第49話 整理整頓


 俺はどうやら生死の境をさまよっていたようだ。

 しかしその時に見た夢というか回想というか、あれはやはり怜との思い出だったってことか。


 ああ、最近あいつのことばっかり考えてたからな。

 ようやく、俺の壊れた頭も動き出したってことか。


 ふう。

 でも、生きててよかった。

 ちゃんと親にも連絡はいってるんだろうか。


 いや、その辺は怜が全部やってくれてるだろ。

 あいつなら、大丈夫だ。


「奏多君、具合はどう?」


 しばらくして、怜が帰ってきた。

 手には大きな袋を下げている。


「これ、りんご買ってきたの。えへへっ、看病にはりんごって相場だよね」

「よく見るやつだな。剥いてくれるのか?」

「もちろんだよ。あーんしてあげるー」


 しゅるしゅると手際よく皮をむいてくれて、フォークであーんしてくれて。

 まだ刺された箇所はズキズキと痛むけど、怜とこうしているとそんな痛みも随分と和らぐ。


「なあ、俺って発見された時はどんな感じだったんだ?」

「なんかね、血がいっぱい出てたんだって。でも、駆け付けた人たちの応急処置がよかったって言ってた」

「そっか。でも、ほんと死ななくてよかった。まだ、怜と一緒にいたいからな」

「奏多君……うん、私も奏多君が助かってほんとによかった……よかった……」

「怜……心配かけてごめん。もう、無茶はしないから」

「うん、わかった」


 じゃあ、私は帰るね。

 そう言って怜はゴミを片付けて立ち上がる。


「また明日、お見舞いにくるね。すぐ退院できるはずだから」

「ああ、わかった。また連絡してくれ」

「うん」


 扉を閉める時、彼女の口元が動いたような気がした。

 何かを呟いたのか、単におやすみとでもいったのかはわからない。


 ぱたりと扉が閉まると、部屋がシンと静まり返る。

 その虚しさを感じながら俺は、もう一度横になる。


 白い天井を見上げる。


 ……早く明日が来ないかな。



 まあ、奏多君が死んでても別によかったんだけど。


 なんて、ちょっと不謹慎なこと呟いちゃったかな。


 あはは、ずっと動かない奏多君とずっと一緒っていうのもちょっと楽しそうだなとか思ったけど。


 でも、まだ奏多君とはおしゃべりしたいし。

 やっぱり生きててよかったなあ。


 ほんと、もう少し加減して刺せばいいのに、あのクズ。

 まあ、今頃お空の上かなあ。

 

 さてと。


 あのクズが余計なこと喋ったから、奏多君の目が覚めちゃったら困るし。

 もう一芝居やってもらおうかな。



「では、お大事に」


 入院してから数日後。

 ようやく退院できることとなり、怜に迎えに来てもらって病院を出ることに。


「ああ、なんかすっかり体が鈍ったな」

「すぐ戻るって。それより、明日からは学校だね」

「ああ、そうだな」


 この数日、病室のベッドの上で色々考えた。

 

 牧田や沖野が言っていたこと。

 怜の家が大金持ちでこの街を支配していて、それで皆を駒のように使っているという話も、もちろん頭から消えたわけではない。


 もちろんどうあっても怜への気持ちは変わらないけど。

 何が本当で何が嘘なのか、それがまた、少しだけわからなくなる。


 でも、怜に訊いてもきっと答えはでない。

 だから気にしないようにしようと。

 牧田たちが怜を嵌めるために嘘をついただけなんだと、そう結論を出すことにした。


「帰ったら退院祝いだね」

「ああ、そうだな」

「奏多君、奏多君は私以外の人にもやっぱりモテたい?」

「なんだよ急に。そんなわけないだろ」

「ふーん。じゃあ、ずっと私だけを見てくれる?」

「当たり前だ。だからどうしたんだよ」

「んーん。じゃあ」


 こつんと石ころを蹴って。

 少し前に出た彼女は髪をかきあげながら振り向く。


「ようやく、だね」



「おはよう綾坂さん」


 学校復帰初日。

 いつものように怜と教室に行くと、女子の一人が挨拶にくる。

 名前も知らない子だったが、怜は仲良さげに話をしていて。

 俺は先に席に着く。


 今日は俺に話しかけてくる連中はいない。

 男子も女子も皆、まるで俺の存在なんて気にも留めず、他所でワイワイと盛り上がっている。


 まあ、それはそれでいいんだけど。

 あまりに誰とも会話がなくてつまらない。

 怜も、学校では友人と仲良くしてるとあって、俺は孤独だ。

 孤独は辛い。

 廊下に出ても、目立つところに立っても、誰も話しかけてこない。

 先生も、俺に話しかけてくることはない。


 そんなまま、放課後になった。


「奏多君、帰ろ」


 怜と二人。

 学校を出て家に向かう。

 家の前のコンビニが閉店と張り紙を貼られていた。


「ここ、いよいよ潰れるのか」

「だね。でも、もう必要ないもんね」

「必要ないって……便利だったけど」

「ううん、大丈夫だよ」


 だってもうここに用はないから。

 そう言って、先に行く怜を追いかけてアパートに着くと引っ越し業者のトラックが。


「誰か引っ越しするのか?」

「何言ってるの奏多君。私たち、引っ越しするんだよ」

「え? 俺たちが?」

「もしかして入院してる間に忘れちゃった? あはは、ずっと寝てたから仕方ないよね」

「……」


 そんな話したっけと、ぼんやり考え事をしているとそういえばしたような気もしてきた。

 結局俺が忘れっぽいだけなのかと。

 そのまま部屋に戻ると業者の手によってせっせと荷物が運び出されている。


「なあ、引っ越しってどこなんだ?」

「えへへっ、学校のすぐ裏なんだよ。大きい一軒家だし、新婚さんみたいで楽しいよ」

「へえ。楽しみだな」


 しかし引っ越しは今日にも全て行われる勢いで荷物が整理されていく。

 その様子に戸惑っていると怜が、「私たちもいこっか」と。


「ど、どこに?」

「新居だよ。えへへっ、楽しみだね」


 無邪気に笑う怜は、そのままアパートの階段を降りていく。

 俺も慌てて彼女について行くと、学校の方向へ彼女が歩いていく。


「学校の裏ってことは、明日からは登下校も近くなるってわけか」

「そうだね。それに」


 それにね、と。

 少し思わせぶりな感じで間を空けてから。

 怜が少し先に行って、振り向きもせず。

 赤い空を見上げながらぽつり。


「明日から、新しい生活が始まるんだよ」

 

 

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