残り3秒

人の価値は不平等だ。僕が生涯かけて稼ぐであろう額のお金は誰かにとっては一月待たずに稼ぎ切れる額で、そういう人は世の中のルールでさえ口出しできる。


いや、僕も選挙権はあるから口出しできないわけではないが、僕のような有象無象の声を握りつぶして、好きにできる力がある人というのは確実に存在する。


そして、このファストフード店で働く死んだ魚の目をした人のように、僕以下の生活を送る人間も確実に存在するのだ。妬んだり、同情したりと行った気持ちもある。


しかし、それ以上のものはなく僕は世界に対して彼女のように口を瞑りつづけている。


10秒待たずに注文した物が届くのは、サービス精神の表れか、それともすでに出来上がってるストックがあったのか。


パンズに挟まった薄いハンバーグに、トマトやピクルス。これが世界一うまいと言い出す人間の舌はどうかしているが、これを不味いと言える人間の舌もそれはそれでおかしいだろう。


仕事終わりにたまによるこの店も多くの企業の例に漏れず、経営者達の様々な不正や欺瞞と、それによる恩恵を良しとする消費者によって作り出される地獄だ。


赤や黄をふんだんに使った内装の装飾は華やかで、小さな子供達もよく見かける。子供達は一様に店の端に備え付けられたカラーボールで満たされたアスレチックでの遊びに興じることができる。


この店は安上がりな人間のために備え付けられた、彼女の根床のようなものだ。


誰からでも受け取れるちっぽけな幸福を受け取れる。ここで働く人間のプライドや尊厳を二束三文の値段で僕らの幸福にしているのだ。


 再び車を走らせ、いつもより寄り道分20分遅れの帰宅。帰宅時間が遅れても不満を漏らしはしないが、水やりは全く忘れることなく、彼女はしっかりと自分をアピールする。


 指折りに間に合うように手早くじょうろに水をため、プランターの前に立つ。


彼女への水やり気まぐれに食べるこの味と同じ価値なのだろうか。彼女は初めて会った時からなにも変わらず、無言で今日も水を浴びていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る