第29話 邪魔

 この教室の空気がおかしいことは、入学当初から感じていたことだった。


 何せ見たこともない人間の事を当たり前のように俺に質問攻めしてくるような奴らだから。

 おかしくないはずがないのだ。


 ただ、田舎の学校ってこういう悪戯が流行ってるのかなんてくらいにしか思っていなかった俺は、そんな彼らの異常さを見逃していた。


 いや、見ないようにしていたというべきか。


「ねえ奏多君、お昼一緒に食べよ」


 綾坂怜。

 彼女のことをみんなが知っていたのは偶然ではない。

 ましてや、こいつがあいさつ回りをして名乗っていったからというわけでも、どうやらなさそうだ。


 何せ他のクラスの連中は彼女のことを知らない奴だっている。

 それが何を意味するか。

 つまり、怜ははじめからこのクラスの連中とだけ、あらかじめ知り合いだったということだ。


 ……しかしどうやって?

 そんなことがどうやったらできるんだ?

 自分の知り合いだけでクラスを固める。

 しかも自分が転校する予定のクラスのみをそうするなんて。


 ……無理だ、できるはずがない。

 やっぱり、考えすぎなのか。


「どうしたの奏多君?」

「あ、いや。最近転校するやつが多いなって」

「だね。私も転校してきた人間だから人のこと言えないけど」

「そ、そういえば怜はどうして転校してきたんだ? 親の転勤とかでもなさそうだけど」

「それはもちろん奏多君がいたからだよ?」

「い、いやそんな理由で」

「それしか理由なんてないよ。奏多君がいるから何をしてもそこに行く。奏多君がいなくなったらどんなところだって、その場所にいる必要はなくなる。それだけじゃん」

「……」


 それが正しいのかどうかは置いておいて。

 しかし、こいつの言う通りだとすれば、自分が転校する学校やクラスは自由に選べるということになる。

 それでも結構難易度高めだけど。

 学力があるからと言ってできるわけでもないだろうし。


 ……いや、いくら推理しても無駄なのかもしれない。

 怜のことを探りすぎてもいいことがないと、昨日そう思ったばかりじゃないか。


 やめよう。

 詮索していいことなんて何もない。

 知らぬが仏だ。


「奏多君、今日は屋上でご飯食べない?」

「いいけど。暑いだろ」

「あそこは誰もいないから、ちゅーできるかなあって」

「が、学校では控えろよ」

「やだもん。私、奏多君とちゅーしないと死んじゃう」

「……」


 こういう会話だけ聞けば怜は甘えんぼの可愛い彼女だ。

 しかし、まだまだ俺の知らない裏があると思うと、その事実だけを手放しに喜ぶ言葉できない。


 一緒に屋上に向かう間、手を繋いで廊下を歩く。

 俺たちを知らない連中から、少し白い目で見られたのは仕方がないとして。

 しかしその度に怜が、「あれ、三年生かな」とか「さっきの子、笑ってたね」と呟いて握力を強めるのが怖かった。


 そして、屋上に到着。

 普段は誰もいない場所、なんだけど。


「おーい、こっちこっち」

「へいへい、しっかり投げろよ」


 男子生徒が数人、そこでキャッチボールをしていた。

 そんなのグラウンドに出てやればいいのにと呆れはしたが、まあ昼飯をわざわざこんな場所まで食べに来る俺たちも人のことは言えないかと。

 

 そう思っていたところで怜が俺を見る。


「あーあ、邪魔が入っちゃったね。どうする?」

「いや、別にほっとけばいいだろ。気にせず食べよう」

「奏多君がそう言うなら、うん、それでいいよ」


 もしこの時に俺があいつらを邪魔呼ばわりしたら、昨日の野口のように消されたのだろうかと、冷や汗が脇から流れる。

 でも、なんとか事なきを得たと。

 ホッとしながら隅っこに座って、怜の持ってきた弁当を二人で食べる。


「えへへっ、今日は唐揚げだよ」

「おいしそうだな。うん、いい匂い」

「明日は動物園にサンドイッチ作っていくんだあ。いいでしょ」

「それも楽しみだな。うん、いただくよ」


 早速、弁当をいただくことにして。

 がやがやと騒がしい連中など気にもせず、怜とイチャイチャしながら食事を口に運ぶ。


 が、しかし。


「おいおい、ここでイチャイチャすんなよなー」


 当然、絡まれる。

 頼むからこっちに絡むなと祈ってみたが無駄だった。


 そしてこれも当然。

 怜がイラついている。


「奏多君、やっぱりあの人たち邪魔だね」


 小さく、そう話すと怜は立ち上がり。

 キャッチボールをする連中の方へ向かう。


「お、どうしたの? 俺たちと遊ぶ?」

「ねえ、邪魔」

「は? なんだよ、別にここはお前の土地じゃねえだろ」

「あはは、そうかなあ。ま、邪魔だから消えて」

「……可愛いからって調子乗るなよお前。一年だろ、お前らがどっかいけよ」


 決して不良というわけでもなさそうだが、上級生のその男は酷くイラついて。

 怜を睨むように見下す。

 周りの連中もぞろぞろと集まって。

 俺が止めに入ろうとしたところをその中の一人に止められて。

 喧嘩ムードに発展する。


「なあ、謝れよお前」

「なんで? ていうか消えて。奏多君との時間を邪魔しないで」

「だから他所でやれよ。お前、むかつくわ」

「あはは。私もムカつく。ほんと、死ね」

「え?」

「死ね、死んじゃえ」


 怜は。

 ポケットから折り畳みのナイフを出して、刃を出すとその男に向ける。

 そして、お構いなしに切りつける。


「う、うわーっ!」

「死ね。死んじゃえ」


 かろうじてかわしたが腰を抜かした男子に、怜は迫る。

 まずいと、俺は他の連中を振り払って怜を止める。


「怜、やめろ」

「奏多君、こいつ邪魔するの。私たちのこと、邪魔するの。だから死ぬの。死ねばいいんだよこんなやつ」

「だ、ダメだ。お前が捕まったら俺が悲しいからやめろ」

「……私がいないと、奏多君は寂しい?」

「さ、寂しいに決まってる。だからやめてくれ。頼むから」


 必死に説得を続けると、やがて怜の力が弱まる。

 そして、ナイフを降ろすとちゃきっと折りたたんで、腰を抜かした男子に対して言う。


「三つ数えるまでに消えて。三、二、一……」

「わ、わーっ!」


 這いながら、悲鳴をあげてそいつは逃げる。

 そして他の連中も、その様子と怜の異常さを理解して、慌てて屋上から散る。

 やがて、誰もいなくなる。


「と、怜……」

「あは、静かになった。奏多君、ご飯の続き食べよ」

「え、いや」

「大丈夫だよ。奏多君の邪魔をするあいつらがいけないんだから。ね、食べよ?」

「……ああ」


 もちろん、あんなことがあった直後に食欲なんて出るわけがなく。

 しかし怜は、俺に無理やり食べさせるように何度もあーんと、俺の口におかずを運んで。


 やがて、弁当箱は空になる。

 屋上には、さっきの連中が残していった野球道具が散らばったまま。


 その近くにいくと、グローブやボールを手にした時が、次々とそれを金網の向こうに放り捨てる。


 ゴミのように。

 汚いものを触るようにしながらそれらをすべて放り投げると。


 こっちを振り返りながら言う。


「でも、三秒以内に誰も消えなかったから、みんなお仕置きだね」


 

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