第34話 電話?

 俺は夢遊病者でもない。

 多重人格なんかでもない。

 だから無意識のうちに誰かに危害を加えたりなんてことは、あり得ない。


 あり得ない、はずだけど。

 絶対にあり得ないとは、なぜか言い切れなかった。


 何せ、怜について、知らなかったのか覚えてないのかすら曖昧なままの俺だから。

 また、記憶のないところで自分が何かをしたんじゃないかと疑ってしまうのも仕方がない話だ。


 怜は、そんな俺に言った。


「ひどいことするねえ」


 一体俺が何をしたというんだ。

 暴行を受けたという高校生に危害を加えたのは俺だというのか?


「奏多君、どうしたの? 顔色悪いよ?」

「……俺、何かしたのか?」


 耐え切れず、怜に尋ねた。

 すると彼女は俺の頭をそっと撫でながら、言う。


「奏多君は悪くないよ。悪いのは全部、奏多君と私のことを邪魔する人間たちだよ」


 悪くないという言葉は、しかしそれでは救われるものではなく。

 やっぱり何かしたことは間違いなくて、それが怜の解釈では悪いことではないという意味にしか聞こえない。


 俺は昨日、怜を抱いて。

 そのまま眠りについて。

 さっき起きたはずなのに。


 何をしたんだ、俺は……。


「なあ、俺はずっとここにいたよな?」

「うん、いたよ。ずっと、ここにいたよ」

「だ、だったらなんで俺が何かしたみたいな言い方するんだよ。俺は何も」

「したよ」

「だ、だって俺は確かに」

「願った」

「ねがっ、た……?」

「うん。昨日ね、電話でお願いしますって言ったよね。だから、あいつらはこうなったんだよ。奏多君がお願いしたんだよ? だから悪いことするなあって」


 けらけらと笑う彼女はプチンとテレビの電源を切ると、俺の方にスッと寄ってくる。

 にやけたまま、目じりを少し下げて嬉しそにしながら、困惑する俺の顔をそっと撫でて、呟く。


「奏多君も、私と一緒だね」



 怜は、本当に部屋の解約をすると言い出して一度自室に戻っていった。


 その後で俺は、スマホでさっきのニュースについて何度も調べた。

 

 被害者の名前は出ていない。

 でも、高校三年生ということと、事件があったのはこの近所の公園だったことだけがわかって。

 どうして彼らが脱走して、どうして暴行されたかについては一切不明なままだそうだ。

 

 それ以上は調べても何も出てこず。

 それらしい記事を読みつくした辺りで退屈を覚えた俺は、ふと玄関をあけて外に出ようと。


 すると怜が立っていた。


「わっ」

「どこ行くの? お買い物?」

「い、いや別にブラブラしようかと」

「ふーん。じゃあ私もいく」

「ひ、引っ越しはいいのか?」

「うん。奏多君と一緒にいることの方が大事だから」

「……」


 いつからいたのだろうか。

 まさかずっと、部屋の前にいたなんてことはないだろうけど。

 

 ……いや、ちょうどいい機会かもしれない。

 昼間に、ある程度人の多い場所を選んで怜に話をしよう。

 あいつが裏で何かやってるのなら、やめさせないと。

 俺はもう、怜といる道を選んだんだ。

 だから、余計な心配はするなって。

 他人に危害を加えるのはやめろって。

 ちゃんと、言うんだ。



 やってきたのはファミレスだ。

 うちの生徒も結構いるし、何より休日とあって賑わっている。

 ここなら、怜も下手なことはしないはず。


「ドリンクバー取りにいこうよ、奏多君」

「ああ、飲み放題って学生の味方だな」

「だね。いっぱいのんじゃおー」


 散々怖い思いをさせられて感覚がおかしくなっているけど、それでも怜は俺と同じ高校一年生だ。

 ファミレスで普通にテンションが上がる、ただの子供だ。

 だから恐れるな。

 今ならまだ、なんとでもなる。


「怜、ちょっといいか」

「いいよー、どうしたの?」

「お前、もし俺の為に裏で何かしてるのなら、そういうことはやめてくれ。俺はちゃんと怜のことが好きだし、お前以外のやつと仲良くもしない。それに、邪魔されても無視してたらいいって思ってるから。だから他人に危害を加えるのはやっぱりなしにしてくれないか」


 言いながら、服の中は酷い脂汗をかいていた。

 こんなことを言ったらどうなってしまうのかと。

 怯えながら彼女に告げると、意外にも怒った様子はなく。


「奏多君、今の言葉に嘘はない?」


 とだけ。

 少し嬉しそうに、訊いてくる。


「ああ、嘘じゃない。だから」

「わかった。もうみんな必要ないんだね」

「みん、な?」

「えへへっ、嬉しいなあ。奏多君、大好きだよ。私、奏多君が好きでいてくれるならなんでもするよ。いらないって言われたものは全部捨てるし、するなって言われたら死んでもしない。でも、約束を破ったら怒るよ? それはわかってくれる?」

「あ、ああ。わかってる」

「あはは」


 高笑いをした後で怜は、可愛い口をストローにつけてジュースを飲む。

 

「怜、それと昨日の電話した相手だけど」

「電話? したっけ?」

「い、いや、俺がかけ直したやつだよ。お前が風呂に入ってた時の」

「なんのこと? してないよそんなの」

「そ、そんなはずないだろ」

「じゃあその番号にかけてみたら? してないから」

「……」


 さすがにそれは無理がある。

 さっきだって怜の方から電話でお願いしますって言った件がどうのって話をしてたじゃないか。


 それに、たまたまだけど番号を控えてある。

 俺の携帯に写真をとってあるんだ。


 それを見ながら、俺は自分の携帯から電話をかける。

 昨日は確か、女性が電話に出たはずだけど。


「おかけになった電話は、現在使われて……」

「え?」


 その番号は使われていないと。

 機械の音声が流れてすぐに切れた。


「奏多君、電話つながった?」

「あ、いや、それが……使われてないって」

「ほら、奏多君の勘違いだったんだね」

「そ、そんなはずは……だって」

「だって?」

「……」


 俺の携帯には、彼女の画面をとった写真が確かに残っていた。

 それだけが、昨日確かにその番号に電話をかけたという証拠であって、俺の記憶がおかしくなったわけではないと証明するものだったのだけど。


 話題を学校のことに戻して、何もなかったように二人で話を続けながら何度かドリンクバーにジュースを汲みにいって。

 ポテトやチキンなどのサイドメニューをつまみながらだらだらと昼下がりのひと時を楽しんだあと、店を出る時にもう一度携帯を取り出して写真フォルダを見ると。


 なぜかその画像は消えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る