第44話 ずっと、演じ続ける

「おはよう、奏多君」

「おはよう怜。んん、よく寝たよ」

「アロマ、リラックスできるでしょ? お気に入りなんだあ」

「そうだな。怜のおかげでこの部屋も見違えたよ」


 男の一人暮らしの部屋なんて散らかってて汚いものだったけど。

 怜が来てからいつも空気が爽やかで、心地よい。


 ああ、怜が来てくれてよかったよ。


「奏多君、今日は文化祭終わりだから学校も人が少ないかもね」

「まあ、その方がいいよ。あんまり人が多いのは好きじゃないし」

「そうだね」


 もう、中学校の時にあれだけ人に囲まれてチヤホヤされるのが生き甲斐だったのが嘘のようで。


 今となればあんな日々は二度と懲り懲りだとすら思う。

 校内のみならず、他校からも毎日のように女の子が押し寄せてきてたあの日々は、俺にとってはなんの為にもならず。


 今の学校では不思議と誰も寄ってこないし。

 それが落ち着く。


「じゃあ、いこっか」

「うん、今日の帰りは買い物でも行こうね」

「ああ」



 この学校の生徒。

 それは先輩も同級生も漏れなく私が集めた生徒。

 

 女子は皆、奏多君に好意を寄せていた他校の生徒たち。

 男子は皆、過去にいじめの経験がある他校の生徒たち。


 奏多君に近づこうとした卑しい女子たちは野放しにできない。

 人をいじめるようなクズ同然の男子たちは絶対に逃がさない。


 あと、私をいじめた連中はもちろん。

 そいつらは特に、ね。きつーいお仕置きを一生味わってもらうの。


 そんな連中はみんな駒になればいいの。

 何も考えず、ただ私と奏多君が仲良く過ごせるためのエキストラとして、この街でずっと劇を演じ続けたらいいの。

 

