第20話 手渡され・・・

〈アルチュンドリャさんたちは何の用があってぼくを呼び出したのだろう?〉

 気にもなるけれど、ぴっちぃは、それはそれとして、こんなふうにアルチュンドリャとフォーチュンドリャの霊魂と向かい合ってぼそぼそと語り合うのを、なぜか心地よいと感じている。ふたりの人柄のせいだろうか? それとも・・・

〈虚体と幽霊って相性がいいのかもしれない〉

 妙なところで波長が合っているような心地よさだ。



「ネプチュン様がね、かっぱっぱちゃんとぺんちゃんのことを教えてくれたんだよ」

「えっ!」

 ぴっちぃの心臓(?)が跳ねた。

「ソーラーシステム大御神様を酔っ払わせて聞き出したらしい」

「・・・・・」

「大丈夫。ビイル薔薇精油じゃないよ。神様たちには常に酒が供えられているからね」

「御神酒はお下がりを人間が飲むものだと思ってました。神様方も本当に召し上がるんですね?」

「そう。だからほとんどの神様はアル中だ」

「・・・・・」

 深く考えるのはよそう。


「ドーレマさんが遡及の夢見のまじないをかけてくれて、かれらの実体が人形供養に出されたことはわかりました。それ以外になにか情報があるのでしょうか?」

「冥途のガイドちゃんの導きで、かっぱっぱちゃんとぺんちゃんの魂は無事にあの世へ到着して、もーにちゃんと再会した。ご主人さまたちのほかのぬいぐるみたちも一緒に、もーにちゃんは抱き包んで喜んでいた。じじさまやばばさまの魂とも〈はじめまして〉のご挨拶をして、賑やかなあの世ライフが始まった・・・って、ネプチュン様は聞いたそうだ」


 アルチュンドリャの言葉を頭の中でなぞり、かみしめて、ぴっちぃは大きく、ゆっくりと、頷いた。

「うん」

 それでいい。よかった。永遠に成仏(?)できないかもしれない己の身の上は置いといて、かっぱっぱとぺん、あの家のぬいぐるみたちの冥福(?)を嬉しく思う。


「実体のほうはお星さまになるんだよ」

「えっ?」

 命のないぬいぐるみなのに?

「そう。ご主人さまたちから息を吹きかけられて、実体に魂が宿り、丁寧にお焚き上げされたから、かれらは宇宙の塵になって渦を巻き、やがてひとつの小さな星になるんだ。祝福されたぬいぐみ人生の最上級の終わり方だね」

「よかったね、ぴっちぃちゃん。かっぱっぱちゃんとぺんちゃんは、きみに叱られたなんて思っていないよ。それに、もしお別れの挨拶ができていたら、むしろそっちのほうが辛かったかもしれないものね。きみが愛する仲間たちの魂が、いまはあの世から、きみの魂の幸せを祈っているんだよ」

 アルチュンドリャとフォーチュンドリャは、ぴっちぃの頭をいい子いい子する。別々の世界の者どうし、触れあってもすり抜けてしまうかと思いきや、ちゃんと触れている。その優しさがぴっちぃに伝わってくる。



「ひとつ、頼まれてほしいことがあるんだ、ぴっちぃちゃん」

「はい。何なりと」

 かっぱっぱとぺんの冥福を見届けることができたぴっちぃは、凪いだ静かな心地で、アルチュンドリャの優しい眼差しを見上げる。

「12年前、グリンがグラナテスの種を蒔いたところがこの墓の正面だ。拡がりつつあるグラナテスの花のうち、真ん中にあるやつの根元を掘ってほしい」

 ぴっちいは言われるまま、指示されたポイントの株の根元を素手で掘ってみた。

 浅く掘った穴の底に、土の粒子とは明らかに異なる石ころがいくつかゴロゴロしている。


 アルチュンドリャはその中の一つを取り上げ、ぴっちぃの手のひら(?)に載せた。ネプチュン鳥島には存在しない、深い黄色のシトリン水晶だ。

「ドーレマさんのご両親の思いをネプチュン様が託されたものだ。ネプチュン様は、V茄子ヴィーナス様から預かったそうだよ」

「V茄子さま・・・」

 ぴっちぃの胸に、またひとつ懐かしい思い出が蘇る。V茄子ブリッジのアベク峠に鎮座ましまし、世界中のカップルの運命を采配する女神様だ。ぴっちぃたちは30年前の旅でV茄子様と出会い、パパとママの中途半端だった愛の誓いの鍵を掛け直した。

 本人は〈愛と美の女神〉と自称してたけど、なんか大雑把そうな陽気なおばさんだった。V茄子様は、ぴっちぃの感覚では〈V茄子さま〉と、敬称の部分がひらがななのだ。

「V茄子さまは、ドーレマさんのご両親と関係があるのですか?」


 愛の女神V茄子様→海の神ネプチュン様→幽霊のアルチュンドリャたち、と、又聞きの又聞きゆえ、正確に伝わったかどうかはわからない。でも、これだけはわかった。何らかのやむを得ない事情を抱えたドーレマの両親は、生まれた赤ん坊を、墓守のおじいさんに託した。なんとしても生き延びて欲しいと願い、墓地に置き去りにした。捨てたのではない。生かしたのだ。

 パトスじいちゃんがドーレマを『墓に落ちとった』と言っていたのはある意味正しかったのだ。いらなくて『棄てられていた』わけではないのだから。

 どんなに悲しく辛い人生を、ドーレマの両親は生きていたのだろう? ドーレマ本人はそんなことを考える余裕もほとんどなく、日々の生活に勤しんできた。しかし、パトスじいちゃんにはいくらかでも想像できていたのかもしれない。パトスのことだから、

『このちっこい命をお預かりしますよ。あなたたちがこの子を迎えに来たアカツキにはちゃんとお返ししましょう。その時どんなふうに育ってるかは、わしゃ知らんが・・・』

 ってな調子で、ドーレマを置いて行った人たちを思いブツブツ言ってたのかな?

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