第28話 日常にとけていく
「ただいまー」
今日も俺の部屋に一緒に戻ると、怜は早速夕食の準備にとりかかる。
俺は、さっきの怜の発言に頭を悩ませる。
俺にとって邪魔なやつは消す。
消すというのがどういう意味なのかは定かではないが、しかしさっきの連中のように脅されて駆逐されて、それでも逆らってくるやつはもれなく……。
考えるだけでぞっとする。
ただ、考えるのはもうやめよう。
俺がいらんことを言ったのがそもそもの原因だから、これからは発言に気をつけよう。
それでいい。
それが一番、平和に物事がおさまるんだ。
「ねえ奏多君、今日はカレーだよ。楽しみにしててね」
嗅ぎなれた、実家のカレーの匂いがする。
やがて、カレーがテーブルの上に運ばれてくる。
うまそうだ。
「いただきます。うん、うまい」
「よかった。あのね、今日はデザートもあるんだよ」
「へえ、それは楽しみだな」
「えへへっ、褒めて褒めて」
撫でてほしそうに、頭を差し出してくる怜を思わず撫でる。
さらさらの髪がするりと俺の指の間を抜ける。
「ねえ奏多君、カラオケも楽しかったけど今度はもっとゆっくりデートしたいなあ」
「週末はどっかいくか?」
「うん、動物園とかいいよね」
「……まあ、いいんじゃないか」
動物園って、小さい頃に行ったきりだけど。
高校生も行くのかな、ああいうとこ。
「この近くにある動物園ってね、ぺんぎんがすっごく可愛いんだって。私、興味あったんだー」
「じゃあ、行ってみよう。俺も行ったことない場所に行くのは嫌いじゃないし」
「えへへ、楽しみだね。奏多君、今日は一緒にお風呂入ろうね」
「……ああ」
そのまま、二人で風呂に入ることに。
こんなのだって、以前のように怜を拒否し続けていたら一大事だったのだろうけど、受け入れたことによって余計な心配や緊張がなくなってホッとする限りだ。
当たり前のように俺の前で裸になる彼女をみて、当たり前のように興奮を覚える俺はそのまま風呂に入って。
しかし怜はただ風呂に入るだけでは物足りず、俺にそのまま絡みついてきて。
結局風呂場で彼女を抱いてしまった。
明るいところでする行為は、布団の中とは違う興奮があって。
それに俺も恥ずかしい部分をたくさん見られているうちに、段々と彼女に対する羞恥心が薄れていく。
そのあと、一緒に湯舟に浸かる時は、長年の恋人のように落ち着いた様子で、すべっとした彼女の体をそっと抱きしめながらゆっくりと疲れを癒した。
風呂場である程度満足したのか、怜は髪を乾かしてしばらくすると部屋に帰ると言って、さっさと出て行った。
静かになった部屋で一人、少し寂しくなりながらベッドに寝転がる。
風呂ではしゃぎ過ぎたのか、そのままウトウトと眠くなってしまい。
まどろみの中に意識が溶けていった。
◇
夢だと、すぐにわかった。
今、過去の夢を見ている。
怜と、仲良く遊んでいる中学生の自分。
そんな経験も、過去も俺は知らないはずなのに、なぜかそんな夢を見ている。
思い込みが作り出した幻想だろう。
でも、本当にこうだったらよかったのにとか、そんなことを思っていた。
怜が笑う。
すると、なぜか幸せな気分になる。
もう、俺は彼女にはっきり恋をしているのだろう。
初恋は、彼女に捧げたということか。
まあ、それでいいか。
それで、いいんだ。
◇
「おはよう綾坂さん」
「おはよう綾坂さん」
朝。
いつものように、学校で怜に群がる女子たちの相手をする怜を置いて、先に教室に入る。
すると昨日、カラオケ店で怜に脅されていた連中の一人を教室の中で発見。
クラスメイトだったのか。
「あ、あの……園城君」
そいつが恐る恐る俺に近づいてくる。
「なんだよ」
「え、ええと、園城君は綾坂さんと仲がいいんだよね?」
「だったらなんだよ。あいつに謝りたいのか?」
「そ、そうなんだよ。でも、なかなか話しかけるきっかけもなくて。なあ頼むよ」
昨日、よほど怜が怖かったのだろうか。
それにしたって怯えすぎだ。
ていうかそこにいるんだから自分で謝れよ。
「あれー、奏多君何してるの?」
「怜?」
「あれれ、奏多君に話しかけてるのは……ああ、お前か。うざっ」
「ひっ……」
まるでゴミを見るような目で男子を睨みつける怜は。
ポケットから何かを出す。
爪切り?
