第7話 墓地の丘
ナオスガヤさんの車でデューンたちは墓地の丘へ連れてきてもらった。
ドーレマが育ち、墓守として暮らしているジュピタンの墓地は、南側に大学都市、北側に温泉街を見下ろす高台にあり、西隣は火葬場だ。いちおう、シャバの俗世(?)からは隔てられ、先祖の眠る世界との境目、祭祀の場として区切られた場所である。東側のバラ野原が辛うじて両界の境界線を曖昧にしている風情ではある。
いっぽう、ここネプチュン鳥島の墓地の丘は、ビイル薔薇の花畑も、その濃い香りも、下界から途切れず繋がっていて、それなのにいつの間にか天国へ迷い込んだみたいな、妙な位置喪失感を伴なう、不思議な墓地なのだ。遠くに見えるディープブルーの海とも繋がっているような、この世とあの世が水平方向に連続しているような錯覚を起こしてしまう。
墓石はどれも、薄いバラ色の鉱石で造られ、彫刻作品が整列しているみたいに美しい。
「ネプチュン鳥島の『なんとかかんとか』石・・・」
何度か聞いたことがあるけれど、ドーレマはその鉱石の名まえを覚えられない。
「リトスロドエイデースネプタイト」
デューンが独り言のように呟く。ドーレマに覚えてもらう気はないらしい。
墓地の丘は、12年前とは景色が少し違う。あのとき、グリンが一粒の種を蒔いた。それが根を張り、芽を出し、花が咲き、さらに周囲のビイル薔薇との交配も少しずつ始まっていた。
一面淡いピンク色だったビイル薔薇畑に、ところどころガーネット色の花が混ざる。葉っぱの緑色が活気を添えるように織り込むアクセントも、あの頃より自然なシャバに近い。そこがそのまま天国みたいだった墓地の丘が、この世に近づいてきている感じだ。人が暮らす平地は12年前と変わらず、道と建物以外、まだ鉄壁のビイル薔薇野原だから、そっちのほうがむしろ天国に近いのではないかと思うくらいだ。
ガーネット色の花は島民たちから〈グラナテス〉と名づけられていた。ビイル薔薇とグラナテスが交配した花は、まだまだ遺伝的に不安定であるためか、ビイル薔薇に近い感じはするが色も花姿も一定していない。それでもどこか一貫した特性を帯びているようだった。この交配種は〈カルブン〉とよばれている。
生きられなかったもうひとつの運命、アナザフェイトたちがグリンに託したグラナテスの種は、ゆっくりとでも、少しずつでも、生態系の閉鎖性を
悠長な革命のほんの始まりだ。閉じた生態系を自然な自然になじませていくためには、長い長い年月がかかって当然であって、短期間に環境が急変するとロクなことがないのだ。
グリンの実父アルチュンドリャと、その弟フォーチュンドリャ、そして最近亡くなったかれらの両親が眠る墓に、デューンとドーレマは心を込めて祈りを捧げる。
ナオスガヤさんはまた涙ぐみ、墓石に刻まれたアルチュンドリャの名を撫でる。
〈デューンくんが家族を連れて来てくれたんだよ、アルチュン。グリンちゃんはジュピタンで活躍している。二人の坊やのお母さんだそうだ。きみの孫たちだ〉
生没年を読んで計算すると、ナオスガヤさんもデューンも、感じ入るものがある。デューンは32歳になった。アルチュンドリャが亡くなった年齢と同じだ。
そこらへんをよちよち歩き回り、半透明のネプチュン鳥たちと戯れていたフュリスが、アルチュンドリャたちの墓石の裏側にしゃがみ込んだ。ちっちゃなフュリスがしゃがむと、お花畑のなかに転がった毬のように埋没してしまう。
墓標に刻まれた四つの名に手を触れ、慰霊の呪文を唱えているドーレマの横から、デューンはフュリスが迷子にならないように目を配る。
まん丸になってしゃがみ込んでいるフュリスが、同じようにまん丸な何かをぽんぽんと叩いている。本物の毬でも落ちて紛れているのか?
