第4話 そこが例え地獄でも

「おはよう綾坂さん、今日は彼氏と登校なんて羨ましいね」


 学校に着く寸前で、同級生の一人にそう声をかけられた。

 

 彼氏。

 やはりそれは俺のことなのだろう。


 やっぱり不思議だ。

 どうして皆が皆、俺と綾坂が付き合っているという共通認識をもっているのか。

 今の子は、俺たちが一緒に登校してたから、それを見ての発言だったのかもしれないけど。

 

 でも、やはり皆が俺たちのことを幼馴染で恋人だと。

 そう思っているのは教室にいくと一目瞭然だ。


「綾坂さんの彼氏さん、かっこいいよね」

「美男美女そのものだね。羨ましいなあ」

「幼なじみで恋人かあ。なんかロマンチックだなあ」


 こんな会話を聞いていると。

 へえ、そんなにかっこいい幼なじみの彼氏がいるだと。

 そんな感想しか出ないけど。

 

 まさかそれが俺のことだとは。

 当人ですら信じられないのだからほんとびっくりな話だ。


 いったいどういうからくりでそうなるのか。

 彼女は洗脳魔法でも使えるというのか。

 不思議だ。

 そして不気味だ。


 まるで狐につままれたような話で。

 俺の知らない間に俺は幼馴染の恋人ができてしまった。


 俺が認めなくても。

 周囲の誰もが認めている。

 真実でなくとも。

 事実として。

 学校中の全ての人間が俺と綾坂の関係を認識している。


「なあ園城、どうやって綾坂さんに告ったんだ?」


 懲りずにまた、一人のクラスメイトが俺のところに来てそう尋ねる。

 

「だから、俺は告白なんてしてない。だから知らん」

「へー、だったら向こうからってこと? まじで羨ましいなあ。イケメンっていいよなやっぱ」


 何の話だよと言いたいが、まああながち間違ってもいない。

 向こうからというのは事実だ。俺が認めていないというだけで、間違いなく綾坂サイドから俺にアタックしてきているのは概ね正解。

 それに、イケメンと言ったなこいつ。

 俺は、やっぱりイケメンとして認識はされてるのか。

 田舎だからとか、この地域柄に合わない顔とかじゃなくて、ちゃんとここでも俺はイケメンだったんだなと。


 別にだから何というわけではないが、言われて嫌な気分にはならない。

 ただ、そうなるとまた謎が増える。


 中学までは、あれほどまでにモテまくって騒がれた俺が、高校では全く女子が寄ってこないというのも変な話。

 自意識過剰かもしれないけど、少しくらい俺に好意を寄せる女子がいたっていいはずだと、普通に思う。


 それともなにか。

 中学までの奴らの目がおかしくて、今が正常だとでも言いたいのか?

 いや、それはさすがに今まで俺に好意を寄せてきてくれたみんなに失礼だろ。

 じゃあなんだ、この高校の女子は皆が皆、内気で恋愛奥手集団だとでも言いたいのか?


 それも違う。

 普通に恋愛話とかしてるし、告ったとか付き合ったとかフラれたとか、そんな話をしてる女子もたくさんいる。

 

 ……この学校に来てから不思議なことばかりだ。

 まあ、この学校が、というよりは綾坂怜の名前を訊き始めたあたりから、だろうが。



「奏多君、お昼一緒に食べない?」


 昼休み。

 隣の席の綾坂が言う。

 学校についてから、初めての会話だった。


「……いや、いい。俺はパン買ってくるから」

「じゃあ私も。おいしいパン教えてよ」

「だから嫌だと言ってるだろ。いい加減」

「ひどい……今朝約束したのに……」

「お、おい」

「ううっ……」

「……」


 昼食の誘いを断っただけで、目に大粒の涙をためる。

 そしてクラスが騒然とする。


 喧嘩か? 喧嘩なのか? 

 心配そうに彼女を見守る連中。

 逆に俺に対しては、女子からの無言の圧力が。

 目で訴えかけてくる彼女たちの心の声が聞こえる。


「綾坂さんに謝って」


 もちろん言われてはいないけど、そう言いたいのだろうとわかる。

 ……仕方ない、か。


「す、すまん。別に悪気はなかったんだが」

「じゃあ、一緒に食べてくれる?」

「……わ、わかったよ」


 まただ。

 また、泣きそうなのを必死にこらえる彼女を、可愛いとか思ってしまった。

 いや、事実可愛いのは認めるが。

 なんだろう、このドキドキは。

 

「じゃあ、案内してね奏多君」

「……うん」


 そのまま二人で教室を離れる。

 喧嘩すんなよー、と。ヤジのような声援が飛び交う教室を出たところで、俺の制服をくいっと。

 小さな手が掴む。


「な、なんだよ」

「ねえ奏多君。私、奏多君の彼女だって、昨日言ったよね?」

「え?」


 まるで魂が抜けた人形のように。

 焦点の合わない目をして、俺を覗き込む綾坂。


「なんであんなことばっか言うの? いじわるして楽しい? それとも何かな。クラスに気になる子でもいるの?」

「な、なにを言ってるんだお前。俺はただ」

「ただ、なに? 言い訳なら聞かないよ?」

「……いや、この際だから言うけどさ。なんでお前、勝手に俺の彼女ってことになってるんだよ。おかしいだろ、知り合ってもない奴と勝手に付き合ってることになってるとか。ホラーかよ」


 階段の踊り場で。

 俺は疑問をぶつける。

 俺は認めてないと。綾坂が俺の幼馴染で彼女だなんて認めないと。

 だからもしこれが何かの悪戯だったとすれば迷惑だとも、言った。

 今は誰もいない。泣かれたって、放っておけばいいだけだ。


「……ねえ奏多君」

「なんだよ。俺は事実を言ったまでだ」

「ねえ奏多君、私は彼女だって言ったよね?」

「だからなんだよ。妄言だろ」

「昨日も今日も、おうち行ったよね?」

「勝手に入ってきただけだろ。訴えるぞ」

「連れ込まれたって言ったらね、警察の人はどっちを信用するのかなあ?」

「な、なん、だと?」


 濁った瞳で俺を見上げたまま。

 彼女はスマホを取り出す。


 そして、何かを再生し始める。


『や、やめて奏多君……お願い、やめて、お願いだから!』


 まるで誰かに襲われて、必死に抵抗しているような彼女の肉声が流れた。


「な、なんだそれは……」

「この音声持って、警察に行っちゃおうかなあ。私たちが付き合ってないとしたらー、これってすっごく問題だよね?」

「お、脅すっていう、のか」

「やだなー、そんなこと言ってないよ? だって私たち付き合ってるんだもん。だったらエッチなことしても、普通だもんね。ただ、これだけは言っておくね」


 そう言って彼女はスマホをポケットにそっとしまい。

 少し俺に近づいてから、言う。


「認めるまで私、地獄の果てまでもついてくからね」

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