第33話 君の仕業だよ

 冤罪について、よく色んなニュースでその実情について読んだことがある。

 一度決めつけられると、やっていなくても犯人扱いされてそのまま自供させられることが多いとか。

 有名な話だと、電車で痴漢だと疑われた場合、それがやっていないのであれば走って逃げるのが一番正解だという話があるけど。

 それくらい、冤罪は根深い問題であることに違いはない。


 ただ、どうして怜がそんなことを言ったのか。 

 それはわからない。

 今、風呂に入っている彼女に訊いたところで答えは出ないだろう。

 ……冤罪、か。


「ぴりりり」


 怜の携帯が鳴る。

 こんな夜に一体誰からだろうか。

 机の上に無防備に置かれたスマホの画面をのぞき込むと、そこには登録されていない番号が表示されていて。

 

 やがて切れる。

 いたずらか、業者かなにかか。

 それとも……。


「奏多君、電話鳴った?」


 風呂場から怜の声がする。


「ああ、鳴ったけど。持っていこうか?」

「んーん、大丈夫。あの、もしよかったらその電話におり返してもらえない?」

「俺が? まあ、いいけど一体誰なんだ」

「配送業者の人だよきっと。荷物お願いしててね。だから、電話をとったらお願いしますってだけ伝えてくれたらいいよ」


 じゃあよろしくね、と。

 怜がそう言った後でザバンと湯舟から彼女が出る音がして。

 シャワーの音が聞こえ始める。


 俺は初めて怜の携帯に触れる。

 最新のスマホ。それの不在着信と表示された画面をスライドすると、電話がかかる。


 ……。


「もしもし」


 女の人だった。

 俺は、思わず「綾坂ですが」と。


「ああ、綾坂さん。で、どうされますか?」

「え、あの、お願い、します」

「はい、かしこまりました」


 そう言って、電話は切れた。


 これでよかったのだろうか。

 とっさだったが、俺はその番号を自分の携帯で写真をとった。

 なぜかと言われたらわからないが、この番号はなんなのか、あとで調べようとでも思ったのかもしれない。


「ふう、さっぱりした。奏多君、電話してくれた?」

「あ、ああ。お願いしますって言っておいたけど。で、何を頼んだんだ?」

「えへへ、奏多君が喜ぶかなって。でも、明日の朝までお預けだよ」

「……何か届くのか?」

「んー、届くといえば届くのかな?」

「はっきり言えよ。気になるだろ」

「でも、お願いしたのは奏多君だよ? だから奏多君がお願いしたことなんだよこれは」

「だから、なんだよそれって」

「んー」


 なんだろね、と。

 とぼけた様子の彼女にこれ以上訊いても無駄だということはわかった。

 だから諦めて、この話題を終わらせることにした。


「まあ、いいよ別に。それより、疲れてないのか? さっきまであんなに眠そうに」

「ちょっと寝たらすっきりしちゃった。だから、ね? 奏多君、えっち、しよ?」

「あ、えと、それは」

「赤ちゃんがほしいって言ったこと、気にしてる? あはは、あの時はちょっとテンション上がってたから。大丈夫だよ、いつもみたいに着けて、ね?」

「う、うん」


 ありていに言って、怜とえっちをすることは抵抗がない。

 というよりむしろ、したいとすら思っている。

 俺だって高校生男子として、可愛い彼女を抱けることに喜びを覚えるのは普通だし、隠そうとも思わない。


 ただ、やっぱり一線というものがある。

 何も着けず、欲望のままに彼女を抱いて万が一のことがあったらと思うと、無責任なことはしたくない。

 だから怜の言葉を訊いて安心した。

 さっきまでの不安がどこかに消えて、やがて部屋を暗くして彼女と一晩を共にする。


 その時間はあまりに尊く、あまりに刺激的で、俺の思考を壊していく。



「おはよう奏多君」


 目が覚めた時、俺だけが裸だった。 

 怜は既に着替えていて、朝食を準備を整えていた。


「おはよう、怜」

「えへへっ、なんか毎日こうしてると新婚さんみたいだね」

「ああ、そうだな」

「部屋、解約しちゃおうかなあ。一緒に住んだ方が絶対便利だよね」

「で、でも荷物も二人分ってなるとちょっと狭いだろここは」

「狭い方がいいよ。奏多君と近くにいられるから」

「……」


 正直な話、同棲なんてものは頭を何度もよぎっていた。

 でも、それをすると怜と四六時中一緒で、一人の時間なんてものが皆無になる。

 まあ、彼女とずっと一緒というのは幸せなもののはずだけど、しかし人間誰しも自分の時間というものが欲しい時もある。

 ゲームしたり、本を読んだり見たい番組を見たり。

 そんなことをここ最近全くできていないこともあり、なんとかそれだけは避けたかったところだったのだけど。


「明日早速お部屋解約しよっと。うん、それがいいね」

「ま、まてまて。大家さんにも相談しないと。それにうちの親もなんていうか」

「お母さんならもう許可もらってるよ? あと、大家さんは問題ないから」

「な、なんでだよ」

「なんでだろうね。えへへっ」


 意味深なことを言った後で笑う怜は、「知らなくていいこともあるんだよ」と。

 またしても気になることを言ってからテレビをつける。


 朝のニュース番組が流れる。

 アナウンサーが神妙な顔で原稿を読み上げている。


「昨日、路上で事件を起こした高校生三人組が、刑務所から逃走後、近くの公園で傷だらけの姿で発見されました。三人とも、命に別状はないとのことですが、重症です」


 そんなニュースが届いた。

 頼んでもいないのに、届けられた。

 すると、怜が「ひどいことするねえ」と。

 他人事のように、そう言ってから俺を見る。


 大きく目を見開いて。

 その黒目に吸い込まれそうになるほどジッと俺を覗き込みながら。

 でも、なぜか目が合わない様子の彼女は、へらっと笑ってから。


「奏多君も、ひどいことするねえ」


 と。


 そう言い残してから、台所に消えていった。




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