第18話 遡及の夢見のまじない

 はぐれてしまったかっぱとぺん。ぴっちぃはいま後悔しかない。家で仲間たちとせっかく平和に暮らしていたのに、ふたりを〈復路〉はないかもしれない旅へ連れ出してしまったこと。実体が無事に処分されているのだとしても、ご主人さまにさよならも言えなかったのだ。それから、あの満天の星の下ではしゃぐふたりに、叱るような言葉をかけてしまったこと。それがかれらと交わす最後の言葉になってしまったこと。



「遡及の夢見のまじないをかけましょう」

 

 昼間はフュリスや社内保育所の子どもたちと楽しく遊び、ぬいぐるみ冥利に尽きる日々を送っているぴっちぃだけれど、仲間とあんなはぐれ方をした辛さは日に日に増してくる。そんなぴっちぃの苦悩を察し、ドーレマとデューンは呪術を用いてぴっちぃに真実を見せてあげよう、と話し合っていた。


「かれらがぴっちぃちゃんの元から消えたときの場面を、夢で見せてあげるわ」



 ドーレマがぴっちぃを抱っこして頭をなでなでし〈遡及の夢見のまじない〉の呪文を唱える。デューンは、ウトウトおねむのフュリスを膝に抱き、トントンしながら見守る。


 ドーレマの腕のなかで眠りに落ちたぴっちぃは、夢をみた。



  ✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼



『静かにしろよ』

『あ、ごめんなさい、ぴっちぃちゃん』

 ぴっちぃのソフトなゲンコツ(ぬいぐるみだからね)がふたりの頭にぽん、ぽん。


 シュンとしたのはひとコマだけだった。ぴっちぃが先にテントへ入って10秒も経たぬうちにふたりはケロリと立ち直る。

 夜空…にしては明るい、手が届きそうなびっしりの星々を眺めながら、かっぱっぱとぺんは語り合う。

『ねぇ、ぺん。ネプチュン鳥さんたちとオニごっこしたの、覚えてる? あの子たち、半透明なのに、さわれたよね。それって不思議だと思わない?』

『そういえばそうだね。考えてみたことなかったな。いま思えば彼らはフィジカル(物質的・肉体的physical)を超えた(metaphysical)存在だったんだね』

『ぺんもオトナになったね。そんな形而上学的なことを言うなんて』

『ふふっ。ぴっちぃちゃんの影響かな?』

 それからふたりは、ネプチュン鳥語のフレーズをいくつか発音してみる。星々はあんなにも賑やかにびっしりと空を埋め尽くしているのに、この広々とした地上は、風のそよぐ音を除いてほぼ無音だ。ふたりの発する声は、無限とも思える空間へ吸い込まれていきそうだ。それでもついヒソヒソ声になってしまうのは、テントの中のぴっちぃちゃんを静かに寝かせてあげたいから。ささやき合うように、かっぱっぱとぺんはネプチュン鳥語会話の練習をしばらく続けた。


