第13話 あの子との距離を近づける ー 小野里拓真

 その日、俺は朝四時半に起きた。朝六時半に学校の中庭で待ち合わせしてる。

 でも、六時には学校の中庭に着いてしまった。寺本聖はまだ来ていない。

 当然だ。集合時間までまだ三十分もあるんだから。と思っていたら十五分過ぎた時に寺本聖がやってきた。

「遅れました。すみません先輩」

 寺本聖は俺に謝る。いやいや遅れてないから。まだ約束の時間の十五分も前だから。

「まだ集合時間前だよ」

 そう言うとほっとした顔をする。

「じゃあ、さっそくやっちゃいますか。ホース出しといたから、せいは水栓の開け閉めとホースのリールを持ってついて来てくれる?」

 言ってから『しまった』と思った。聖と呼び捨てにしてしまった。

 さすがにまだ下の名前を呼び捨てにするには早過ぎる。と思ったら。

「はい」

 寺本聖はそう言うと水道の蛇口のところに急いで向かいスタンバイした。

 あれ? 気付いてない? 気付いてないの? じゃぁ、このままいけるかな?

「聖、水出して」

 もう一度、今度は意識して呼び捨てにしてみる。

「あっ、はい。今出します」

 やっぱり大丈夫そうだ。このままなし崩し的に『聖』と呼び捨てで呼んでしまおう。

 聖が水道の栓を回すとホースの先端からシャワーが出てくる。

「聖、もっと出せる?」

「出せます。出しますよ」

「頼む」

 水の勢いが増す。

「リールをこっちに持って来て」

「今行きます」


 ようやく朝の水やりが終わる。思いのほか時間も掛かったな。

「腹減ったなぁ。パンでも買ってくるか」

 学校の正門前に文房具やら菓子を売ってる店がある。そこで菓子パンでも買ってきて朝飯にでもしようかと考えていた。ところが。

「おにぎりでよければ食べますか? 私、朝ごはん用におにぎりを握ってきたので」

 何だって? 朝ごはん用におにぎりを握ってきただって? 不意打ち過ぎるぞ、寺本聖。

「それ聖が握って来たの?」

「そうですよ」

 それは是非とも食べてみたい。

「僕の分もあるの?」

 恐る恐る聞いてみる。

「二個作ってきましたから一個ずつでよければ。一個が結構大きめなので小さいおにぎりの二個分くらいあります」

 それは確かに大きそうだ。

「十分だよ」

「じゃあ教室に置いてあるので取ってきますね」

「そこのベンチで待ってるよ」


 俺はいつもランチに使っているベンチに腰を下ろす。

 聖が急いで校舎へ戻って行く。

 まさか聖の作ったおにぎりが食べられるなんて思ってもみなかった。

 ん? もしかして女の子の手作りご飯を食べるのって生まれて初めてなんじゃないか、俺。

 ここはどんな飯が出てきたとしても褒めておくのが状況的に正しいよな。よし。

 聖が包みを持って走って来る。

「お待たせしました」

 聖が俺からちょっと離れてベンチに座りおにぎりの入った包みをその間に置く。

 包みを開くと大き目のおにぎりが二個。確かに一個が結構大きい。

「小野里先輩。好き嫌いはありますか?」

 俺は好き嫌いは基本的には無い。

「いや、ないよ」

「どっちも中身の具は同じです。どうぞお好きな方を」

 それでも中身の具が気になる。

「中身って何が入ってるの?」

「好き嫌いがないのでしたら食べてみてのお楽しみで。おにぎりに入りそうな具ですから。奇抜な物は入っていません」

 言わない気だな。奇抜な物は入っていないと言ってたし、それなら食べるのみ。

「じゃあ、いただきます」

 俺は決心しておにぎりを一個取って口に運ぶ。

 一口かじってみる。まだ具は分からない。もう一回、二回口を動かし噛んでみる。

「どうですか?」

 ん? 何だこの具は? 昆布? マヨネーズ? ツナか?

 かじったところを眺める。

「これ色んな具が入ってる」

「正解です。梅、昆布、ツナ、鮭の四つの具が入ってます」

 凄い。四つの具を一個のおにぎりに詰めこんだんだ。一度で四個分の美味しさが味わえる。

 しかも旨い。

「聖、これ美味いぞ」

「ありがとうございます。お口にあってよかったです」

 いや、これはマジで旨い。こんなおにぎりがコンビニにあったら売れるんじゃないか。

 聖も食べ始めている。二人で一緒におにぎりを頬張る。

 よく分からないけど一体感。

 いやぁ、旨かった。あっという間に食べ終わった。

「ご馳走様でした。こんなに美味いおにぎり食べたのは初めてだよ」 

「そんなに褒められると照れちゃいます」

 一応は聞いておこう。

「もしかして聖って料理が得意だったりする?」

「得意か不得意かと言われれば得意です。一応プロの料理人仕込みなので」

 プロの料理人? 意外な答えが返って来た。

「プロの料理人?」

「ウチって食堂をやってるんです。大衆食堂です。だから小さい頃から家の手伝いをして覚えました」

 そうか。家が食堂で手伝いをして覚えたのか。そりゃ旨いはずだ。

「聖も料理を作るの?」

「従業員さんが足りない時には普通にキッチンに入ってます」

 それってマジなやつだ。カップケーキ焼きましたって言ってるレベルじゃない。

「聖、凄いじゃん」

「家業ですから」

「聖のウチの店の料理でオススメは?」

 作り手側のお勧めを聞いてみたい。

「私的にはオムライスです」

 へぇ。オムライスね。覚えておこうっと。

「で、お店はどこにあるの?」

「西窪川駅前商店街です。寺本食堂って言う名前でやってます。大衆食堂ですよ」

「へぇ、憶えておこっと」

 しっかりと覚えたよ。これで聖の自宅も分かった。

 でも、そろそろ片付けをする時間だ。

「じゃぁ、お昼休みが始まったらすぐに集合で水やりの後にここでランチをご一緒にするのでよいですか?」

「うん、それでいい。そうしよう」

「ではお昼休みにまた。お先に失礼します」


 今日からランチも聖と一緒だ。

 それに『聖』と下の名前呼びもバレずになし崩し的に済ませたし、この時間だけで聖と随分と近くなれた気がする。


===

明日から第二章が終わるまで昼と夜の一日に二話公開を予定しています。

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