「ねー、昨日言ったよね? 奏多君に迷惑かけたらどうなるかって。お爪、切ってあげようか?」
「ち、違うんだ綾坂さん! 俺は、俺はただ謝りたくて」
「過ちって、なんでもかんでも謝ったら済むわけじゃないんだよ? 奏多君に迷惑かけた時点で、お前はもう詰んでるんだって、なんでわからないかな? あはは、楽しみにしててね。お爪、いっぱい切ってあげるから」
「あ、あ……」
「目ざわりだから。帰れ」
「は、はひっ!」
男は泣きながら走って教室を出て行った。
それを、クラスの連中は冷ややかな目で見送って。
また、何事もなかったかのようにそれぞれの会話に戻る。
その光景に、俺は違和感を覚える。
どうして、誰も彼女の豹変っぷりに驚かないのか。
会話を聞いてるやつも何人かいたはずだ。
なのに無反応。
さっきの男子が泣きながら教室から出て行くのも、まるで当然のように見ているだけって……。
「奏多君、大丈夫? 朝から絡まれて大変だったよね?」
「い、いや。俺は大丈夫、だけど」
「よかったあ。ねえ、褒めて」
「う、うん。ありがと、な」
「えへへっ、嬉しい」
頭を撫でられてはしゃぐ怜を、みんなが微笑ましく見守る。
そして、何事もなかったかのように授業が始まり。
一日が終わる。
今朝、俺にすがりついてきた男子はもちろん姿を現すこともなく。
彼が野口という名前だったことはわかったけど、結局野口について誰も心配する様子など見せず。
怜と一緒に帰宅した。
「明後日は動物園だね」
楽しみだなあと、怜。
「好きな動物とかいるのか?」
「ライオンかなあ。かわいいもん」
「かわいい? 怖いだろ」
「だって、猫みたいだし。猿とかは嫌いかなあ、怖いし」
「うーん」
そんなものかなあと。
明後日に控えた動物園デートのことで会話を続けていると、家の前で怜が突然電話に出る。
「もしもし。うん、わかったあ」
簡単に返事をして電話を切ったあと、なぜか怜は嬉しそうにこっちを見る。
母さんからか?
「えへへ、なんかこうして毎日奏多君と一緒って楽しいなあ」
「なあ、さっきの電話は」
「知らない」
「え?」
「知らない。なんのこと?」
「い、いや。今電話を」
「してた? 知らない」
「……」
何をとぼけることがあるんだと、俺は不安になる。
そして部屋に入ると怜は、「今日は先にお風呂入るね」と。
そう言って、携帯をわざわざ机の上に置いてから風呂場に向かう。
携帯のロックはかかっていない。
さっきの電話の主も、通話履歴を見ればわかるのでないかと、そんな考えが頭をよぎる。
しかし、これは明らかに罠だと。
こんなに無防備に携帯を放り出して、わざわざ見てくださいと言ってるような状況にするのは明らかに不自然だ。
……ああ、やっぱりやめておこう。
他人の携帯を見るなんて行為はそもそも理解できないと思っている派だし、そんなことをすれば俺までメンヘラだ。
俺は怜とは違う。
受け入れて、彼女としてあいつと付き合っていくにしたって、やっていいことと悪いことがある。
だから俺は携帯に触ることなく。
怜が風呂から出るのを待った。
やがて、怜と入れ替わりで風呂に入って、その後一緒に飯を食って一緒に寝る。
平凡な学生カップルの何気ない一日の終わりのようだった。
隣で眠る、無防備な彼女の寝顔を見ていると、これが幸せなのかと思わされる。
だから何も知らないほうがいい。
見ない方がいい。
気づかないほうがいいんだと。
そう思うようにしながら、俺も眠りについて。
朝、怜に起こしてもらってから一緒に学校に行く。
何も変わらない。
平和で平凡な朝。
しかし。
野口は今日も学校にこなかった。
その彼が転校したと朝のホームルームで担任に告げられた時、俺だけが驚いた顔をしていた。
他の連中は、顔色一つ変えることなく。
怜は、少しだけクスっと笑って俺を見て、小さく言う。
「あーあ、爪切り損ねちゃったね」
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