第48話 予定調和


「ど、どういうこと、だ?」

「どうもこうもない。この電車はお前らを次の駅には運ばない」


 残念だなあ牧田。

 お前まで、怜をいじめてたなんて。


 沖野とグルになって、怜をいじめてたんだな。

 何もかも怜のせいにして、俺と怜を別れさせて楽しもうとしているんだな。


 はは、なんてやつらだ。


 もう、怜には報告は済ませた。

 

「園城、お前……」

「動いてる電車の中って、案外何もできないよな。ああ、いけないやつらにはお仕置きだよ」

「ま、待て……」

「いやーっ!」


 沖野が逃げ出そうとしたその時、電車が揺れた。

 その振動で足をとられた彼女が床に転がる。

 あーあ、電車の中で走ったらダメなのに。


「お、お願い助けて……」

「助けない。お前らが、怜を苦しめてるんだろ」

「な、何を言ってるの……私たちは、ひ、被害者、なのよ」

「嘘だっ! お前ら、怜を嵌めようとしてただろ。俺と別れさせて、あいつをまた苦しめようとしてたんだろ。俺は騙されないぞ」

「え、園城、くん……」


 はは、絶望したフリなんかしやがって。

 人の苦しみなんかわからない連中が、そんな顔をいくらしても無駄なんだよ。


 死ねばいい。

 こんなやつら、死ねば……


「死ねー!」

「やめろー!」

「……?」


 スタンガンを思いきり沖野に振り下ろそうとしたその時。

 腹に冷たい感触が残った。


 ポタっと、血が滴る。


「まき、た……」

「すまん園城……」

「かはっ……」


 途端に激痛が腹に走って。

 その痛みと共に俺の視界は暗くなっていく。



 ……。


 ぼんやりと、今自分が夢を見ていることを自覚した。


 夢だ。


 幼い頃、誰か知らない近所の女の子と遊んでいる夢。

 小学校の帰り道で、名前も知らない子と話してる夢。

 中学校の時に皆に囲まれて辟易とする自分自身の夢。


 なんだろう、走馬灯ってやつ、か。


 ああ、なんであんなことしようと思ったんだろ。

 復讐なんて、柄にもないことを。

 でも、怜のことを考えると冷静でいられなくなるんだ。

 なぜか興奮して、周りが敵に見えて、それで……。


 ……誰かが呼んでる?


