ラーク PERFECT DAYS
「シアター」は、木造の家の形をしている。
ぱっと見、テントのようにも見えるが、材質は至って普通の木と粘土で、大きな石を積んだようなハリボテの石壁がまた、可愛らしさを演出している。
中に入ると、上映中だった。
客が出てくるまで待とうと思って、ロビーで煙草を吸っていると、オリバーがやって来た。オリバーはここの管理人で、優れたアニメーターでもある。
「描いてみる?」
そして、事あるごとに「絵を描いてみないか」と持ちかけてくる。今もそうだ。彼は毎度、白い紙の束と鉛筆を持って、にこにことこちらへ差し出す。自分の愛するものは、他人にとっても愛する価値がある。そう信じて疑わないタイプだ。
そしてこのタイプには逆らうだけ時間の無駄なので、ぱぱっと描いた。といっても、結構暇だったので、何だかんだで大作になった。
「できた」
「見せて!」
俺は紙を揃え、アニメに見えるように、端を掴んでパラパラとやってみせた。やってみせながら、渋々、ナレーションをした。
「昔々あるところに、ひどい喘息持ちの兄弟がいました。ある日、二人は国境の森に迷い込み、帰れなくなってしまいました。霧深い森はもともと先住民たちの住処で、二人は多くの亡霊に追いかけられましたが、最後にはなんとか家に帰ってくることができました。ついでに心が強くなり、喘息も治りましたとさ」
ちゃんちゃんと紙の束を閉じると、オリバーはパチパチと手を叩いた。
「やっぱりきみは絵が上手だね! 動きも滑らかだし、よく計算されてる。ストーリーも良い」
「やー、プロに言われると嬉しいね」
「ここで働かない? ニコラスはいいアニメーターになれるよ!」
オリバーはいつもこう言う。たぶん誰にでもこう言っている。俺は適当に笑って、それをかわす。
カートゥーンを見終えて出てきた客に、ひとしきりキャラメル煙草を振る舞った後、顔見知りのアニメーターに会ったので、帰る前に声をかけた。
「お疲れさま。なんか繁盛だね」
客足の多さを見てそう言うと、アニメーターはクマの深い目をこすりながら、くしゃっとはにかんだ。
「ああ、まあね。ほら、近頃雨が降らないから。ま、僕なんかは、そろそろ降ってもいい頃合いとは思うけど、そんな悠長なこと言ってられない人もいるからね」
「それで偉大なるラッキースージーに願掛けか」
「そういうこと」
ラッキースージーは、このシアターで取り扱っているアニメの主人公だった。人気者だ。わかりやすく。詳しい説明は不要だろう。「人気である」。その事実以上に重要なことなど、この遊興と娯楽の場において、何もありはしないのだ。
「ま、すぐスクリーンが煙で汚れるから、交換が大変だって聞くけどね」
「嬉しい悲鳴ってやつか?」
「そうだといいけど」
そんな会話をして、俺はシアターを出た。
持ち場に戻る途中で、ピーター氏にまた会った。そのまま帰って構わないと言われたが、俺はやんわりと首を振った。
「自分はまた、掃除をしてから帰りますので」
ピーター氏が感心した顔で歩き去ったのを見送って、俺はいつもの場所へ行き、掃除用具を手に取った。
デッキブラシが黒い灰を引きずって、大きな絵筆のようにタイルに太線を引く。
この国において吸い殻は神聖なものとして扱われるが、やはり程度の問題だ。供物のフルーツのように、毎日入れ替えなければ、傷み、澱み、ご利益も薄れる。だから、こうして掃き掃除が欠かせない。
[まだ生の空気を吸ってるの?]
広告の声が聞こえる。生の空気はダサく、汚く、遅れている。それはジャングルの生水を飲むようなものである。自然呼吸なんて、それこそ川の水をがぶ飲みする猿と同じ、原始的行為なのである——概ねそんな内容のコマーシャルだ。ここに勤めていれば、三日で暗唱できるようになる。
何もかも上手くいっている。
口笛を吹き、ブラシを動かしながら、俺は自分にそう言い聞かせた。紫煙で周りがよく見えなかろうが、短気な客が観覧車の窓を叩き壊そうが、何を気に病む必要があろう。我々には煙草がある。元々見るに値しない世界が、もう少しばかり曇ったからって、俺には一向に問題がない。
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