「ぴっち」
フュリスが可愛らしい声を出す。言葉らしい言葉はまだ話せないフュリスだけれど、なんだか言葉を発しているようにも聞こえる。まるで、小さな手のひらで叩いているものの名が〈ぴっち〉であるかのように、
「ぴっち」
と声をかけている。
デューンはフュリスから目を離さず、しかしまだ近寄らず、フュリスの行動を見守る。
ナオスガヤさんも気づいたらしく、
〈ん?〉
という様子でフュリスに視線を送る。
〈ぴっち〉がむくりと起き上がった。ぬいぐるみだ。リュックを背負っている。
ぱかっと音を立てて花が開くようにフュリスが笑顔を咲かせた。デューンは目を見開き、固唾をのむ。そいつが伸びをするように立つと、しゃがんだフュリスより少し小さいくらいの背丈だ。
呪文を唱え終えたドーレマも立ち上がり、墓石の裏に目をやった。フュリスとぬいぐるみが向き合って微笑みを交わしている。
「ぴっち」
フュリスがもう一度呼びかけると、ぬいぐるみが、
「はいー」
と返した。それから、ふたり(?)は、なにやらぼそぼそと言葉だか暗号だか、声をかけあい、会話(?)している。何羽かのネプチュン鳥がふたり(?)の周りを、やはり会話(?)に参加するようにチュンチュン言いながら舞っている。
ドーレマとデューンは肩を抱きあったまま息をひそめ、様子を見守った。我が子が不審者(?)と対峙しているというのに、侵してはならない聖域が小さなふたりを囲んでいるような感じもするのだ。先ほどからナオスガヤさんは固まっている。
口をぽかんと開けたまま目をぱちくりさせている大人たちにぬいぐるみが気づき、トコトコ歩み寄ってきて、ぺこんとおじぎをした。
「こんにちは」
「こ、こんにちは・・・」
「ぴぴ・・・ぴっちぃちゃん?」
ようやく言葉をかけたナオスガヤさんだが声がひっくり返った。
「はい。ぴっちぃです」
「あ、あの・・・お知り合いですか? ナオスガヤさん」
ドーレマが恐る恐る尋ねる。
〈どこかで見たことあるような・・・〉
デューンは記憶をたどり、おぼろげながら思い出した。
「えっと・・・そうだ。昔の、〈バラ中撲滅キャンペーン〉のポスター・・・あのぬいぐるみさんですか? ひょっとして」
「いかにも。そのぬいぐるみです。あなたは、瞳の色からして、ネプチュン鳥島人ではありませんね? おじさん」
「お、おじさん?」
デューンの声もひっくり返った。職場の研究室ではまだ若いほうだし、子どもの友達から〈おじさん〉と呼ばれるのはもう少し先のことだろうから、デューンは〈おじさん〉と呼ばれることにまだ慣れていない。いまのところ、グリンの息子たちがデューンを『おっちゃん』と呼んでいるくらいだ。仮にぬいぐるみにも製造年を起点とした〈年齢〉があるとすれば、〈ぴっちぃ〉のほうがデューンよりうんと年上、おじいさんくらいだ。
「まあまあ・・・。私も聞いたことがあるわ、ぬいぐるみさん。おばちゃんたちはね、ジュピタンから来ている旅行者よ」
こういう場合、女の人は平然と〈おばちゃん〉と自称することができる。ただし、〈自称〉に限る。先に相手から『おばさん』なんて呼ばれてしまうとムカッとくるのだ。面倒くさい。
フュリスはまん丸な目でぴっちぃを見つめてパカっと口を開け、よだれを垂らしている。それはもう嬉しそうだ。ぴっちぃのほうも、小さなフュリスに向かって喜びのオーラを発している。ぬいぐるみの本能なのだろう。明確な論理的言語を介さない超越的な魂の交流を、このふたり(?)は行なっているのだ。
「ぴっちぃちゃん、きみはあれからテッラへ帰ってぬいぐるみ人生を送っていたんじゃないのかい? どうしてまた、ここへやってきたんだい? いや、会えて嬉しいけど。また〈もーにちゃん〉に乗ってきたの?」
「ナオスガヤさん。ぼくも、お会いできて嬉しいです。っていうか、まさかまたお会いできるなんて思ってなかった。ぼくは、フォーチュンドリャさんのお墓参りをしようと思って・・・それと、思うところがあって・・・。もーにちゃんに乗ってきたんじゃないんです。いろいろありまして・・・」
ナオスガヤさんは、ちょっと寂しそうなぴっちぃの表情(?)から、なにか事情があるのだろうと察し、それ以上は追及しなかった。それに、あのときと違って、ぬいぐるみ仲間が一緒じゃない。おそらくぴっちぃちゃんはひとりぼっちなんだ。
〈きっとまたしばらくこの島に滞在してくれるよね、ぴっちぃちゃん。あらためてゆっくり話を聞こう〉
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