第17話 いつまでお尻を見てるんだ
「ん? 何だこれ……?」
濡れた服を脱がして、通販で買ったバスタオルで身体を拭いてやろうとしたところで、俺はそれに気が付いた。
女の子のお尻から、尻尾のようなものが生えていたのだ。
「いや、尻尾のようなものっていうか、完全に尻尾じゃねぇか……」
可愛らしい割れ目の上の辺りから、猫っぽい尻尾が伸びている。
最初は猫のコスプレのようにくっ付けているだけかと思ったが、お尻と完全に繋がっていて外すことはできそうになかった。
「って、いつまでお尻を見てるんだ、俺は」
もちろん俺には幼い女の子の裸を見て興奮するような性癖はない。
ないったらない。
慌てて子供サイズの服を着せると、充電済みの発電機に繋いだドライヤーを使って、雨で濡れた髪の毛を乾かす。
「それにしてもこの真っ赤な髪、さすが異世界だな」
女の子の髪は自然な赤色をしていた。
カラーリングしたそれとは違う、明らかに地毛だ。
そして頭には三角形の耳が生えていた。
「獣耳……この尻尾といい、この子、獣人なのか……それも見た感じ、猫系かな?」
そうして俺が使っているベッドの上に寝かせてやった。
俺は寒さ耐性スキルがあるからいいが、恐らくこの部屋は寒いだろう。
そこでヒーターを購入し、部屋の中を暖めることにした。
「確か子供用の冷却シートとか売ってたよな」
通販で購入し、頭に張り付けてやる。
家に上げたときは苦しそうに顔を歪めていた女の子だが、少し表情がマシになった気がした。
規則正しい寝息が聞こえてくる。
「しっかり寝て、元気になってくれればいいんだけどな」
翌朝、目を覚ました俺は、床に敷いた毛布の上で寝ていた。
「あれ? 何でこんなところに? ベッドは……ああ、そうか」
昨晩のことを思い出す。
ベッドは猫耳の女の子が占領していた。
「うん、だいぶ楽そうになったな」
顔を覗き込んでみると、昨日と打って変わって安らかに眠っていた。
額に張り付けたシートを剥がし、熱を確かめてみるが、少し温かいくらいだ。
と、そのとき。
「……ん」
猫っ子が小さく声を漏らしたかと思うと、瞼がゆっくりと開いた。
おお、目が赤い。
ファンタジーでしか見たことのない、ルビーのような美しい瞳だった。
しばらく焦点が合っていないようだったが、やがてその綺麗な目と、俺の目が合う。
「~~~~っ!」
突然、ベッドの上で跳ね起きた。
まさに猫のような俊敏さで俺から距離を取ると、これまた猫のように両手足を付いた状態で唸り声を上げた。
「ふしゃあああああっ!」
八重歯を剥き出しにし、威嚇する猫そのものだ。
「お、落ち着いてくれ。俺は君に危害を加えるつもりはない。むしろ昨日の夜、家のドアの前で倒れていたから助けてあげたんだよ」
「……」
そもそも言葉が通じているのかは定かではないが、警戒したままこちらを睨みつけている。
「ええと……お腹空いてるだろ? ほら、パンだ。食べていいぞ」
俺はそう言って、ベッドの端っこに通販で買ったメロンパンを、袋を開けてから置いた。
そのままゆっくりと後ろへ下がっていく。
キャットフードと迷ったものの、人の要素の方が強いと思うのでパンにしてみたのだが、果たして……。
猫っ子はしばらく動かなかったが、メロンパンの美味しい匂いが香ったのか、口の端からつーっと透明な液体が垂れ、毛布の上に落ちた。
涎だ。
「我慢しなくていいぞ」
「……」
今度は、くぅ……とお腹の辺りから可愛らしい音が鳴る。
どうやらかなりお腹が空いているらしい。
「……」
猫っ子は相変わらず無言のまま、俺とメロンパンの間で視線を何度も行き来させている。
食べたくて堪らないが、危険かもしれない。
心が激しく揺れているのだろう。
俺は新しいメロンパンを買うと、見せつけるように食べ始める。
「あー、ほんと美味しいなぁ、このパン」
「っ……」
何とも羨ましそうな目で俺を凝視してくる猫っ子。
涎がもはや雨漏りのようにぽたぽたと毛布を濡らしていく。
「食べないなら、俺がもう一個、食べちゃおうかなぁ」
「~~っ!」
次の瞬間、猫っ子が凄まじい速さで動いたかと思うと、メロンパンを掴み取り、バックステップで元の位置へ。
そしてついにメロンパンに齧りついた。
「~~~~~~~~~~~~~っ!?」
よっぽど美味かったのか、その赤い目が大きく見開かれたのだった。
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