第50話 魔女狩り

 新しい生活が始まった。

 でも、実際少し広い平屋の一軒家に引っ越したところでやることは大して変わらず。


 結局怜と過ごす時間が特別であって、引っ越した場所がどうこうではないんだと、勝手にそんなことを考えながら眠りについての翌朝。


 すぐ目の前にある学校に到着すると、裏門のところに先生が立っていた。


「おはようございます」


 声をかけるが、先生は無言。

 無視かよと、少しイラっとしたがそのまま校舎に入り。

 そのあと、教室に入っても誰も話しかけてはこず。

 もしかして俺、嫌われてるのかなと。

 少しげんなりした朝を過ごすことになった。


 そのまま昼休み。

 やはり話しかけてくるのは怜。


「ね、今日も食堂いこっか」

「ああ。すっかり気に入ったな」

「うん、食堂のメニュー全部食べたいなって」

「じゃあ、毎日通わないとだな」

「だねえ」

 

 まあ、こうして怜がいればそれでいいんだけど。

 でも、こんなに可愛い彼女をもっと周りに自慢したいのに誰も俺に興味なさそうなのはやはりつまらない。


 結局俺は人にちやほやされたいという本質だけは何も変わっていないのか。 

 こんなことを思ってると、また怜に怒られそうだと一旦邪念を振り払うように首を振って、怜を見ると彼女が。


 笑っていた。


「奏多君は、まだ学校のみんなに期待してるんだ」

「……何の話だ?」

「ねえ、牧田君から何を訊いたの? 私のこと、何か訊いたの?」


 途端に目を丸くさせながら焦点の合わない様子で迫る彼女に、久々に恐怖を感じる。

 そして、牧田という名前を訊いて俺はあいつが言っていたことを思いだした。


 怜が皆を操っている。

 でも、それは牧田が怜を嵌めるためについた嘘だということで結論はついた。

 だから今更疑うことなんてないと、思っているが。


「ねえ、どうなの?」

「……怜がみんなを買収してるみたいなことをあいつは言ってた。でも、そんな話を易々と信じるほど俺だってバカじゃない。あいつの妄言だ。そう、だよな?」


 話しながら、なぜか自信がなくなってくる。

 もしそうだったとしたら、なんて気持ちが頭の片隅にこびりついて離れない。


「ふうん。悪いんだあ牧田君って。いくら私のことが嫌いでも、そんなまでつくなんて」

「そ、そうだよな。あいつはひどい奴だ」

「うん、そうだよね。でも」

 

 怜はまた笑った。

 ふふっと笑いが漏れるように。

 そして、前を見たまま、


「もし本当だったとしたら奏多君はどうするつもりだった?」


 そう呟いた。


「本当だったらって……いや、それは」

「だって、もしその話が本当なら、私の言ってたこともみんなの話もぜーんぶ嘘ってことになるよね? そうだとしたら、奏多君はやっぱり私のこと嫌いになる?」

「な、なるわけないだろ。それに第一そんな仮定の話をしても」

「何があっても私のことが好き?」

「す、好きだよ」

「証明できる?」

「証明……ど、どうやったらいいかわからないけど、嘘は言わない」

「そ。うん、安心した」


 ほっと息を吐くと、怜の目がスッと元に戻る。

 そしてそのまま無言で歩いていく。


 一体何の話だったのか。

 怜の言いたいことは結局わからないまま、二人で食堂に着くと数人の生徒がいて。


 二人で定食を頼んで食べた後、怜がトイレに行くと言って席を外す。


 すると周囲の数人が俺のところにやってくる。


「な、なんだよ」

「園城、お前綾坂さんと付き合ってるんだよな?」

「そ、それがなにか?」

「……羨ましい」

「え?」

「いやあ、あんなかわいい彼女とか羨ましいだろ。それにさ、幼馴染なんだって? なあ、いつから一緒なんだ?」

「え、ええと、それがあんまり昔のことは覚えてないんだけど」

「そっか。でも、大切にしろよ」

「も、もちろんだよ」


 そのあと、他の連中も話に加わって。

 みんな名前も知らない連中だったけど、楽しく会話をして。

 やがて怜が戻ってきたのでお開きとなったが、久々に怜以外の人間と楽しく話ができて心底ほっとした。

 それに、みんなの笑顔は演技なんかにはとても見えず。

 自然に、ありのままに話をしてくれたように感じた。


「奏多君、何話してたの?」

「いや、怜のことさ。可愛い彼女がいて羨ましいって」

「えへへっ、照れるなあ」

「俺もだよ。でも、いいやつらだったよ」

「そっか。お友達出来て良かったね」

「ああ、怜のおかげだよ」


 俺は、怜の手をとった。

 そのまま手を繋いで教室に。

 クラスメイトに、俺たちの仲の良さを自慢したくて。


 そのまま教室に入ると、今日のクラスメイトは皆、あたたかくて。

 羨ましそうに俺たちを見ながら微笑んでいた。

 それに満足しながら俺は席について。


 安心したせいか、そのまま机に突っ伏して眠っていた。



「あはは、そういうわけだから奏多君は私のものになったから。変なこと企ててた人、手をあげてー」


 奏多君が眠った後に。

 教室で行ったのはいわゆる

 この中に、まだ私をどうにかしようと企む悪い子がいるのでお仕置きです。


「ねえ宮野さん。誰が悪いのか教えてくれる?」

「あ、あの……田中さんが、綾坂さんの悪口を」

「や、やめて! 私は、私は別にそういう意味で言ったんじゃ」

「田中さん、そういえばいつも園城さんを見てたし。そういうことなんだ」

「ち、ちが……」


 私は知っている。

 誰が優秀な傀儡で、誰が率先的な無能かということを。


 田中まみ。

 この子が今のところ最後。

 そして、皆の忠誠心を再確認するための餌。

 私に逆らうとこうなるって、みせしめる。


「田中さん、いけない子だね。お仕置きだねえ」

「や、やめて……」

「あはは、奏多君が起きちゃうから静かにしてくれる? あんまりうるさいと、死ぬよ?」

「ひ、ひい……」


 今日はみんなにスイッチを渡して。

 順番にスイッチを押してもらって。

 やがて田中さんが何も言わなくなると、そっと彼女を運んでもらって。


 また、何もなかったかのように教室の席についてもらう。


 目が覚めたらいつもの教室の風景で。

 奏多君は何にも知らない。

 また、よからぬことを考える人間がいたら同じことをして。

 人が減ったら調達して。

 みんなも、奏多君と同じく段々と自分が何をしてるのかも、何のためにこうしてるのかすらもわからなくなっていって。

 

 そういう人形になっていく。

 そして、奏多君は私専用の人形になっていく。


 かつてお母さんがお父さんをそうしたように。

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