第38話 プリン、食べてみる?

「え……」


 今朝、怜がプリンをプレゼントしてくれたこともあって、これもてっきり怜が用意したものだと思っていたが、違うと。


「誰の? ねえ。これ、誰の?」

「ま、待て……俺は知らない、知らないんだって!」

「じゃあ、なんでプリンがあるの?」

「ひ、引っ越し業者の人が忘れて帰ったんじゃないの、か?」

「そんな人いないと思うけど」

「……」


 まあ、そんな業者きいたことないけどさ。

 じゃあ、なんでここにプリンがあるんだ……。


「奏多君、それもらってもいい?」

「い、いいけど食べるのか?」

「んーん」


 ぺりっとフィルムを剥がすと、それを窓からぽいっと投げ捨てた。


「お、おい」

「気持ち悪いから捨てちゃった。それより」

 

 怜は、スルスルっと服を脱ぐ。

 俺はその艶めかしい姿にドキッと。


「寝よ? 奏多君が欲しい……」

「う、うん」


 結局、プリンがなんだったのかなんて確かめる間もなく、そのまま怜と布団に入り。


 彼女を抱いているうちに、細かいことなんて頭から飛んで行って。


 気が付けば朝だった。


「おはよう、奏多君」

「おはよう、怜」


 同じ布団で目が覚める。

 起きたら誰かがいるというのは、やはり幸せなことだ。


「奏多君、今日は私、やることがあるからバタバタしてると思うけど気にしないでね」

「俺も手伝えることなら言ってくれよ」

「ほんと? じゃあねえ」


 これ、どうぞ。

 彼女は、俺に何かのスイッチのようなものを渡してきた。


「なんだこれ?」

「えへへ、私ね、今こういう自由研究してるんだ。このスイッチを押したらね、ほら」


 ピッとスイッチを押すと、いつの間にか机の上に置いてある、小さな可愛らしい女の子の人形がぴくっと動く。


「わっ。な、なんだこれ」

「遠隔操作でね、お人形さんを動かせないかなって。どこまで離れて操作できるか、実験したくって」

「な、なるほど」

「じゃあ、昼休みに私が電話で合図したらスイッチ押してくれる? えへへっ、おもしろいでしょ」


 怜は再び俺にそのスイッチを渡す。

 それを受け取ってから、学校へ向かう。


「急になんなんだ、あれ」

「お人形のこと? クマちゃん、可愛いでしょ」

「名前もあるのか。まあ、いいけど」


 つまり、なんだろう、あの人形をスイッチ一つで動くようにしたいってことか?


 ……やっぱりこいつの考えることはわかんねえな。


 と、朝から変な会話を怜としながら、正門が見えてくると彼女は「先に行ってて」と言って。


 珍しく一人にされて、そのまま教室に。


 最近転校生ばかりで少し人数の減ったクラスはいつになく静かで。


 そんな中、誰とも話さずに席に座る。


 やがて授業が始まって。


 しかし怜は授業に来なかった。



「綾坂…… 怜!」

「あはは、怖いよ須藤さん。それに呼び捨てしていいのは奏多君だけだよー?」


 学校の裏手にある古民家。

 そこに私はの須藤さんと二人っきり。


 今から、朝の実験の続きをするんだあ。


「な、縄を解け! こんなことして」

「警察に言うの? いいけど、須藤さんのお父さんのお仕事、全部なくなっちゃうよー?」

「……」

「あー、呼び方がいけなかったかな? ねえ千曲さん」


 須藤千曲。

 彼女の珍しい名前。

 

 すこーし化粧に手を加えて、奏多君をナンパするっていう映えある役割にせっかく任命してあげたのに。

 

 どうも彼女、まだ奏多君が好きみたい。

 いけない子だなあ。


「悪い人。友達の彼氏を好きになるなんて」

「わ、私は昔から奏多君のことが」

「奏多君を馴れ馴れしく呼ぶな穢らわしい」


 あー、この子って頭悪いんだあ。

 お仕置きしないとだなあ。

 友達だから、辛いなあ。


「ほんとはね、あなたをそのまま転校させてもよかったんだけど、特別に変装させて、千曲陽子なんていう存在しない子が消えたことにしてあげたのに、どうして私の優しさがわかんないかなあ」

「や、優しさってなによ! なんで全部あなたの言いなりなの? おかしいでしょこんなの」「おかしくないよ? おかしいのはね、私に生かされてるくせに私に逆らおうとするあなたの方だよ?」