 だから、脚本にないことをしたら怒る。

 たまに、自分の置かれた立場を知らずに暴走するバカがいるから、わざわざ粛清してあげてるだけ。


 それだけなんだよ。



「えー、本日、江村かなこさんがご両親の関係で転校を」


 云々と。

 担任の先生からの報告ももう慣れた。


 江村さん、か。

 訊いたことがあるようなないような。

 そういや、須藤さんって子も、どこかで会ったことがあったような気がするけど。

 気のせいか。

 いや、俺が忘れてるだけなのかもな。

 なんせ、昔の記憶があいまいな俺だから。

 今更誰が知り合いだと言ってきても、驚かない。


 怜が覚えてくれてるから。

 知らないことは彼女に訊けばいい。

 そうだ、今日は怜に俺の中学時代のことを聞いてみよう。

 モテモテだった記憶はあるけどそれも怪しいな。

 夢か、俺の妄想だった可能性だってあるんだし。


 そうだ。


 怜に訊けばいいんだ。



「奏多君、お昼食べよ」

「ああ、今日は食堂も空いてるかもな。行ってみるか」

「うん、行くー」


 普段は人が多いからと、怜が嫌っていた食堂に二人で行ってみることに。


 行くとそこには数人の生徒だけがいて。

 広い食堂の真ん中に席をとると、二人で仲よくとんかつ定食を注文した。


「うん、うまいな。安いし思ってたよりいいよ」

「ほんとだね。明日からは食堂でもいいかなあ」

「そういえば怜、俺って中学校の頃はどんな感じだったんだ? 何せ記憶が曖昧で」

「そだねー、人気者だったよ? でも、特定の仲良しさんはいなかったかな」

「そっか。まあ、親友とかは記憶にないけど、単にいなかっただけ、か」

「あはは、私がヤキモチ妬いちゃうから寄せ付けなかったのもあるけどね。悪い子でしょ、私って」

「何いってるんだよ。お前に心配かける俺の方が悪いよ」

「えへへっ、優しいね奏多君」


 食堂で横に座った怜からキスをされる。

 誰もこっちをみないのをいいことに、しばらく彼女と唇を重ね、そして。


「……学校終わったらね、今日はいっぱいしたいな」


 そんなことを言われて、俺の頭は何も考えられなくなる。

 早く帰りたい。

 早く彼女を抱きたい。

 そんな思考が俺の中を支配する。


 その後のことはよく覚えていない。

 授業中もずっと怜の方を見ていて。

 放課後になってもずっと怜のことばかり考えていて。


 なぜか、ずっと彼女と長い時間こうしてきたような感覚になる。

 なぜか、ではないのかもしれない。

 多分、ずっと彼女とこうしてきたんだろう。

 でも、まだ思い出せない。

 彼女との出会いは思い出せても、その後の馴れ初めがわからない。


 ああ、早く思い出してくれよ。

 俺は、彼女との思い出があればもう何もいらないんだから。



「奏多君、私が奏多君の中学校に転校して再会した日のこと、知ってる?」


 夜。

 突然怜がそんなことを聞いてくる。


「いや、わからん。すまんが全く覚えてないんだ」

「だよねー。中学二年の春にね、転校した先に奏多君がいて、私びっくりしたんだよ。運命だって、すぐに声かけて仲良くなったの」

「そ、そうなのか。でも、その時にお前が昔一緒に遊んでた子だって話はしたのか?」

「んーん、恥ずかしくてしてない。だからこの前思い出してくれて嬉しかったなあ。ねえ、修学旅行の時に買ったお土産、覚えてる?」

「ん、もしかしてあの変な石のことか?」

「そうそう。あれ、私にプレゼントしようとしてくれたんだよね。結局落として割れちゃったけど」

「あー、そういえばカバンの中でぐちゃぐちゃになっててショックだったのは覚えてるよ。ごめんな、怜」

「いいよいいよ、買ってくれただけで嬉しかったから」


 怜に言われて思い出すことがたくさんある。

 そういえば、というかそうだったっけというような記憶も、怜は覚えている。

 

 だから安心する。

 俺から零れ落ちた大切な思い出を、彼女が知ってくれている。


「怜、ありがとな」

「どうしたの、急に?」

「いや、嬉しくて。俺、実際中学の時なんかも友達多いと思ってたけど、今連絡とるような仲のやつもいないし。寂しいやつだなって思ってた自分のことを好きになれた。怜のおかげだ」

「あはは、奏多君は優しい人だよ昔から。みんなの見る目がないんだよ」

「そうか。そう言ってくれるとありがたいよ。怜、ベッドにいこっか」

「うん、いっぱい優しくしてね」



 奏多君の寝顔、素敵だなあ。

 えっち、上手になったね。

 奏多君はほんと、優しいね。


 みんなの見る目がない、か。


 そうだったらよかったのにね。


 みんな、奏多君の魅力にすぐ気づいちゃう。

 だからだよ、


 知らなかったでしょ。

 中学の時にどうして誰も、同じ学校の生徒からは告白されなかったのか。

 抜け駆けはダメ、なんて理由じゃないよ。

 そもそもやっちゃダメってなってたんだよ。


 あの学校の先生も生徒もみんな、私が用意したんだよ。

 だから誰も奏多君と親密にならないし、特定の人と仲良くならないように人気者を演じさせてあげてたんだよ。


 あはは、楽しかったでしょ。

 でも、他の学校の子たちまで奏多君目当てで押し寄せてくるのは予想外だったなあ。

 須藤さん、江村さん、他にもたくさんいたっけ。


 まあ、みんな今となっては同窓生になったわけだけど。


 あはは。


 奏多君の世界はね、私が作ってきた世界なんだよ。

 だから、私が全部知ってて当然なの。


 でも、中学の時にずっと一緒にいられなかったのは本当につらかったなあ。


 ……。


 もっと。

 

 このまま彼と、ずっと一緒にいたいなあ。

 

 

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