第51話 未来像
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「ふああ。なんか寝ちゃってたな」
「あはは、ぐっすりだったね。でも、もう放課後だよ」
目が覚めたら、授業はもう終わっていて。
人の減った教室で怜となんでもない会話をしながらやがて帰路につく。
「今日は晩飯どうする?」
「あー、そういえば今日ね、お父さんとお母さんが近くにくるの。でね、今日は家族三人で過ごしたいから、いいかな?」
「あ、ああ。でも、怜のお父さんが来るんなら挨拶を」
「いいのいいの。お父さん、人見知りだし面倒だから。それにご飯食べたら帰るから」
「そう、か。まあ。家族水入らずってのも大事だよな」
少し寂しい気もしたが、やはり家族の時間は大切だ。
うちも、父親が転勤族で出張なんかも多くてほとんど家にいなかったこともあって、その有り難さというものはよくわかっているつもりだ。
だから怜とは家の近くで別れて、先に一人で部屋に戻る。
静かな部屋。
怜のもので溢れる部屋が心地いい。
広くなってもそれは変わらない。
いつものように、アロマを焚いてその香りを楽しんで。
スッと、落ち着きを取り戻す。
ふう。
でも、このままずっと怜と一緒ってことは、そのうち結婚とかもして。
子供なんかもできて。
そうなると働かないと、だな。
……なんか、このままずっと夢の中にいるような今を過ごしたい。
ずっと、怜と一緒にいる時間の中で溺れたい。
二人暮らしには広すぎるリビングのソファに贅沢に腰かけて。
やがてアロマの香りに誘われるように、眠りについた。
♥
「ただいま、お母さん」
「おかえり怜。お父さんに会いたいんですって?」
「うん。ご報告したいことがあるから」
「ええ、こちらよ」
私の実家。
綾坂家の実家は、実はすぐ近くにある。
少し大きいくらいでなんの変哲もない一軒家。
まあ、別荘とかが無数にあるからあまり家に固執してないけど。
お父さんは毎日、ここにいる。
理想の父親像、奏多君に求めるのはお父さんみたいな姿。
ずっと、ずうっと、ここにいる、そんな人。
「お父さん、入るよ」
「ああ」
大きな扉を開けると、広い部屋のベッドの上に一人。
お父さんが寝ている。
「お父さん、私だよ? 怜だよ、わかる?」
「ああ」
「この前からね、同棲を始めたんだよ。もうすぐ結婚かなあ」
「ああ」
「あはは、お父さんとお母さんと同じようにね、幼馴染の彼と運命の出会いだったんだよ。すごいでしょ」
「ああ」
お父さんは、私が見えていない。
目が虚ろで、何も考えずに、ただ音に反応するように返事をするだけ。
でも、
「あなた、お茶を淹れましたよ」
「し、静流! 静流、静流!」
「はいはい、怜がいるんですから落ち着いてください」
「はあ、はあ……静流、早く」
「はいはい、怜が帰るまで待ってくださいね」
お母さんがくると興奮して、自分を抑えるのに必死な様子。
いいなあ、羨ましいなあ。
ずうっと家にいて、自分を見るだけで興奮してくれて、毎日のように求めてくれて。
結婚するころにはもうこんな感じだったって訊いてたけど、奏多君も早くならないかなあ。
「じゃあ私は帰るね。二人の邪魔したら悪いから」
「怜、学校はうまくいってる?」
「うん、おかげさまで。奏多君も順調だよ。はやくお父さんみたいになってくれないかな」
「大丈夫よ、お父さんも昔はもっとよく喋る人だったけど、最近はとても穏やかになられたもの」
「うん、そうだね。ふふっ、私も頑張る」
「ええ、頑張ってね」
♠
「……君?」
「ん……怜?」
「あは、寝ちゃってたんだ。ソファ気持ちいいもんね」
ぼんやりした視界が晴れていく。
ピントが合うと、そこには怜の可愛らしい笑顔があった。
「ああ、ごめん。もう用事は済んだのか?」
「うん、お父さんとも久しぶりにお話できたから」
「そっか。ご飯は食べた?」
「それがまだなの。私、何か作るね」
「ああ」
広いリビングのソファでくつろぎながら彼女が料理を作ってくれるのをダラダラと待つなんて、なんともいいご身分だと我ながらそう思う。
ただ、怜といると甘えてしまう。
なんでもやってくれて、他との接触さえ気にしておけばなんでも叶えてくれて。
段々と無気力になるというか、考える時間が少なくなってくる。
まるでずっと、まどろみの中にいるようなそんな気分にさえなってくる。
ああ、幸せってこういうものなんだな。
少しばかり怠惰かもしれないが、しかしようやく落ち着ける場所を見つけた。
「奏多君、今日はパスタでもいい?」
「ああ」
「あと、終わったら一緒に映画見ようね」
「ああ」
「ふふっ、じゃあ早く作っちゃうね。待っててね」
「ああ」
ああ。
なんでもいいよ、もう。
怜がいればもう、なんでも。
♥
……。
あは。
奏多君、もうすっかりお父さんに似てきたね。
以前は何か考えながら、絞り出すように返事をしてたのが今じゃ見違えるくらいすんなり、何も考えず、ただ反応するだけになっちゃって。
よかったね奏多君。
もう、奏多君が死んでも構わないなんて思わないよ。
奏多君はずっと、ずうっと私と一緒だから。
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