第43話 粛清
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「ただいま、奏多君」
「おかえり、遅かったな」
「うん、ちょっと片付けしてたら汚れちゃって。そこの銭湯入ってきちゃった」
「なんだ、そうなのか」
「うん、でねでね、いっぱいもらってきたよ。焼きそばとかパンとか」
玄関先で袋一杯の食べ物を嬉しそうに見せる怜からそれを預かると、彼女から石鹸のいい香りがする。
頭がクラクラする。
今すぐにでも彼女を抱きしめたくなる。
ただ、彼女も疲れてるだろうと、さっさと部屋に戻ってもらってきた食事をテーブルに広げる。
「はは、ご馳走だな」
「おいしそう。奏多君、あーんしてあげる」
「あーん。うん、うまい」
「えへへっ、よかったあ」
こうやって怜といると昼間の疲れがスッと楽になる。
なんか、毎日楽しいなあ。
「怜、そういえば演劇部のみんなは大丈夫だったのか?」
「んー、どうだろ。でも、みんな反省してるみたいだったよ」
「反省、か。まあ俺も驚いたけどいい経験ができたよ」
「あはは、そだね。でも、やっぱり迷惑だったよね?」
「そ、そりゃあ少しは、な。ああいうの苦手だし」
「そっか。じゃあ、やっぱり」
お仕置きだねえ。
そう言って彼女は携帯を触る。
画面を何度かタップして、その後でまた携帯をポケットに戻す。
そして焼きそばをずるずるっと食べてからソースが口についたまま、ニコッと笑う。
「やっぱり奏多君とは、気が合うね」
◇
食事と風呂を終えた後はもう寝るだけだ。
昼間に居眠りしたのにまたしっかりと眠気が襲ってくるのは健全な証拠なのか、それとも部屋でずっと焚かれているアロマのせいか。
ふわあっとあくびをすると、怜が布団をかけてくれる。
「今日はゆっくり眠ってね」
「……今日はしないのか?」
「したい? えへへ、嬉しいなあ。でも、疲れてるみたいだから、明日の朝でもいいよ」
「そう、だな。うん、寝るよ」
「おやすみ、奏多君」
♥
「こんばんは、みんな」
奏多君が眠ってから、夜の学校に戻る。
そして体育館には、今日の演劇でおイタをした生徒の一人が椅子に座っている。
「あ、綾坂さん……お願い、もうやめて……」
「やめなーい。奏多君の手を握ろうとしたでしょ。だから相応の罰を受けてもらうの」
「も、もう痛いのはやめて……私……ぎゃあっ!」
「勝手に喋らないで? 五月蝿い」
他の子はみんな、私の言うことを聞いてくれるみたいだから特別に解散させてあげたけど。
この子はまだ聞き分けがなってない。
つまんなーい。
「あはは、須藤さんと仲がよかったもんね。復讐のつもり?」
「……」
「今は喋りなさいよ」
「ぎゃあっ!」
「あはは、質問にはちゃんと答えなさいって先生に教わらなかった? 奏多君を私から引き離して、私を傷つけようとするなんてひどいなあみんな」
ひどいよ、ほんと。
私はみんなの為を思って色々してあげたのに。
その見返りで、ちょっと言うこと訊いてほしいってだけなのに。
なんでもらうものはもらって、返そうとしないのかな。
「あ、綾坂さん……何のためにこんなこと、するの?」
「んー、私はね。昔の自分が嫌いなんだ。いじめられて、侮辱されて、軽蔑されてるあの頃の自分が大っ嫌い。それに、奏多君と一緒にいられなかった自分が大っ嫌い。だからね、そんな過去を変えるの。そのついでにね、私をいじめたみんなにお返ししてるの。ね、してもらったことはちゃんと返すのが礼儀でしょ?」
「わ、私たちは何も……」
「江村かなこ。須藤さんの隣で眼鏡ブスだーって笑ってたの知ってるよ。ねえ、なんであなた達がみんなこの学校に集められたか、知ってる?」
「そ、それは……私たちの親がみんな、貴方の家の会社にお世話になってるからで」
「どうしてお世話してるのかも、知ってる?」
「さ、さあ、そこまでは」
「奏多君のことが好きだった女の子がみんなこの学校にいるんだよ? ここにいる全員が、借金で困って路頭に迷いかけてうちに拾われたのが偶然だと思った? 男の子はまた違う事情があるけど。あなたたち女の子は特別。奏多君を横取りしようとした代償はね、これから死ぬまで続くの。死ぬまで、いえ、死んでからもずっと、未来永劫ずうっとね、あなた達は私の人形なの。わかる?」
「あ、あ……」
奏多君に好意を持った人間はもれなく破産させた。
そして拾い上げてから、駒にした。
でも、ちゃんと駒として機能するなら特別にいい暮らしをさせてあげてもいいって思ってたのに、どうして意思を持っちゃうのかなあ。
人形のくせに。
「わかったあ? みんな、将来が約束されて、未来が確約されて、人生に希望も絶望もなく、レールの上を走るだけの存在なの。だから、逸れることは許されない。あなた達みたいに、私の奏多君を横取りしようなんて人の道を踏み外すような連中に、きちんと歩むべき道を用意してあげてるんだから、その通り走らないと」
「わ、私たちは、それだと一生このままって、ことなの?」
「嫌ならいいよ? その代わり」
「し、従います! もう二度と逆らいません! だ、だからお願いですからご容赦を……」
「えへへっ、江村さんが話のわかる人でよかったあ」
復讐なんて生ぬるいこと、私はしないよ。
そんなことしても、復讐の連鎖がおこるだけ。
私はそんなものを望まない。
復讐する気がなくなるまで。
感情を失ってみんなが人形になるまで。
痛めつけるだけだよ。
「ぎゃっ!」
「あはは、江村さん。明日からの転校先では頑張ってね」
「な、なん、で……」
「知ってるよ、中学の時にこっそり彼の靴箱に手紙を入れてたの」
「で、でも私は彼と接点は」
「ないよね。知ってるよ。だって」
だって、その手紙は私が燃やしてあげたんだもん。
「あ、綾坂さん……」
「じゃあね、江村さん。そうそう、警察に相談してもいいけど、そうなったらあなたの家族がどうなるか、わかるよね?」
「し、しません……何も、言いません……」
「あははは。だよね、うんうん聞き分けがいい人は嫌いじゃないなあ。江村さんともう会えないのは残念だけど、またね」
体育館を出る時、江村さんの意識はもうなかった。
つまんないけど、まあこれくらいにしておいてあげよう。
でも、奏多君もいい加減だなあ。
江村さんも須藤さんも、会ったことがあるのに覚えてないなんてひどいなあ。
ま、あの頃は有象無象が寄ってたかってたから仕方ないのかな。
あはは、可哀そうな子たちだなあ。
私をあの時押しのけてなければ、もう少しいい人生が送れたかもだけど。
もう手遅れだよ。
私の奏多君を目の前で奪おうとしたあなた達の罪は重い。
私の奏多君を好きになっていいのは私だけだよ。
話していいのも私だけだよ?
でも、こうまでしても奏多君と仲良くなりたいって思って私に逆らう子がいるなんて。
奏多君は罪な男だなあ。
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