第46話 彼女のために
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「と、怜!?」
トイレから戻ると、お母さんにもたれてぐったりする怜の姿。
そして騒然とする店内に、慌てて救急隊員が入ってきた。
どういうことかもわからないうちに、彼女は担架で運ばれて、救急車に乗せられる。
「怜っ!」
「奏多君も、一緒にきて」
「は、はいっ」
怜のお母さんに連れられて、一緒に救急車に乗る。
すると、ぐったりした彼女に呼吸器がつけられて、救急隊員の人たちが慌ただしく薬や器具を持ってくる。
「ど、どうしたんですか、これは」
「怜はね、持病があるのよ」
「持病……?」
そんな話は一切聞いたことがなかった。
それに、そんな素振りすらなかった。
「あの、その持病って……」
「中学の時に初めて発症して、ね」
「そんな……」
さっきまであれほど元気そうにしていた彼女が、今は目をとじたまま横たわっている。
俺は、何度も彼女に駆け寄ろうとして止められて。
そうこうしていると救急車が病院に到着した。
「すみません、どいてください!」
そう言われると、怜はベッドごと病院の中へ運ばれていく。
その姿を見送りながら俺は、お母さんを見る。
すると、うっすら目に涙を浮かべていた。
「お、おかあ、さん……」
「ご、ごめんなさい。あの子ったら、無理してたんだと思うと、辛くて……」
今にも泣き崩れそうな彼女を隊員の一人が支えながら、俺たちは救急車を降ろされる。
そして、そのまま病院に向かうと集中治療室の前に座らされる。
「……」
終始無言の時間が続く。
一体どれくらいの時間だったろう。
長くもあったようで、一瞬にも思えたその時間は、やがて治療中の札の灯りが消えて、終わる。
「ご家族の方、ですか?」
中から出てきたお医者さんが言う。
「怜さんは、なんとか一命をとりとめました。しかし、いつこのようなことになるかわからないというのが現状です。しばらくは入院を」
云々と。
そう告げられると、怜のお母さんは深々と頭を下げながら立ち上がり、そしてまた力なく座り込む。
俺は、何もできないまま茫然とその場にいただけで。
結局、怜に会うこともできずに自宅へ帰された。
◇
「もしもし、奏多君? 怜の容態はよくなってるみたいだから」
夜。
怜のお母さんから電話をもらった。
「……怜は、大丈夫なんですか?」
「あの子、精神的ストレスからくる病気がね、ずっと続いてるの。だから昔も急に倒れたことがあって」
「ストレス……それって」
「あの子ね、いじめに遭ってたの。で、訊くと今の高校にあの子をいじめてた子が偶然いたみたいで。フラッシュバックっていうのかしら。それがストレスになってたみたい。ほんと、可哀そう……」
「そ、そいつは誰なんですか?」
「確か、沖野さんとかって言ってたような……」
沖野。
聞き覚えのない名前だが、しかしそいつが怜を追い込んだっていうのなら……。
「奏多君、明日よくなったら怜のお見舞い、来てくれる?」
「も、もちろんです。でも、とりあえず学校に行きます」
「ええ、そうして。じゃあ、また」
……沖野。
怜を追い込んだ元凶。
そうか、怜が時々変なことを言ったり急に癇癪を起したり他人と関わることを過度に嫌うのは過去のいじめが原因なのか。
ああ、そうだよな怜。
いじめなんてしちゃあいけないよな。
そんなことをするやつには、お仕置きが必要なんだよな。
はは、やってやるよ。
俺がやってやる。
怜の為に俺が、修羅となればいいんだ。
はは、あはははははっ。
◇
「おはよう、沖野さんって知ってるか?」
翌朝の学校で。
目についた男子の一人に尋ねると、すぐに答えは出た。
「ああ、隣のクラスの女子だよ。沖野めぐみ。それが何か?」
「いいや、なんでも」
隣のクラス、か。
はは、どうやって誘いだそうかな。
俺、いいものを見つけたんだ。
怜が前に実験で使ってたやつだ。
電流がさ、結構流れるんだよなこれって。
はは、まずは休み時間に誘い出すか。
◇
「沖野さんって、いる?」
早速、休み時間に隣の教室へ。
すると、髪の明るいギャルがこっちへくる。
「私だけど……って、園城、奏多?」
「なんだ、俺のこと知ってるのか?」
「え、うん、まあ」
ふーん、こいつもしかして俺のファン、か?
いや、そんなことはどうでもいい。
それよりこいつが怜を……。
「なあ、放課後時間あるか?」
「え、私? う、うん……ある、けど」
「話がある。裏門で待ってるから」
俺はそう言い残して再び教室を出る。
怜の見舞いもあるし、今日はこいつと接点を持つところまでにしておこうと思っていたけど、もう少し踏み込んだところまで行こう。
怜をいじめたのが彼女だというのなら……。
ああ、本当に殺してやりたくなる。
そっか、怜の気持ちってこういうことだったんだ。
死んじゃえばいいのにって、いなくなっちゃえばいいのにって。
思うよなあ、そりゃあ。
◇
「え、園城君おまたせ」
「ああ」
放課後。
裏門にて沖野と合流した。
「わ、私に話って何?」
少し怯えた様子だ。
でも、ちっとも心配にもならない。
「あのさ、綾坂怜とはどういう関係だ?」
「綾坂さん、と? ええと、別に何も……」
何も?
何もないだと?
怜が倒れて、苦しそうにしてる原因がいじめだというのに。
いじめてる側にその自覚がないとはよく言ったもんだ。
「嘘だ」
「う、嘘って……別に私は」
「お前、なんで俺のことも知ってた? 俺が怜と仲がいいからじゃないのか? 」
「そ、それは……」
急に沖野が黙り込む。
悔しそうに唇を噛んで、何かを必死に我慢している様子だ。
何を躊躇している?
やっぱり、いじめてる自覚はあったということ、か。
こいつ、のうのうと学校にきやがって。
怜の苦しみをこいつにも味わえ。
ポケットに隠し持ったスタンガンを握る。
しかしその時、携帯が鳴る。
「あ、すまん。電話だ」
見ると、怜からの着信で。
沖野と距離をとって、慌てて電話に出る。
「怜? 大丈夫なのかお前」
「奏多君、大丈夫だよ。それより、もしかしてお母さんから変なこと、訊いた?」
いつもより覇気がない声が電話の向こうから届く。
それだけで、泣きそうになってくる。
「変なことじゃないけど。お前が倒れた理由は訊いたよ」
「そっか。でも、奏多君は無理しないでね。私、大丈夫だから」
「怜……」
大丈夫だから。
その言葉に、やはり力はこもっていなくて。
俺は電話越しにまた、泣きそうになってしまう。
「……怜、今から病院に行っていいか?」
「うん、待ってるね」
電話を切ると、心配そうにこっちを見ながら待つ沖野と目が合う。
「……帰れよ」
「え、園城君。私は」
「お前の話なんか聞かない。帰れ」
「う、うん……」
トボトボと背を向けて帰る沖野を見ながら、やはり殺意のようなものがグッと込み上げてくるのがわかった。
また、ポケットの中のスタンガンを強く握りしめた後。
しかし怜の声が耳から離れず、我に返る。
……怜が望んでないんじゃあ仕方ない。
命拾いしたなあ、沖野。
さてと、怜に会いに行こう。
今日はいっぱい話をしよう。
待っててくれよ、怜。
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