第9話 まさかの水やりペア ー 寺本聖
「この子にするよ」
ん? 皆さん何してるのですか? 周りを見ると皆んな私の方を見ています。
否、睨んでる子もいます。睨まれると心が折れるので止めて欲しいです。
えっ、何があったんですか? 御免なさい違う世界に旅立っていました。
「誰も選べないよ。だから手を挙げていないこの子とペアを組んで火金を担当することにするよ」
小野里先輩が私の左右の肩を両手で掴みグイッと引き寄せて先輩の前に立たせます。
ヒィィィ。せ、先輩が、小野里先輩が私の肩をつ、掴んでます。先天性男性免疫機能不全症の私には刺激が強過ぎます。
――その子とですか? 小野里先輩がそう言うなら仕方ないわね。何よあの子。でも、なんか暗そうだし害はなさそうね
何かディスられているようですけど緊張でどうでもいいとさえ思えちゃいます。
「僕らは火金でいいか? えーと、名前は……寺本さんでいいのかな?」
せ、先輩が、小野里先輩が私の名札を見て名前を口にしました。倒れそうです。
「は、はい。て、寺本
「寺本さん、面白い自己紹介だね。でも、お陰で名前をしっかりと覚えたよ。寺本聖。うん。僕は小野里拓真。三年生。宜しくね」
小野里先輩が私の名前を覚えたと今言いました。す、凄いことです。今夜はいつもより甘めのココアで祝杯ですね。
ひとり悦に浸っていたら小野里先輩が私に右手を出してきました。
せ、先輩、これは握手をしようっていう理解でいいんですね? 私には他の選択肢が思い付きませんよ。
私は恐る恐る右手を差し出します。すると先輩は私の右手を強く握り返してくれました。
もうダメ。十五年七ヶ月生きてきて最高の瞬間です。もしかして今が私の人生のピークでここから先は下り坂しかないなんてことはないですよね? それは嫌です。もう少しだけ上の世界を見させて下さい。
「こ、こちらこそ宜しくお願いします」
でも、何を宜しくされたんでしょうか?
「あの? 小野里先輩。つかぬことをお伺いしますが、何をするんでしょうか?」
「僕と寺本さんの二人で火曜日と金曜日の週二回、朝昼晩の三回、中庭花壇の水やりをするから。その日は朝早く来てもらうよ」
「小野里先輩と私がふ、二人で、ですか?」
「そう。二人でだね。二人で水やりするのは嫌かい?」
ぶるぶるぶる。頭を左右に振って嫌でないことを伝えます。
「滅相もありません。朝、早起きしてきます。昼の水やりはどうすればよいのでしょうか?」
「昼休みになったら先に水やりやって、終わったら中庭で一緒に昼飯でも食おうぜ」
こくんこくんこくん。三度頭を上下に振ります。
中庭で先輩と一緒にランチですよ! これは夢ではないでしょうか? ドッキリじゃないですよね?
「夕方は放課後だね。四時過ぎくらいから始めるかな。それまでは図書室で勉強でもしてるか」
「いいですね。じゃあ私も図書室で勉強することにしようかなぁ」
そうすれば家で勉強する時間を減らせる良い案かも? と相槌程度で言ったのですが。
「じゃあ一緒に勉強する? 時間になったら一緒に中庭に行けばいいから待ち合わせもしなくて済むし。時間も無駄にならないし。放課後は図書室集合で水やりの時間まで一緒に勉強して水やりして帰る。どう?」
先輩! そんなの断る
「宜しくお願いします。火金の放課後は図書室集合ですね」
こう言うのが今の私には精一杯です。もう限界です。だって、だって私、男子の知識も経験も免疫もゼロの丸腰女なんですから。
「うん」
その日から火曜日と金曜日は私にとっては天国の曜日となることが決定しました。
私が小野里先輩と二人で中庭花壇の水やりをすることになったという情報はあっという間に学校中の女子に知れ渡ることになりました。
女子のネットワークの末端にぶら下ってる私にさえ翌日の朝には伝わってきましたから。
もっとも私に伝わって来たのは『素朴そうな振りして割と上手くやったんじゃないの』とか『地味なのを清楚ってすり替えて売り込んだのよ』という私の悪い評判でしたけど。
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