第3話
実際のところ、トーマスが部活へ加わった理由はわからない。僕が知りうる限りでは彼の気まぐれとしか言いようがない。
それでも、ここまでやってきた彼は間違いなく味方になってくれる。僕が死ぬ未来には彼に殺されてしまうものもあった。それを無くすことができるのだ。
彼が部活に加わるにはサクラくんの存在が必要であり、サクラくんと部活を結びつけるには僕があらかじめリンヤたちに助言する必要があった。
僕は一つ仕事を終えたような感覚に安心し、少し息を吐いた。
「ねぇねぇ、もう重要そうな話は終わった?」
僕の後ろに隠れていたミサキがひょいっと顔を出して訊ねる。
「重要かはともかく、話は終わったんじゃないか?」
リンヤが適当に答える。すると、ミサキは楽しげにお弁当箱の入った巾着を片手にリンヤの後ろを通り過ぎた。リンヤたちは長机を囲むように座っており、そのうちの一つに彼女は座った。
「そうしたら、お昼でも食べようよー」
ミサキの緊張感のない言葉を聞きながら僕も彼女の隣へ座った。
「まあ、ミサキにとって飽きてしまうような話はこの後も続くぞ」
僕はそう言って、お弁当箱を机の上に広げる。
そうしていると不思議そうにしているカリンさんが僕らを見た。
「あれ? 二人はどうして部室に来たの?」
首を傾げ、赤い髪を揺らす彼女は普段はここに訪れない僕らを不思議に思ったようだ。とは言いつつも、最近はこの部室にやってくることも増えてきた気がするが……。
「忘れてしまったかい? 先週に話していたじゃないか」
僕はそういうとリンヤはこちらを見た。
「俺らが何に巻き込まれているのか、だろ? 先週の誘拐事件に学校側の対応。それと犯人であるはずのトーマスが何故転校してきたのか」
察しがいい。というよりも、知らないことを尋ねてきた、と言う方が正しい。
「隠し事なしに全部教えてくれるのか?」
ホムラくんが疑うように僕を見た。僕は彼の懸念を解決するべくここにきた。もう隠す必要はない。……まあ、一部を除いて。
「もちろんだとも。君たちはソロモンの子供は何故生まれたのか知っているかい?」
僕は彼らにソロモンの子供が生まれた理由を話した。以前にカズハくんやフタバさんに話した内容だ。
ソロモンの子供は遺伝子操作されたデザインベイビーであること。ソロモンの子供には能力を与えられたこと。その能力の危険性がわかり、研究者内で三つの派閥に分かれたこと。
「なるほど。つまり、サクラちゃんを拐ったのは“過激派”に属する研究者の指示でトーマスが実行犯として動いていたのか」
リンヤは納得したように呟いた。
「そうだね。僕は上から命令された通りに
トーマスはリンヤの呟きに答えた。
「なあ、今のところ、あまり話について行けてないんだが、一旦整理してもいいか?」
ホムラくんが悩ましげに眉間にシワを寄せていた。
「ああ、構わないとも」
僕がそう答えると、ホムラくんは指を一つ立てる。
「一つ目。遺伝子研究のためにソロモンの子供を生み出した研究者がいて、危険性がわかったから“過激派”“保護派”“観察派”ができた。あっているか?」
「ああ、あっているとも」
「そうしたら、二つ目。学校はソロモンの子供を観察、保護を目的とした施設である」
「そうだとも」
この学校は“保護派”と“観察派”の二つの派閥が作ったものである。一つに集まれば守ることが容易であり、集団になった際の行動も観察できる。
また、危険性が世間にも広まったソロモンの子供を一つにまとめることで、監視もできるようになり、一部の“過激派”の行動を抑えることもできたのだ。
「次に三つ目だ。誘拐事件は“過激派”が指示したことであって、トーマスはあくまで指示されたことを行った」
「うん、そうだよ」
トーマスがホムラくんの言葉に頷いた。
ソロモンの子供を学校に集めて監視していても、納得しない“過激派”により、誘拐事件は計画され、トーマスは実行犯として選ばれた。
「ここで疑問だ。トーマス、お前は何故、“過激派”に所属してたんだ? しかも、“過激派”のはずのお前が何故、他の派閥にある学校に転校してきたんだ?」
“過激派”の指示に従うトーマスは“過激派”に所属するはず。学校は“保護派”と“観察派”によって作られているため、“過激派”のトーマスが何もなしに転入できるとは思えない。
「それは僕が“過激派”を抜けたからだ」
「“過激派”を抜けた?」
ホムラくんは疑うようにトーマスを見た。それを気にすることなくトーマスは言葉を続けた。
「ああ。僕は“過激派”だった。だから、山野部咲良を誘拐し、工場に軟禁したけど、それは君たちによって阻止されてしまったからね。僕の仕事はソロモンの子供の抹殺。それが失敗したなら、同じソロモンの子供である僕の価値はない。きっと、殺されてしまっただろう。それなら、逃げてしまおうと思って、学校に助けを求めたんだ」
トーマスは困ったように両手を上げて首を左右に振った。
「つまり、“過激派”から逃げてきたのか?」
「そういうことだね」
ホムラくんの質問にトーマスは頷いた。
「でも、それって信用していいの? もし、それが嘘で、コイツがまだ“過激派”だったら学校にいる私たちの命が狙われるんじゃない?」
カリンさんが疑うようにトーマスを見る。
トーマスが嘘をついており、何かしらの理由で学校に潜り込んだのならば、学校にいるソロモンの子供は命を狙われていることになる。
「そもそも、学校側に“保護派”が関わっているのに元“過激派”を入れるようなことするのか?」
ホムラくんがカリンさんに付け加えるように疑問を呟いた。
「それについてはあり得るでしょう」
彼らの疑問に答えたのはユキムラさんだった。
「この学校は“保護派”と言いつつも、一つに集めることで守れると思っているだけですから。それに“観察派”の考えの方が強いですし」
「“観察派”の考え?」
彼女の言葉にリンヤが疑問を持つ。
「……まあ、“観察派”は守るのを目的にしていないということです」
「……つまり、どういうことだってばよ?」
ユキムラさんの言葉にリンヤは大きく首を傾げた。
「つまり、“観察派”はソロモンの子供が殺されるのも観察対象だって言いたいんだろ?」
ホムラくんが彼女の言葉を汲み取って話す。
「それって、私たちが殺されようと気にしないって……。見殺しにするってことなの……?」
カリンさんは理解したことに顔を青ざめさせ、口元に手を当てた。
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