第54話 そしてまたはじまる


「奏多君、女の子だよ……」

「よく頑張ったな怜、お疲れ様」


 奏多君の見守る中、私は子供を産んだ。

 女の子を。

 奏多君との子を、産んだ。

 外は雨だった。


「ああ、生まれたんだな」

「うん、生まれたよ。名前、考えてあげないとね」


 横ですやすやと眠る我が子はまだ目も開いていない。

 そしてすぐに別のベッドにうつされて。

 奏多君と私は二人っきりになる。


「おつかれさま、怜。大丈夫か?」

「うん、奏多君がいてくれたからね。ほんと、まだ実感ないなあ」

「俺の方が実感ないよ。父親だなんて」

「ふふっ、奏多君はあの子のパパだよ。これからも頑張ってねパパ」


 実感がない。

 というよりは私のことばかり気遣って子供の様子に触れない奏多君を見ていると私はゾクゾクした。

 やっぱりもう、私以外の人には興味はないんだって。

 我が子にだって、関心はないんだって。


 でも、それでいいんだよ。

 私も、そうして育ってきたから。

 あの子もきっと、私みたいになるんだから。

 そして奏多君もきっと、私のお父さんみたいに。


「ふふっ、頑張って早く退院するからね」

「う、うん。寂しいな」

「寂しい時はね、アロマ焚いてリラックスだよ」

「ああ」

「落ち着かない時はね、お茶を飲んで一呼吸だよ」

「ああ」

「あと、私のことだけを考えててね」

「ああ」


 ふふっ。

 もう、目が虚ろ。

 もう、何も見えていない。

 もう、私しか見えてない。

 もう。


「もう、完成だね」



「ただいまー」


 怜が家に帰ってきた。

 退院までの一週間が、まるで永遠のように感じられた。

 寂しくて死にそうだったなんて言えば少々大袈裟かもしれないが、しかし怜と新しい家族を待つ間の孤独は想像を絶するものだった。


 だから今、我が子を抱いて帰宅した彼女が傍にいることが何よりも幸せで。

 すやすやと眠る赤ん坊の顔も、俺に癒しを与えてくれる。


「奏多君、お仕事は順調?」

「ああ」

「そっか。ねえ、名前なんだけど夏希なつきってどうかな。夏に生まれた我が家の希望。かわいくていい名前でしょ」

「ああ」

「えへへっ、じゃあ夏希ちゃんね。あと、お祝いもいっぱいもらったからお返しも今度買いに行こうね」

「ああ」


 なんだか最近、口数が減ったような気がする。

 でも、怜が代わりに全部決めてくれるから。

 代わりに、全部喋ってくれるから。

 全部、やってくれるから。

 俺はただ頷くだけでいい。


「じゃあ奏多君、この子を寝かせてくるね。ちょっとだけ待ってて」

「ああ」

「あと、お料理もしばらくは宅配になるけど我慢してね。離乳食作ってたら時間なくって」

「ああ」

「うんうん、奏多君は素直だね」


 ああ。

 随分素直になったもんだと、自分でもそう思う。

 なんだか高校に通ってた頃の自分がどんなだったのかすら、今ではよく思い出せない。

 俺って多分、記憶力が悪いのだろう。

 怜のことも全然思い出せなかったし、知らない知り合いがたくさんいたし、俺の覚えていない思い出がアルバムの中にはたくさんあったし。

 そう思うと随分冷たい人間だ。

 でも、そんな俺を愛してくれる人がいるんだから、やっぱり俺は恵まれている。

 恵まれすぎている。

 だからもう何も必要ない。

 もう、何も。



 夏希ちゃん。

 ふふっ、もう寝ちゃったのかな。可愛い。


 あなたは奏多君と私の大切な大切な子供。

 だからこれから元気に育ってね。


 ……でも、奏多君の愛情はあなたにはあげない。

 私だけのものだから。

 あなたには私が代わりに優しくしてあげるから心配いらないよ。

 

 それに。


 あなたもいずれは、母のように。

 私のように、誰か好きな人を見つけてその人と結ばれるために頑張る日がくるのよ。


 今は母から譲り受けたこの土地を。

 この街を。

 この街の住民を。

 

 いずれはあなたが受け継ぐのよ。


 さあて。

 夏希ちゃんが将来愛する男の子は誰かなあ。

 夏希ちゃんの将来のお婿さんって誰かなあ。

 夏希ちゃんに将来見染められるの誰かなあ。


 あはは、楽しみだね。

 それまで元気にすくすくと育ってね。

 この街は、私がその日まで大切に管理してるからね。


 母から受け継いだものを。

 私が使って親になって。

 そして我が子へ継承する。


 なんかいいね、家族って感じで。


 愛だね。

 うん、愛だよ。


 だから夏希ちゃんも将来は一生懸命一人の人を愛せるような真っすぐな人間に育ってねえ。


 母みたいに。

 私みたいに。


 これは純愛だから。


 だから私は。


「奏多君のこと、一生離さないからね」


 





 

 

 

 

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