 奏多君に、私に逆らうとどうなるかを知ってもらうために。

 女の子と話したらどういうことが起こるかを知ってもらうために彼女に協力してもらったつもりだったけど。


 この子は、私に協力するフリして奏多君に近づこうとしてたんだ。


「それに、昨日のお引越しも手伝ってくれるって言ったのは私を殺すためだったんだね」

「……」

「プリン、虫さんたちが美味しそうに食べて死んでたよ? いけないなあ、あんなことしたら」

「……私は、何もしてない」

「まだそんなこと言うんだ。ま、いいか。そろそろお昼休みだね」

「……だからなに?」

「んーん。その手足に巻かれたもの、何かわかる?」

「え?」

「そのリストバンドからね、電気が流れるんだよ? 痛いんだよ? えへへっ、私ね、自分で作ったの。えらいでしょ」

「や、やめっ……」

「大丈夫、私はそんなひどいことしないよ? だって、お友達だもん」

「綾坂、さん……」


 代わりにね。

 ボタン、押してもらう人がいるの。


 あなたの好きな人。

 わざわざ彼にしてあげたの。


 さて、電話かなあ。


「綾坂さん、誰に電話して、るの?」

「奏多君。あなたは静かにしててね」


 ……。


「もしもし、奏多君?」

「ああ、どうした?」

「今から、今朝渡したボタン押してくれる?」

「あ、ああ」

「二回、よろしく。じゃね」


 電話を切ると、目の前で椅子に座ってる須藤さんの顔が青ざめてる。

 あはは、そうだよね。

 今から好きな人の手で絶望するんだから。


「あ、綾さ……ぎゃあっ!」

「あはは。今のは奏多君が押したんだよー。いいなあ、羨ましいなあ、変わってほしいなあ」

「……お、おねがいだから、もうや……ぎゃあーっ!」

「あっはははは! いい気味。中学まではリーダーキャラで自分中心の楽しい毎日を送ってたんだもんね。病弱で影の薄い人間のことなんて雑草みたいに踏みつぶして、ほんと羨ましいなあ須藤さんが」

「あが、が……」


 あー、これ以上やったら死んじゃうかなあ。

 奏多君を人殺しにしたくないなあ。

 奏多君の手でこいつが楽になるなんて許せないなあ。


 ほんと、人の迷惑にしかならない害虫め。

 死んじゃえばいいのに、勝手に。


「ねえ、須藤さん」

「……」

「須藤さん、返事しなさい」

「は、は……い」

「いじめられる人の気持ちが少しはわかったー? あなたにいじめられてた人ってね、みーんなこうやって辛い思いをしてきたんだよー?」

「わ、私は、いじめ、なんて……」

「あはは、いじめてる側にその気はないよね。でも、された側は覚えてるよ? ね、ようやくわかったかなあ? 私が受けた痛みが」

「あ、あなたには、なにも、して……」

「あー、覚えてないんだあ。中学二年生の時、転校初日にあなたがやったこと」

「え……」

「私の目の前でー、私を押しのけてー、奏多君にラブレター渡してねー、握手してもらってたもんねー。眼鏡ブスは下がってろ、だっけ? あはは、眼鏡かけてなかったからわかんなかったー?」

「あ、あ……」


 私はねー、ほんとに奏多君とおんなじ中学校だったの。

 でも一年生の時に彼が転校しちゃってね、追いかけて私も転校したんだけど。


 転校初日の朝にいじめられちゃってねー。

 隣の中学校から来てたこいつらにやられてねー。

 教室にいくまでもなく帰ったっけー。

 あはは、ほんとブスのくせにねー。

 あなたに言い寄られてた時の奏多君の迷惑そうな顔、私は覚えてるよー?

 それに、彼には覚えてももらってなかったなんて、ほんといい気味だなあ。

 ほんと。


「ほんと……死ねばいいのに」

「ぎゃあっ!」


 あー、気を失っちゃった。

 ま、いいんだけど。

 このお家も私の家だし。

 最後以外は奏多君がスイッチ押したし。

 

「ごめんね須藤さん、長いものに巻かれるあなたの性格、大っ嫌いだったけど。でも、そうやって正義感を振りかざす性格も、大っ嫌い。じゃあ、バイバイ」



「戻ったよ、奏多君」


 昼休みが終わって。

 五限目が始まる頃に怜は戻ってきた。


「随分遅かったな。で、実験とやらはうまく行ったのか?」

「うん、ばっちり。奏多君のおかげだね」

「そっか。でも、ちゃんと授業は出ないとついていけなくなるぞ」

「えへへーっ、その時は奏多君のお嫁さんに就職するからいいの」

「……まあ」


 そういう冗談を彼女に言われるのは悪くない、けど。

 でも、やっぱり流されたらダメだよな。

 ……。


 結局、今日は何もなかった。

 朝のプリンの件は気になったけど、結局引っ越し業者の人の忘れ物ってことで話は終わったし。

 なんか平和な一日だったな。


 放課後。

 いつものように怜とアパートへ帰る。


「怜、もうすぐ文化祭だな」

「そうだね。楽しみ」

「そういや、今日須藤さんは」

「あー、いなかったね。ま、いいじゃん」

「まあ俺はいいけど……仲いいんじゃないのか?」

「うん、仲良しだよ。だから何もしなかったよ」

「……?」

「あはは、奏多君は悪い人だね」

「な、なんのことだ?」

「いいのいいの。それよりね」


 夕陽に照らされて。

 真っ赤に染まった彼女が、実に嬉しそうに。

 それはそれは幸せそうな笑顔をこっちに向けて、言った。


「今日はプリンが食べたいな」


 

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