どうして、そう思うんだ?」
その質問に答えるように僕は話し始めた。
「まず、“過激派”が君にした命令は『山野部咲良を誘拐しろ』ではなく、『学校の一般生徒を誘拐しろ』だったんじゃないかい?」
「ふーん。それで?」
トーマスは僕を試すように口角を上げて笑う。
「“過激派”は学校と交渉するにあたって一般生徒を人質にソロモンの子供全員の身柄を要求した。一般生徒に危害が加われば世間では大きな騒ぎになるだからね。学校は騒ぎに巻き込まれたくないだろう」
「それならソロモンの子供はどうなんだ? 彼らだって命がある人間なんだけど?」
「世間はソロモンの子供に嫌悪感を抱いているからね。それこそ、命の価値が低いのかもしれない。……本当はそんなことないはずだがね」
世間ではソロモンの子供を危険視する風潮がある。“過激派”は一般人を巻き込むことにより、失われる命が一般人とソロモンの子供で秤にかけようとしたのだ。
危害を加える可能性があるソロモンの子供と無害で同じ人間である一般人。一般人しかいない世間ではどちらを助けるのか目に見えている。
「まあ、ともかく。“過激派”は一般生徒を人質にソロモンの子供全員の身柄を要求し、ソロモンの子供の抹殺を企てていた。それをトーマス、君はサクラくんを拐うことで無に返した」
僕がそういうとトーマスは嬉しそうに笑う。まるで正解だとでも言いたげであった。
「サクラくんは髪の毛を茶色に染めていて、容姿だけ見れば一般生徒に見える。彼を拐うことで『一般生徒』と『ソロモンの子供全員』の交換を『ソロモンの子供』と『ソロモンの子供全員』に置き換えたんだ。そうすれば学校側は当然取り引きに応じるはずもない」
もともと対等であった交換条件が釣り合わない交換条件に変わるのだ。“過激派”は条件を飲まない学校側が不思議で仕方なかっただろう。
「待ってくれ。そうしたら、たまたまサクラちゃんが人質になったのか? ソロモンの子供でも一般生徒みたいに黒髪に染めている子はいるだろう?」
もちろん、サクラくん以外にも一般生徒に見間違うソロモンの子供はいる。
「たまたま。偶然というよりも、求めている条件に限りなく近いのがサクラくんだったんだ」
「条件?」
「その条件はトーマスは直近半年以内に髪の毛を染めたソロモンの子供がいないかだ」
僕がそういうとリンヤはよくわからないと言って首を傾げた。
「まあ、そうだよな。わからなくて当たり前だ。僕だって推測でしかない。推測で物を語ってはいけないなんてこともあるが、推論で語ることができなければ現代社会では生きていけない」
僕は難しい顔をするリンヤに言葉を続ける。
「あくまで推測だ。“過激派”の計画は半年以上前から練られていた。そのため、学校の生徒名簿ぐらいは入手していたのだろう。そこからソロモンの子供とそうでない子供の判断ぐらいはできていた。計画の日が近づき、髪色を変えた生徒がいたとしよう。その生徒の情報は半年前の情報から更新されるかと言えば、更新するのは難しいだろう。何せ、学校には千人以上の生徒がいるんだ。一人のために情報を更新するとは思えない。つまりは処理しきれないので調べ直さなかった」
一度調べた千人以上の生徒情報を計画直前に調べ直すなんてことはしないだろう。そんなことをする暇があれば、もっと他のことをする。
「そこに髪の毛の色を染めたソロモンの子供がいたとして、“過激派”はその子供について何も気が付かないんだ」
ずさんな計画と言ってしまうことはできないだろう。そもそもの計画自体が強行的なのだから。
「サクラくんが髪を染めたのはいつだい?」
「えーと、三月ぐらいかな」
「そうしたら、気が付きようがないだろうね」
髪を染めたのは今からおよそ三ヶ月前。それ以前に生徒名簿を集めたのだとしたら、更新するのは難しいだろう。
「つまり、名簿とは違った髪色だったソロモンの子供を選んで誘拐したってことか?」
リンヤが話を要約してトーマスに訊ねる。彼は先ほどから変わらず笑みを浮かべている。悪意なんてないような裏の読めない表情だ。
「その通りだよ。僕のことはそこにいる“預言の魔女”が言っていた通りだ」
「……」
深く追求されないと思っていたが、どうやら僕の秘密を話さなければいけないようだ。
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