 なんだろう、すごく懐かしい声、だ。


「奏多君!」

「……怜?」


 ゆっくり目をあけると、真っ白な視界がぼんやりと形を作っていく。


 すると、整った幼い顔立ちの女の子が泣きながら俺を見ている。


「よかった……目が覚めたんだ」

「あれ……ここ、は?」

「喋らないで。病院のベッドだよ。せ、先生呼んでくるね」


 バタバタと部屋を出て行く後姿を眺めながら、俺は腹部に痛みを覚える。


 ……夢じゃなかった。


 怜に連絡して、怜を陥れようとしている沖野たちを電車に閉じ込めて、粛清しようとして牧田に刺されて。


 そして意識を失っての今、か。


 あいつらは、どうなったんだ……。


「先生、急いでください」


 怜の焦る声に呼ばれ、髪の薄いお医者さんがバタバタと部屋に入ってきて。

 あれこれ診察を受けて、もう大丈夫と声をかけられてから、また怜と二人になった。


「奏多君……無事でよかった」

「怜……お前は大丈夫なのか?」

「うん、平気。それにしても高校生なのに刃物で人を刺すなんて信じられない。二人とも、罰を受けてもらわないとだね」

「……そう、だな」


 俺の手でそうしたかったって気持ちは、今はなかった。

 今は何もする気が起こらない。

 動けないし、動く気力もない。


 結局、復讐劇なんてこんな結末なのかと。

 似合わないことをやってみても、この程度かと。

 そう思うと、途端に自分のやってきたことがばからしくなった。


「……怜、ごめん。俺」

「いいの、もういいの。私の為に頑張ってくれてうれしかったよ」

「うん」

「でも、もう無茶はしないでね? 私は大丈夫だから」

「うん」

「私は今も昔もずっと、奏多君の傍にいるよ? ずっと」

「うん、ずっと……」


 なんだ、そういうことか。

 夢で見た女の子は全部怜だったんだ。

 俺が忘れていただけで、あれは紛れもなく怜だったんだ。

 そうだ、そうに違いないんだ。

 ああ、思い出せてよかった。


「じゃあ、私ちょっと果物でも買ってくるから」

「うん、わかった」

「じゃあ、また後でね」



 あは、あはは。


 牧田君、よく働いてくれたねえ。

 奏多君を刺して、重傷を負わせてその罪を全て沖野に押し付けるって計画。

 見事にやり切ってくれたねえ。


 うん、これで君は晴れて自由だよ。

 生きて帰れたら、だけどね。


「は、話が違うぞ綾坂!」

「うるさい、黙れ犯罪者。私の奏多君を刺したくせに」

「な、何言ってるんだ……お前がやれって」

「他人に人を殺せって言われたら殺すの君は? 怖い人。狂ってるね」


 病院の地下。

 ここもまあ、私の管理してる場所。


 折檻部屋とでもいうべきか。


「ただ刺すだけでよかったのに、なんで余計なことまでベラベラ喋っちゃうかなあ。どうして指示通りの演技ができないかなあ。まだ助かると思ってるその性根が信じられないなあ」

「だ、だからそれはあいつを刺したらチャラにしてくれるって……」

「だから特別に今から、遠い遠い場所に連れて行ってあげるから、そこで一生頑張ってね。よかったね、自由になれて」

「は、離せ! 離せー!」

「あはは、ダメだよー? それに君、電車の中でちょっと思ったよね? もしかしたらこのまま逃げられるかもって。奏多君の出方次第では、あのまま隣町に行けるかもって」

「そ、それ、は……」

「でも、奏多君は何を言われてもちゃあんと私の味方だった。当然だけどね。ま、電車を止めないようにしたのは彼の提案だったけど、私は最初からそうするつもりだったよ? あなたがよからぬことを期待するんじゃないかなってわかってたから」

「な、なんでそもそも園城を……す、好きなんだろあいつのこと」

「うん、大好きだよ。人ってね、死にかけると過去の記憶を整理するんだって。今の奏多君がそうなると、どうなると思う? 思い出したことが全部、私との思い出に変換されるの。だからね、沖野さんたちとの幼い日の些細な思い出も、とりとめのないやり取りも全部、私との思い出になるの。なったの。ね、これで彼は私とずっと、同じ時を歩んできたことになるの。ま、ちょっと色々やることがあったから奏多君が数日入院してくれてる方が都合もよかったし」

「そ、そんなことの為に……」

「そんなこと? 大事なことだよ? 私にとってはとても大切なことで、奏多君にとってもとても幸せな結末なの。わかった?」


 まあ、わかんないよね。

 そんな風に人を好きになったことなんてないもんね。 

 中学一年生の時、あなたがいつも奏多君に彼女を作るように勧めてたのも知ってるよ。

 誰でもいいじゃん可愛けりゃ、だっけ?

 そういう発想、ほんと嫌い。


「じゃあね、牧田君。ごきげんよう」

「……」


 彼はもう、二度とこの街に戻ってくることはない。

 それに、沖野さんも。


 彼女は今、冷たい牢屋の中かな。

 あはは、本人が何を話しても、目撃証言が全部、沖野さんの犯行だって言ってる以上は警察も彼女を疑うしかないものね。

 

 一生冷たい箱の中で震えてろ、クズ。

 小学校の時、私にひどいことを言ったくせに奏多君に近づこうとするなんて罪深いことをしたんだから、一生かけて悔いろ。


 あはは、ほんと面白いなあ。

 奏多君、そろそろ記憶が整理できたかな?


 私の事、

 

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