残り4秒

水をやるという行為はもちろん育てる品種や土の乾き具合によっても違う物の、8秒も一つのプランターにかけるというのは比較的稀なことに思う。しかし、彼女は水やりの時間はきっかり8秒を要求するのだ。


 勢いがつきすぎても、ゆっくり過ぎてもだめで、何の変哲もないじょうろをいっぱいにして、8秒で空になるペースの水でないと、不貞腐れたような顔をして抗議するようにやはり鈴のような音をどこからか鳴らす。


 彼女の表情を眺めながら、右へ左へじょうろを動かす。プランターの外にこぼれないように注意を払いつつ、彼女の根床を潤していく。


 最近はそんなことは全くなくなったが、仕事を始めたときからいつの間にか住み着いたこの不思議な生き物は最初のころは不満の音ばかり鳴らしていた。


 僕はどうだろう。彼女に水をやることに慣れていきながら、でも僕は変わったりしたのだろうか。


 彼女との8秒のコミュニケーションはここ数年ある意味一番の楽しみではある。しかし、彼女は水がやれるならだれでもいいのだ。僕は時間を少しかけて8秒の水やりが少しだけ上達し、それが彼女の納得できるレベルであるにすぎない。


 他にうまい水やりができる人、それこそ農家でも出てくればあっさり僕から鞍替えするだろう。


それこそ、もっといい待遇の会社が僕を採用してくれるならあっさり今の仕事を僕が捨てるように。もっとも、そんな「できる」会社が僕を採用することなどありえないのだが。


 彼女にとって僕は水をやって蔓や枯葉を処理するもの以上の価値はないのだ。人間でいうところの召使程度のものだろう。


 僕には何もなかった。くだらない仕事になんとかついて行ける程度の最低限の協調性と、人並みに健康な体程度のもので、人に誇れるような物なんてどこにもないのだ。


彼女の音を聞きながら空っぽのじょうろを片手にボーっと時間を浪費していた。


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