第47話 蜘蛛の糸
「怜、大丈夫か」
「奏多君……うん、ありがと」
怜の入院している病室にやってきた頃には辺りは薄暗くなっていた。
家族の代理として、特別に病室に通してもらった俺は真っ先に彼女の手を握る。
「よかった、元気そうで」
「大袈裟だよ奏多君。明日には退院できるから」
「そっか。なら、退院祝いしないとだな。何か食べたいものあるか?」
「あはは、気が早いよ。でもありがと。すっごく嬉しい。ねえ、キスしよ?」
「ああ」
そのまま彼女と唇を重ねた後。
怜が囁く。
「奏多君、私、怖い……」
声を震わせてながら。
俺の袖を掴む。
「怜……やっぱり学校で何かあったのか」
「ごめんね……でも、怖くって」
「大丈夫だよ。俺が、なんとかするから」
「奏多君には迷惑かけられないよ……」
「いいから。俺がなんとかする。怜は安心して寝てろ」
「うん……」
そっと、彼女をベッドに寝かせて。
もう、外は暗くなっていたので俺はそそくさと病室を出る。
その時に少し名残惜しそうにこっちを見ていた時の顔が愛おしくて、俺は振り切るように扉を閉めた。
そして。
病院の薄暗い廊下を歩きながら決意する。
沖野を、粛清してやる。
♥
はあ、奏多君はかっこいいなあ。
でも、病院って退屈だねほんと。
ま、これで奏多君は勝手に沖野に復讐してくれるし。
私と同じように泥だらけに汚れていく奏多君を見るのも楽しいなあ。
汚れて、穢れて。
壊れてて、狂ってて。
そんな私にぴったりな人に、奏多君にもなってもらわないと。
えへへっ、この病院も私の仕組んだものだなんて、絶対わかんないもんね。
さてと、これで最後かなあ。
彼が記憶を取り戻して私の幼馴染になる、最後の試験。
最後に舞台にあがってもらうのは、やっぱり幼馴染と親友がいいよね。
♠
「園城君、ちょっといいかな」
翌日の学校で。
昼休みに、沖野の方から俺を呼びに教室にやってきた。
すこしばかり教室がどよめいたが、俺は彼女を睨みつけながらそっちへ向かう。
「なんだ」
「ここだと人が多いから、屋上についてきて」
なんでだよと言う間もなく、沖野はさっさと行ってしまう。
ただ、こっちも沖野と話すことがあったからちょうどいいと、無言でついて行く。
屋上に着くと、そこにはもう一人の姿があった。
……。
「お前、牧田か?」
「園城、久しぶりだな」
牧田浩介。
俺の最初に通っていた中学時代の知人で、学校ではよく遊んでいた旧友。
転校により疎遠になったけど、端正な顔立ちのこいつはちっとも変わっておらず、一目見てわかった。
「お前、なんでここに?」
「沖野に頼まれてな。今しかチャンスはないって」
「チャンス?」
「ああ、綾坂怜からみんなを解放するチャンスだ」
牧田は、大真面目に俺の目をみながら言う。
怜から解放、される?
