第4話 再び誰もいない

 青年はお湯をもらうと黙って頭を下げ、そのまま林の中へ帰ってゆきました。

 さみ子は再びリビングへ戻りました。もう東京へは戻らないと、さみ子は決めておりました。東京には私の居場所はなかったのでした。私はもう、どこにも戻ることはないでしょう。さみ子は窓の外を見遣りました。

 その時、玄関でコトリと音がしました。先ほどの青年が立っておりました。青年は手に、湯気の立ち昇る赤いきつねを持っておりました。さみ子が近寄ると青年は黙ってその赤いきつねを差し出しました。

「温まりますよ」

 そのひと言に、さみ子の冷たかったこころの蝋燭にポッと火が灯りました。

「ありがとう」

 青年は黙って頭を下げ、そのまま林の中へ消えてゆきました。

 赤いきつねは、冷え切ったさみ子のこころと体を芯から温めてくれました。ゆっくり噛み締めて、赤いきつねを食べておりますと、

「チーン」

フロントのPCが鳴りました。

 さみ子が画面を見ると、

「さみ子さん、赤いきつねは如何でしたか?」と、表示されておりました。

 さみ子はハッとして顔を上げると、しかしそこは既に、埃を被った無人のペンションで、PCも赤いきつねも跡形もなく消えておりました。

 さみ子はそっと手を胸に当てて、深く息を吸い込んだのでした。

                  (了)

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ペンションには誰もいない ユキ丸 @minty_minty

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