第18話 名前が欲しいところだな

 猫っ子を拾ってから数日が経った。


「……」


 相変わらず俺のことを警戒しているのか、俺からは距離を取り続けている。


 ただし布団が気に入ったのか、ベッドの上からは動こうとしない。

 お陰で俺は毎日、毛布に包まって床で寝ていた。


 身体の方はすっかり元気になっている。

 もちろんここに閉じ込めるつもりなどないので、いつでも出ていけるようにと、しばらくドアを開けてみた。


 だが恐る恐る玄関のところまで行ったところで、なぜか再びベッドの上に戻ってしまったのだ。


「外が怖いのか?」

「……」

「喋れないのか」

「……しゃべる、できる」


 どうやら簡単な言葉を話すことはできるようだ。

 しかし一体なぜ俺の部屋の前に倒れていたのか、詳しく聞いてみてもよく分からなかった。


「親はいないのか?」

「お、や……?」

「ほら、お父さんとか、お母さんとか」

「……」


 そもそも親という言葉にピンときていない様子である。

 どこかから家出をしてきたというわけでもなさそうだ。


 追い出すわけにもいかず、かと言って、外に出ることができない俺は一緒に保護者を探すわけにもいかない。


 元の世界なら確実に犯罪だが、この世界では罪に問われることはないだろう。

 もちろんこんな子供に手を出す気などまったくない。


 しばらくは家に置いておいて、次にリュナさんが来たときにでも相談するとしよう。


 ていうか、ペットならありかもとは言ったが、まさか獣人の女の子を家に置くことになるとは思わなかった。


 俺と違って彼女には食べ物が必要だ。

 どうやら最初に食べたメロンパンが好物になってしまったらしく、お腹が空けば、


「めろん!」


 と必ず主張してくる。


「メロンパンもいいが、栄養が偏るからな。ほら、できたぞ。シチューだ」

「しちゅー?」

「熱いから気を付けて食べろよ」

「にゃっ!? ふしゃああああっ!」

「ほら、だから言ったろ。いや俺のせいじゃないから威嚇するなって」


 通販で取り寄せた食材を使い、料理を作ったのだ。

 肉に野菜に魚介に、最近の通販は何でも揃う。

 カセットコンロにフライパンや鍋があれば、だいたい何でも作ることができる。


「はぐはぐはぐっ」

「そんなに慌てて食わなくても、誰も取ったりしないって。おかわりもあるからゆっくり食べろよ」


 それにしても獣人の食性は俺たちと同じでいいのだろうか。

 そう思って、それとなく金ちゃんに訊いてみたが、どうやらほとんど一緒とのこと。


「獣人の食性を聞いてどうするのでござる?」

「た、単なる興味本位だよ」


 金ちゃんには怪しまれたが、何とか誤魔化した。

 ちなみに獣人はこの世界の人間の国でも珍しい存在ではないが、魔族と人の血が混じって生まれたらしく、そのため迫害されることも多いのだとか。


「うえ……」

「どうした? 何だ、ニンジンが苦手なのか。出したらダメだぞ。ちゃんと呑み込め。好き嫌いしてたら大きくなれないぞ」

「う~~」

「唸ってもダメだ」

「………べぇっ」

「うわっ、ベッドの上に吐き出しやがった! そんなことしたらもうメロンパンやらないぞ」

「っ!?」

「そんな裏切られたような目で見るなよ」


 排泄については、やはりユニークスキル「ゴミ捨て」が役立った。

 テントの中に便器を設置し、そこに使い捨てのトイレシートを敷いておけば、用を足した後にシートごと消してやるだけで済む。


「それはそうと、名前が欲しいところだな。いつまでも猫っ子と呼ぶのもどうかと思うし」

「なまえ……?」


 名前を訊いても首を傾げるだけなので、勝手に付けることにした。


「そうだな……赤い猫か……レッドキャット……レッドにゃんこ……れーにゃん……レーニャ……よし、レーニャとかはどうだ?」

「れーにゃ?」

「あんまりしっくり来てないみたいだな……。ま、そのうち慣れてくるだろう」


 というわけで、猫っ子のことはレーニャと呼ぶことにしたのだった。

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