第8話 事情とは
ぴっちぃがぬいぐるみ人生の集大成として(ゆえに最後の)この旅に出た、もうひとつの〈言い訳〉みたいなもの・・・
『フォーチュンドリャさんのお墓参りをしてくる』
目的地はここネプチュン鳥島で、現に到着し、お墓参りもできた。でも、ぴっちぃはひとりぼっちになってしまったのだ。
仲間のふたりとはぐれた旅のいきさつを、ホテルの部屋でぴっちぃはドーレマたちに語った。
ぴっちぃはお団子をふたつくっつけたような短い脚だけれど、心のなかでは正座しているに違いない。
「前の晩、ぼくが彼らをちょっと叱ったんです。叱るつもりはなかったのに、思いのほか強い口調になってしまって・・・。かっぱっぱとぺんは、『ごめんなさい』って・・・。それが可哀想で・・・それなのにぼくはフォローもせず、先に寝てしまって。気づいたらふたりがいなくなってた。方位磁石なしでは方角もわからないあんな大平原で、隠れるところもないのに、どんなに探しても見つからなかった」
遠い異国の、真夜中の大平原で仲間とはぐれるなんて、想像しただけで胸が圧し潰されそうで、ドーレマもデューンも涙がこみあげてくる。ぴっちぃも、どんなにか不安で怖くて悲しかったことだろう。
「ぼくが叱ったから、ぼくから離れて行ってしまったんだ・・・挨拶もなしに。最後の会話が『静かにしろ』『ごめん』だったなんて・・・」
虚体のぴっちぃが泣いた。ぴっちぃの背中を、慰めるようにドーレマが黙って撫でる。しばらくの間、ドーレマもデューンも言葉を発することができなかった。口を開けば目からも涙がこぼれそうだったから。
寝入ったフュリスの髪を撫で、ベッドにそーっと寝かせながら、デューンがぴっちぃに言う。
「そうじゃないと思うよ。ぴっちぃちゃんも、ほんとはわかってるんじゃないかな?」
「私も・・・たぶん実体のほうに何かあったのだと思うわ。かっぱっぱちゃんもぺんちゃんも、ぴっちぃちゃんから離れようとしたわけじゃないはずよ」
ドーレマは、〈叱った〉〈謝った〉ことと、かれらがいなくなったことは、因果関係からいえばむしろ逆なのではないかと思う。魂の奥深いところがお別れのときをわかっていて、言動のほうが無意識的に導かれたのではないか。いやそもそも因果関係による出来事ではないのだ。
ぴっちぃも、頭ではそう思う。おにいちゃんたちの部屋の段ボール箱が、処分されたのだろう。あの家の状況から考えれば、それが一番妥当な推測だ。〈捨てられた〉とは、言いたくない。切ないから。
それでもぴっちぃの心には、注意されてシュンとしちゃったふたりの姿が浮かんだままだ。叱るつもりはなかったけど、あのやりとりを振り返ってみれば、叱ったことになる。叱られた子たちは悲しいと感じたことだろう。叱った自分のほうは、あの子たちが可哀想で、哀しくて悲しいのだ。
あのとき、気持ちを切り替えて、自分もあの子たちと一緒に星空を仰ぎ、歌ったり踊ったりすればよかった。そしてわくわくしながらちょっぴりハイな気分で三人そろって寝袋へもぐり、
『もうすぐだね、明日は飛行機にうまいこと潜入しようね、ふふっ』
なんてヒソヒソ言いながら、いつの間にか眠って、朝がきて、三人そろって目を覚まして、平原の残りを歩き始めるんだ。
・・・・・。
巻き戻せない時間をこんなに悔しいと感じたことはなかった。
少しだけ眠って目を覚ましたフュリスがベッドの上を這ってきた。ぴっちぃを抱っこしようとするから、ぴっちぃのほうがフュリスの腕の中へ赴き、ハグをしてから、フュリスに抱かれたまま、またドーレマたちのほうへ向き直った。
ぴっちぃはそれから、ご主人さまたちの話や、みんなでイヤシノタマノカケラを探して集め回った昔の旅、アルチュンドリャとフォーチュンドリャのことなどを、ドーレマたちに語った。
実体が行方不明になったのはぴっちぃのせいではない。かれのご主人さま〈ママ〉が自分の持ち物をきちんと管理していなかったからだ。けれどぴっちぃは、魂だけになってもママの傍にいることを望んだ。Damin-Gutara-Syndrome に罹ってしまったママの魂を救うために、虚体の身で一生懸命勉強して、ソーラーシステム各地を旅して、なのにママから感謝されることもなく、それどころか相変わらず〈紛失されたぬいぐるみ〉の身分のまま見つけ出されもせず、ぬいぐるみ人生を生きてきた。
「ほんとに、よく頑張ったね、ぴっちぃちゃん。かっぱっぱちゃんとぺんちゃんも。なんていい子たちなんだろう」
デューンは素直に感心している。ドーレマは悲しくなった。
〈ママはぴっちぃちゃんを大切にしていなかったのね。それなのに、ぴっちぃちゃんはママのことをそんなに一生懸命愛していたなんて・・・〉
ママが本当はぴっちぃのことをどれくらい大切に思っていたかいなかったか、呪術を用いて心の中を覗いてやりたいけれど、死者の魂を訪ねるには、その人がいた場所で、その人の気配を留めているモノに触れなくてはならない。ママがぴっちぃの実体を抱っこしていたのはもう何十年も前のことで、いまの虚体のぴっちぃにはママの気配は残っていない。ぴっちぃの実体をどこかへやってしまったママって一体どんな人だったのだろうとドーレマは考える。
〈でも・・・どんな人だったとしても、ぴっちぃちゃんにとっては大切なご主人さまだったのよね〉
だれかを愛するのは、そのだれかが愛されるに値するかどうかではなく、そのひとを愛する側のひとが愛するものなのだ。
虚体とはいえ長旅で疲れているのだろう、みんなで語り合ううちに、やがてぴっちぃは眠気に襲われてぼんやりしてきた。ぴっちぃを抱っこしているフュリスも、またコックリコックリしてきた。
フュリスの腕からコロリとこぼれ落ちるぴっちぃをドーレマが受けとめ、船を漕いで前のめりにコテンと転がりそうなフュリスをデューンが抱きとめる。
明日はビイル薔薇精油製造株式会社を訪ねる。ビイル薔薇精油と新しい花の精油を使って、第五大との共同研究に道筋をつける、大事な任務だ。
「私たちも寝ましょう」
ドーレマとデューンもベッドへ入った。フュリスの横にぴっちぃを寝かせると、ちいさな手と手が互いを守りあうように握りあう。ぴっちぃがフュリスに添い寝するような恰好でもある。
翌朝、錬金術師の日課の瞑想を終え、出かける支度をしながらデューンがぴっちぃに言う。
「ぴっちぃちゃん、ぼくはこれからナオスガヤさんの会社で会議があるんだ。ドーレマとフュリスも連れていく。よかったらぴっちぃちゃんも一緒にきて。フュリスの子守をしてくれたら助かるんだけど」
仲間とはぐれたぴっちぃが悲観的になって、ひとりぼっちで早まったことを考えてはいけないから、と思い、ぴっちぃを誘って一緒に出掛けることにした。
虚体のぬいぐるみの魂は、早まったことすら自分の力ではできないのだけれど。そして、それもそれで哀しいことなんだけど。
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