第40話 取り戻した思い出


「ただいまー」

「おかえり、怜。早かったな」

「うん、みんなすっごく仕事早くて。ね、買い物いこっか」

「いいけど、今から?」

「うん。まだ明るいしぶらぶらしたいなって」


 夕方でもまだ明るいこの季節は、確かに散歩するにはちょうどいい気候だ。


 外を歩く際、一歩後ろを行く怜はやがて俺の手を握って。

 その後で見合わすと、ふふっと互いに笑いが漏れる。

 こういうなんでもない日常に、自分のことを大切に思ってくれている人といるって、やっぱり幸せなことだと。


 もう、彼女のことを疑うつもりは全くなくて。

 綾坂怜との昔からの思い出を取り戻そうと、俺は必死になってそのかけらをかき集めようと頭を巡らせる。


「ねえ、公園」

「ん、ああこんなとこに公園あったのか。昔はこういうとこで飽きずに暗くなるまで遊んでたよな」

「奏多君はいつもシーソーの上に座ってたよね」

「う、うん……」


 そうなんだよ。

 シーソーの上、俺の定位置だった。

 それを知ってるってことはやっぱり昔からこいつは俺の傍にいたんだな。

 ……ふう。

 そこまで訊いてもぼんやりとも怜の記憶が出てこない。

 女の子とはそもそもそんなに遊んだことがないし、ほんと俺ってどうしちまったんだろ……。


「ねえ、ちょっとベンチに座らない?」

「いいけど。疲れたのか?」

「んーん、なんか外が涼しくて気持ちいいなって。いいでしょ」

「ああ」


 公園には誰もいない。

 もうこの時間になると小学生も家に帰ってる時間か。


 でも、昔こういうなんでもない住宅街の公園で遊んだ記憶は覚えてる。

 砂場で泥だらけになるまで戯れて、脛に擦り傷を作って、暗くなってから帰宅して怒られた記憶も確かにあって。


 忘れてることなんて、ないはず、なのに……。


「ふふっ、奏多君は遊ぶ時、いつもリーダーみたいだったね」

「そ、そうだな。なあ怜、お前はその時に何をしてたんだ?」

「んー、隅っこにいたっけ。昔は髪が短くて男の子みたいだったから、覚えてないかなあ?」

「男の子みたい……いや待て、もしかしてお前、いつもタイヤのところに座ってた?」

「どうして?」

「よ、よく近所の子が一緒に遊びたそうに来てたんだ。名前も知らないけど、たまに話したり、おにごっことかしたりはしたんだけど……あれが、お前なのか……?」

「あはは、どう思う? かーた君」

「そ、その呼び方……」

 

 なんか霞がかかったような記憶が晴れてくる。

 小さな、男の子だと思ってたそいつがもしも怜だったとしたら。


 こいつは確かに俺の近くにいたことになる。

 幼馴染だったと、言える。


「あはは、でもその後で転校しちゃったから名乗ることもなかったもんね」

「……怜、お前はずっと俺の傍にいたのか?」

「えへへ、だから言ってるのに」

「怜っ!」


 俺は。

 思わず怜を抱きしめた。

 わずかだけど、昔の怜との記憶がよみがえったことが嬉しくて。

 いや、あの時のあの子がこいつだと気づけなかった自分が情けなくて。


 俺は抱きしめた。


 ぎゅっと。


 強く。


「痛いよう、奏多君」

「ごめん、でも今はこうしてたいんだ」

「うん……いいよ」


 彼女もまた、俺の体に手を回してくれて。

 そのまま辺りが暗くなるまでずっと、怜と抱き合っていた。





 あは。

 あはははは。


 正解だよ、奏多君。

 私の思った通りにくれたんだねー。


 でも、ざんねーん。

 その子、私じゃありませーん。


 あはは、昔男の子だと思ってた子が女の子だったってラブコメパターン?

 ないない、ないよそんなの。

 その子はしっかり男の子だよ。

 あははは、でもちょうどいい感じに中性的で、ろくに奏多君と話もしてない子だったから、勘違いしてくれないかなって。


 やっぱり奏多君はさすがだなあ。

 私が思った通りに都合よく記憶を書き換えてくれるなんて。


 私からあの子だよって言ったらつまんないもんね。

 奏多君が自分でそうやって思い込んでくれることが大切だったんだよ。

 自分では疑わないもんねー。


 あはは、その子の名前はねえ、奥本君って言うんだよ。

 私はその子から訊いた話を並べただけだよー。


 あははは。


 あは。


 ま、その子と奏多君が再会することは、絶対にないけどね。


 奏多君、大好き。



「怜、帰ろう」

「うん」


 俺は怜のことを少し思い出した。

 それが嬉しくて、俺の方から彼女の手を握った。


 少し冷たい、小さな手。

 でも、なぜか落ち着くのは彼女と昔から知り合いだったとようやくわかったからなのか。


 まだ中学時代の謎も多く残るけど、一つずつ俺の中で欠けていたものが埋まっていく。


 それが全て揃った時。

 俺は本当の意味でこいつと……。



 奏多君から手を繋いでくれた。

 あたたかい、大きな手。

 この手を握ると、すごく心がときめいて。

 私はに浸ったような気分になる。


 何もないのに。

 ずっとあったような。

 何も知らないのに。

 昔から知っていたような。


 そんな錯覚を、私まで覚えてくる。

 それがたまらなく嬉しくて。

 それが耐えがたいほどに狂おしくて。


 私と奏多君のはこれでいいとして。

 次は中学時代の思い出、かなあ。


 一個ずつ奏多君が私の描くかけらを拾い集めていって。

 一歩ずつ私の世界の住人に近づいていって。

 

 最後のひとかけらを拾ったその時にようやく。


 私たちは本当の幼馴染になれる。


 あはは、嬉しいなあ。

 

 未来は買えても、過去は買えない。

 未来は変えられても、過去は変えられない。


 でも、塗り替えちゃったらいいんだ。


 ぜーんぶ、私の考えた世界に書き換えたらいいんだ。


 あはは。


 奏多君、もう少しだよ。

 もう少しで、あなたの望み通り、全部よ?


 楽しみにしててね、奏多君。


 大好き。


 

 

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