第25話 この現状を受け入れたら

 綾坂は少し涙ぐんでいて。

 悲しそうな声を出す。


「え、えっちって……親もいるんだぞ」

「だって、奏多君は私のこと覚えてなかったもん。悲しいよ、そんなのあんまりだよ……」

「と、怜……」

「だからね、抱いてほしいの。もう絶対に忘れないように。忘れられないように、抱いてほしいなって」


 また、綾坂は俺にすがるようにキスをして。

 その後ぎゅっと俺を抱きしめる。


「奏多君、私のこと好き?」

「……」

「ねえ、好きって言って? 私、奏多君のこと大好きだよ?」

「……ああ」


 もう、自分の気持ちもよくわからなくなっていた。

 そういえばなんでここまでこいつを拒むのかすら、よくわからなくなってる。

 確かにストーカーで妄言女でメンヘラだけど。

 今は知り合ってしまったわけだし、こうしてキスもするし学校も同じだし家も隣だし。

 いくら拒み続けてもきっとこいつはついてくるし、それでも意地を張れば、こいつは最後には俺を殺すまである。

 結局そうなる手前で妥協するくらいなら、こいつのことを幼なじみとして認めて、彼女として受け入れた方が楽なんじゃないかと。

 いや、その方がきっと楽しいと。


 俺は、そう思ってしまった。


「好きだよ、怜」


 もう、言わされたなんて言い訳はできない。

 俺は、自分の意思で彼女に告げたのだ。

 好きだと。

 それが本心だと。


「うん、嬉しい……ね、もっかい言って」

「好きだよ……お前がいなきゃダメだ」

「うんうん、わかってるよ。ずっと一緒だよ? 奏多君、大好き」


 薄暗い部屋の中で、俺は怜と抱き合った。

 ずっと、離さないように彼女を抱きしめて、時々キスをして。

 そんなことを繰り返していると、段々と綾坂の存在の愛おしさが増してくる。

 ずっと昔から、彼女と一緒だったような気がしてくる。

 

「奏多君、あとで一緒にお買い物行こうね。あの時みたいに花火したいな」

「……ああ」


 そういえば、あの時だって一人で花火をした記憶しかないけど。

 誰かの気配が傍にあったような、そんな気がしてきた。

 綾坂が、多分近くにいたんだな。

 でも、俺は覚えてないけど。

 それでも、傍にいたんだな、こいつは。


「なあ怜、先に買い物行かないか。この辺は暗くなるのが早いから」

「いいよ。でも、ちょっと汗かいちゃったね。着替えていい?」

「ああ。先に玄関で待ってる」


 俺は、先に部屋を出て玄関にて綾坂を待つ。

 もう、俺かあいつか、どっちが正しいとかの探り合いに疲れたのもあるけど、ここまで俺を好きでいてくれる彼女の事を真っすぐ見てみようと、真剣にそんなことを考えていた。


 待つ間、少しドキドキした。

 まるで恋人と待ち合わせをするような気分だと思って、すぐに考えを改める。

 恋人、なんだよな。

 言わされたにしても、巻き込まれたにしても、互いに好きだといって、綾坂は俺の彼女だと言ってるわけだから。


 ……これでいいんだよな、多分。


「お待たせ、奏多君」

「いや、大丈夫。じゃあ行くか」


 こいつを敵対視しているときは、隣にいる綾坂の存在がかなり鬱陶しいと思っていたが、しかしながらこうして受け入れてみると、彼女はすごく可愛くて。

 なんか、こんな子が俺の彼女だなんて、信じられない気分になる。


「えへへっ、手、繋いでいい?」

「ああ、いいよ」

「奏多君の手、あったかいなあ。ねえねえ、花火の他にアイスも買っていい?」

「いいよ。今日はゆっくりしよう」


 親とも仲良くて、料理もできて美人で俺のことが大好きな彼女。

 そう思えば、俺には贅沢すぎるというか。

 もう、考えるのはやめよう。

 きっかけが最悪だっただけで、今となればいい彼女なんだと。

 彼女の小さな手を握りながら、そんなことばかり考えていた。



「早く早くー。火つけようよ」

「ああ、水持ってくるから待っててくれ」


 結局、花火とアイスを買ってすぐに帰宅。

 すっかり暗くなった庭で、綾坂と二人、花火をすることに。


「じゃあいくぞ……おお、すごいなこれ」

「綺麗……うん、すっごく綺麗だね」


 なんてことはなく、すぐに消えてしまう市販の花火だけど、街灯の明かりくらいしかない田舎の暗闇にはよく映える。

 消えては次の花火に火をつけてと、贅沢にどんどんと花火の光を楽しんで。

 最後の線香花火の時には、二人で風よけを作るように身を寄せ合って、じっとその光を見つめた。


「えへへ、夏にもっかいしたいね」

「また来たらいいだろ。すぐに夏なんかやってくるよ」

「うん。奏多君とこうしていられるの、すっごく幸せだなあ」

「……うん」


 今まで彼女のいなかった俺にとって、こんな風に誰かと花火をするなんて経験は初めてだった。

 それが楽しかったのか、俺はつい彼女の手を握ってしまって。

 でも、そんなことも一切嫌がらず、なんなら少し涙しながら喜ぶ綾坂の姿が、あまりに愛おしくて。


 胸がきゅっと締め付けられる。

 でも、苦しいというよりはどこかあたたかく。

 これが初恋なんだと、勝手に自覚した。


 俺はこの日、初めて人を好きになった。

 なってしまったと、やはりそう評するべきなのだろうけど。

 でも、これが恋であることに違いなく。

 綾坂がずっとこうして笑ってくれていたらいいのにとか、そんなことばかり考えていた。



「二人とも、お風呂入ったら今日は寝なさい」


 母さんに言われて、さっさとゴミの始末をしてから部屋に戻る。

 少し煙クサい身体を洗おうと、先に綾坂に風呂をすすめると、なぜかキスされた。


「……どうしたんだよ」

「んーん。幸せだなって。ね、一緒に入るのはダメ?」

「……さすがに親がいるから、それは」

「あはは、冗談だよ。うん、いいよ。じゃあ先に入ってきて」

「いいのか?」

「女の子は髪洗ったりするのが時間かかるから。待ってるからね」

「ああ、わかった」


 もう一度キスをして。

 俺は先に風呂場に向かった。


 以前の俺だったら、綾坂に限らず他人を部屋に残して風呂に入るなんて絶対にしなかっただろうけど。

 すっかり、あいつにハマってるな、俺。



 奏多君が、私のことを好きって言ってくれた。 

 ちゃんと、好きだって、本心で言ってくれた。


 好き、好き、好き。

 好き好き好き好き好き好き好き好き。


 大好きだよ、奏多君。

 えへへ、私はもう彼女だから。

 だから奏多君、絶対に私以外の女の子のこと、見たらダメだからね。

 ええとこの辺りに……あった、エッチな本だ。

 

 ダメだよ奏多君、私以外の女の人の裸を見たら。

 私がいっぱい見せてあげるし、なんでもしてあげるんだから。


 どんなのが好きなのかなあ。

 こういうプレイが好きなのかなあ。

 やん、奏多君のエッチ。


 ……なんかこの女、むかつく。

 奏多君を誘惑しやがって。

 ぶっ殺してやりたい。


 まあ、雑誌だから死なないけど。

 燃やしちゃえ。


 庭で燃やしちゃおっと。

 えへへ、よく燃えるなあこれ。


 あー、綺麗だなあ。

 花火みたいに綺麗に燃えてるなあ。


 奏多君、早くお風呂出ないかなあ。

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