『ぼくたちもそろそろ寝よっか』


 寝袋のなかのぴっちぃに両側からぴたりと寄り添い、ぴっちぃの寝息(虚体だけど)に安心すると、かっぱっぱもぺんもすぐに寝入った。



『はぁ~やれやれ。追いついたぁ~』

 なんか怪しい奴がテントに入ってきた。濃紺地のふわふわドレスに白いひらひらエプロン。頭には白いレースリボンのカチューシャ・・・

 メイドさんの衣装だ。

 いいとこのお屋敷の上品なメイドさんというより、メイドカフェのアルバイトスタッフっぽい軽快な感じのおねぇちゃん。衣装はつまり、コスプレなのだろう。

『ぺんちゃん、かっぱっぱちゃん、どえらい遠くまで来ちゃってたのね。は~しんど』

 おねぇちゃんは火照った顔を羽根つき扇子でパタパタあおぎ、ちょいとキツそうな襟ぐりをつまんで胸へもパタパタと風を送り、水筒の麦茶をぐびりと飲んで水分補給した。

『はぁ~あつ~~』

 そんな恰好してるから暑いのでは・・・? すぐに目を覚ましたかっぱっぱとぺんは半ばあきれておねぇちゃんの不審な挙動を見つめる。


『え・・っと・・キミは・・・だれ?』

『メイドのガイド』

 メイドなのは言われなくてもわかる。

『ガイドちゃん? なんか強そうな名まえだね』

『あ、個人名じゃないから。ガイドは職務よ』

『ふんふん。ガイドさんなんだね。バスガイドさんじゃなくてメイドさんのコスプレなのは、シュミ?』

『私のシュミじゃないわ。私はもっと軽くて動きやすいスポーティーなのがいいんだけどね、上司のぬいぐるみ担当課長が勝手に制服を発注しちゃってさ。オタクシュミなのね』

『でも似合ってるよ』

『あら、ありがとう・・・っと、そうじゃなくって、かっぱっぱちゃん、ぺんちゃん、ゴシュジンしゃまたちをお迎えにあがりましてごじゃりますのよ』

『慣れない敬語使わなくていいよ。お迎え、ってどゆこと?』

『お二人をあの世へお連れするのです』

『へ?』


 要するに、かっぱっぱとぺんは、ついに実体が正しく処理されたらしいのだ。あの家の人たちのことだから、可燃ゴミじゃなくて、どこかの神社かお寺の人形供養に出してくれたのだろう。いや、自治体のゴミ収集でも人形供養でも、どちらでも正しい処理方法なのだ。だから魂がめでたくあの世へ送られる。ふたりの魂が虚体を形成して旅をしていたから、ガイドちゃんが探して迎えに来てくれたというわけだ。

 よく見るとガイドちゃんの頭のカチューシャのレースは三角形だ。Maidのガイドじゃなくて、冥途へのガイドのガイドちゃんなんだね。

 語学に堪能なぺんはアタマのなかで〈MaidのGuide〉と変換していたが、半分だけ合っていた。言語混成だしコスプレだし、紛らわしいミキシングだ。


『ぴっちぃちゃ・・・』

 ふたりがぴっちぃの寝姿の虚体に目をやりかけると、ガイドちゃんは〈あっ!〉というような顔で、機敏に指をぷんっと弾いて呪文を投げた。

 次の瞬間、ふたりの意識からぴっちぃの記憶が消えた。ぴっちぃの存在がかれらのぬいぐるみ人生の初めからなかったみたいに、目の前にいるぴっちぃをふたりの魂は認識しなくなった。

『さ、行きましょう』

 呪文の持続時間はわずかなのだろう、ガイドちゃんはかっぱっぱとぺんの間に立ち、ふたりの虚体の手をひいてお迎えの車にいそいそと乗り込んだ。幼稚園の送迎バスみたいな可愛いラッピングバスだ。やっぱりガイドちゃんはバスガイドさんでもあったのだ。行先はあの世。片道のみ。


『ガイドちゃんって出るところがぼんっ、て感じでグラマーだね。セクハラとかされたことある?』

 いや、かっぱっぱ、あなたのその発言がセクハラ。かつては無邪気だったぬいぐるみの魂もすっかりおっさんになってしまったものだ。

『お尻や胸を触ろうとするオヤジなぬいぐるみとかもいたわね』

 ちょっとギクリとするかっぱっぱ・・・

〈手を触れなくてセーフだった・・・〉

『でもそんなやつ、腕をひねって投げ飛ばすわ。トドメの得意技は閂固かんぬきがため。おイタをしようとする手にはよく効くのよ』

『つ、つよいんだね、ガイドちゃん・・・』

『少林寺拳法四段』

『ひえ~っ!』

『だから、夜道で襲うと危ないですよ』

 どっちが・・・



  ✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼



 遡及の夢見はここまでだった。


 あのガイドちゃんが信用できるやつかどうか知るすべはないが、たぶん大丈夫だろう。最後にちらっと見えた送迎バスのドライバーさんはまともな感じだったから。


 ドーレマがもう一つ呪術を用いてソーラーシステム大御神様に問い合わせて確認したところ、かっぱっぱとぺんは、やはり正しく実体処理がなされ、丁寧に供養されているとのことだ。

 その事実もぴっちぃは夢で伝えられ、そのまま朝まで眠り続けた。



「かっぱっぱ、ぺん、あの夜がお別れのときだったんだね。挨拶もできなかったけど、そのほうがよかった。だって・・・」

 お別れとわかってお別れするのは悲しいもん。

「きっと、無事にあの世へ送ってもらってるよね? でも・・・」

 実体のほうは最後の時に、ご主人さまたちから〈ありがとうバイバイ〉の儀式をしてもらったはずだが、魂のほうは旅に出ていた。虚体に載せていた彼らの魂は、ご主人さまたちにも、自らの実体にも、別れを告げることも叶わず、親しい者の記憶を一時的にせよ消されたまま、あの世へ行ってしまったのだ。


「それでもいい・・・んだよね? 概ね正しいぬいぐるみ人生の終わり方をしたんだから・・・」

 パーフェクトな方法じゃなかったとしても、ちゃんとあの世へ送られたのだ。人間でいえば成仏したというわけだ。



「ぼくのほうがキミたちからはぐれてしまったんだね」

 ぴっちぃの虚体がこのように健在(?)であるということは、実体は行方不明のまま、まだ発見も処分もされていないということだ。

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