ポメラニアン探し

尾八原ジュージ

ポメラニアン探し

 わたしが住んでいる築四十年のアパートの近くに大きな川があって、そこを時折ポメラニアンが通り過ぎる。見た感じ流されているのだが、本犬は至って涼しい表情なので、そういうものなのだろうと思ってスルーしていた。実際適当なところから岸に上がっているようで、川上に向かってびしょ濡れのポメラニアンがてくてくと歩く姿を見かけたこともある。それがお肉のことでも考えていそうな上機嫌っぷりなので、やっぱり助けてあげなくてもよかったんだな、そういうものなんだなと納得していた。

 そんなポメラニアンを見かけなくなって一週間が経過した。こんなに見かけなかったことは一度もない。やっぱり何度も流されるうちに溺れてしまったのかもしれない。最後に見かけたとき、助けて家に連れ帰った方がよかったのかもしれない……まぁわたしに動物を飼うほどの経済的余裕はないので、いずれ譲渡先を探すなりせねばならないのだけど、とにかく水から出してやるべきだったのかもしれない。毛羽立った畳の上にひっくり返っていると、やることがなさすぎて悶々と考え事をしてしまう。精神衛生上よろしくないので、わたしは思い切って外に出ることにする。

 もう暗くなりかけているけど、思い立ったが吉日というし、明日になったら面倒になっているかもしれない。というわけでサンダルをつっかけて外に出た。ひさしぶりにこんなに能動的に動いた気がするなと思いながら、わたしはとりあえず川に向かった。

 太陽が遠くの山の端に沈んでいく。川は黒く光り、昼間と違う表情を見せる。なんの宛もないままわたしは川辺を歩く。川辺にたまに人間の指みたいなものが落ちているので、ついでに拾ってズボンのポケットに入れる。煮て食べるのだ。

 指は三本見つかったけれど、ポメラニアンは見つからない。やっぱり流されている最中に溺れてしまったのだろうか。流れに巻かれてくるくる回りながら川下に行く愛らしい丸顔を思い出すと、つい涙が流れそうになる。やっぱりあれ、助けてやるべき事案だったのではあるまいか。犬の声でも聞こえないかと思って耳を澄ましてみるが、せせらぎの他は何も聞こえなかった。

 一時間ほども川に沿って下っていくと、唐突に川辺が途切れて崖になったところに出た。崖っぷちに作られた手すりは錆だらけで、太いゴシック体で「早まるな!」と書かれている。川は滝になってどうどうと流れ落ち、霧のような細かい水滴がわたしの顔に飛んできた。もうあたりはすっかり暗くなっており、滝の落ちる先は真っ暗な穴としか見えない。

 もしもここから落ちたのなら、いくらポメラニアンの泳ぎが達者だったとしてもただでは済むまい。わたしは真相を知ったような気がして肩を落とし、アパートへと戻ることにした。わたしのサンダルがペタペタいうのに合わせるように、ばたばたと羽音が聞こえる。時間が時間だから蝙蝠だろうかと思って上空を見ると、何やら羽根の生えたものが飛んでいく。

 道路に点々と設置された街灯が、その姿を照らし出す。なんと、ふかふかした丸い胴体に巨大な羽根を生やして夜空を飛んでいくのは、あのポメラニアンではないか。

 ぽかんとした顔で見送ったわたしは、なにやら詐欺にあったような気分になる。ペタペタと歩いて一時間、とうとう我が家が近づいてくる。

 アパートに戻ったわたしはふと思い立ち、申し訳程度のベランダに出ると、河原で拾った指をそこに撒いておいた。あのポメラニアンはお肉のことを考えていそうな顔をしていたから、こういうものがあれば食べにくるかもしれない。そう思って部屋の中から見守っていたけれど蝙蝠ラニアンが来る兆しはなかった。いつの間にかわたしは寝落ちしてしまい、翼の生えたポメラニアンと晴れた河原を散歩する夢を見た。

 飛んでいったポメラニアンの行方はまだわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ポメラニアン探し 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