「なんの話だ」
「お前、気づいてないのか? 綾坂が学校全体を巻き込んでヤバいことしてるのを」
「巻き込んで? 何のために何をしてるっていうんだよ」
「そ、それは知らんが……でも、俺も沖野もなぜかこの学校に入学するようになって、突然あいつの使いが家に来て、見たことないような大金を持ってきて、だな」
そこから、牧田は丁寧に説明を始める。
綾坂家は、この一帯の全ての飲食店、私立学校を経営し、更にはこの周辺の会社も全て綾坂家の経営する会社の子会社ばかりだと。
だから先生たちも、生徒の親も生徒自身もみんな、綾坂の操り人形だと。
街の店の人も、道行く通行人も何もかもが綾坂の息がかかった人間で、この街に迷い込んだら最後、彼女たちの支配は逃れられないと。
「……うそ、だろ?」
「嘘みたいな話だけどマジだ。目的はわからんけど、それもなんとなくわかった。お前が目的だ、園城」
「俺?」
そこから、また牧田が何かを言いたそうにした時、沖野が話に割って入る。
「奏多君、小学校の時、私たち近所だったの覚えてない? 牧田君とも話したけど、昔から綾坂さんなんて人はあなたの周りにはいなかったわ」
「……そう、か。でも、お前のことは覚えてない」
「そう……。でも、あの子はヤバいのよ。だから、今しかないの。今、あの子がいないこの時に、この街を出て警察に駆け込んで相談するの。手を貸してくれる?」
必死さは表情からも伝わってくる。
しかし、すぐに彼女の差し出す手を取ることは、できない。
「……まだ、信じられない」
「それはわかるわ。でも、それが真実なの。お願い、私たちだけじゃ他の人の証言に消されてしまう。一番彼女に身近なあなたの証言が必要なのよ」
「……」
「今日の放課後、六時に電車に乗ってこの街を出るわ。駅前で待ってるから」
そう言って、二人は屋上をあとにする。
俺は、その場で一人座り込んで、考える。
牧田の言ったこと、沖野の話した内容。
それはどれも筋が通っていて。
怜の今までの言動と照らし合わせても矛盾点はない。
そういうこと、か。
ああ、ようやくわかった。
……。
△
「……来ないな、園城の奴」
「やっぱり、ダメだったのかしら……」
「もう少しだけ、待とう……」
牧田浩介。
俺の家は父親の突然の逮捕や母の体調不良などによって借金を抱え、そこに綾坂家の使いの人がやってきた。
借金の全額負担、父親の再就職、母親の病院費の援助を条件にこの街に移り住んで、綾坂怜の指示通りに行動をすることを義務付けられた。
最初はよかった。
ただ、何も考えず演じていればよかったから。
しかし、逆らうと消される友人や、痛い目に遭わされる人間を見てしまい、これがどれほど異常なことかを理解した。
それに調べてみると、学校の生徒のほとんどが俺と同じように金に困っている連中ばかりで、綾坂がそんな連中をかき集めてディストピアを形成しようとしていたことがわかった。
だから、沖野に協力してもらった。
彼女が綾坂に目をつけられていたことも知っていたから、逆手をとって園城が沖野にコンタクトをとるのを待って。
やっとその時がきたと、真実を告げた。
もう、こうするしかないんだ。
俺に残された手段は、もう……。
「あっ、園城君だ」
「え?」
諦めかけていたその時、園城がやってきた。
希望が、見えた。
「すまん二人とも。遅くなった」
「いや、来てくれたならいいんだ。さあ、行くぞ」
早速、三人で電車に乗る。
緊張が走る中、目立たないように席に座って小さな声で話をする。
「二人とも、いいか。ここから三十分もすれば街を出る。そこで降りて、すぐの交番に駆け込むんだ」
「うん、園城君もそれでいい?」
「ああ、わかった」
電車が、発信した。
ゆっくりと、ガタンと揺れながら出発した電車は、俺たちを乗せてこの街を出る。
これで最後だ。
これで、全部終わるんだ……。
俺だって……俺だって一生こんなのは御免だ。
自由になってやる。
……。
長いな。
「なあ、ここから次の駅ってこんなに長かったか?」
「さあ、電車に乗ることなんてそうないからな」
「そう、か」
おかしい。
夕方だというのに、やけに乗客が少ないし電車も妙に薄暗いし。
それに、次の駅はすぐ停車するはずだ。特急でもそう長くは走らない。
「おい、どうなってるんだこれは」
「ああ、牧田。一個言い忘れたけどさ」
園城が。
かつての爽やかな笑顔とは程遠い、卑しい笑みを浮かべながら、言った。
「この街からはさ、出られないから」
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