らくらくグッドラック
ナフナン
☆彡
ここは、おしゃれな目抜き通りから一本入ったところにある、小さな家具屋ポンポール。
「すばらしいね。天然木の一枚板でつくられたテーブルでご飯を食べたら、味わいも格別だろうな」
若い紳士に話しかけられて、どっしりと大柄なゴウは、自信たっぷりに答えます。
「もちろんですとも。職人技がキラリと光る逸品ですよ」
「よし、決めた」
「まいどおおきに!」
今日も、お昼のたぬき天そばが進むこと、すすむこと。
「さあ、午後もがんばるぞ」
のど越しのよいおそばをすすって、仲間といっしょにズズズッとつゆを飲み干しました。そこに、お得意さまのミキ夫人がやってきました。
「近々、知り合いのお坊ちゃまが結婚するの。それで、小ぶりの本棚をおくろうかと思ってね」
「こちらはいかがですか。仕切り板を自由に動かせて、便利ですよ」
ゴウは得意げに勧めながら、「また、うまくいきそうだぞ」とにんまりしました。ところが、夫人ときたら、ドアノブを回して、軽く手をふったのです。
「ほうほう、少し考えてみますわ。ごきげんよう」
他のお客さんたちも、「ちょっとよそを見てから……」と、言葉を濁して去っていくではないですか。
(よそってどこだ? この辺りに家具屋はないはずだが……)
ゴウはあわてて白髪の紳士のあとを追いかけました。
横断歩道を渡った先に、新しくできたばかりのデパートが建っています。一歩足を踏み入れると、高級そうな化粧品売り場が一面ずらり。
「ああ、クラクラするな」
ゴウはかぶりをふって、はっとしました。紳士の姿が見当たりません。
(おいおい、どこに行ったんだよ)
エレベーター脇のフロア案内板に近寄って、ざっと眺めてみます。
「なんてこった! 家具屋があるぞ」
エレベーターで八階まであがると、りっぱな神棚が目につきました。木彫りのきつねが二体、向かい合わせに座っています。
(ふーむ、神だのみってわけか)
ゴウはすぐさま戻って、みんなに打ち明けました。
「うちにも飾ろうじゃないか」
「うんとでっかいものをねっ」
こうして、入口に置いたのは、でっかいたぬきの銅像! 手に徳利を持ち、頭に笠をかぶせました。
「どうか売り上げがのびますように」
「ぐんぐんのびますように!」
毎朝、ゴウたちはお祈りしてから、店に入るようになりました。
けれど、いっこうに客足は伸びません。ときおり通行人がチラチラ見やるだけ。
(おかしいな。もういっぺん行ってみるか」
ゴウは人波をかきわけて、再びデパートへ大急ぎ。すると、陽気な音楽が流れ出しました。
家具がほしけりゃ
ちょいとたたいてごらん
心地よい木の音 コンコンコン ♪
子どもたちが腰をふりふり、ノリノリで口ずさみます。
(なるほど、テーマソングをつくればいいんだ!)
スキップしながら帰るなり、仲間がわっと集まってきました。
「お疲れさま。何かわかったかい?」
「ずばり歌さ」
「うた?」
「ゆかいな音楽につられて、ついつい買い物しちゃうのさ」
パチンと目配せすると、みんな口々に言います。
「へえー、名案ね」
「俺たちもつくろうぜ」
「そうね、がんばりましょう」
テーブルに紙を広げて、思いつくままに歌詞を書いていきます。メロディーをつけて、力いっぱいおどります。
輪になってぽん 商売繁盛 ぽぽんぽこぽん
売り上げ ぐぐっと のびのびのびてゆけー ♪
「あら、いやだ」
「変な歌……」
OLたちが苦笑いをうかべて、そそくさと立ち去っていきます。
(くそー、まだ他に秘策があるのかもしれないな。今度は、もっとじっくり見てこよう)
ゴウはびしっとスーツをはおって、デパートに入りました。
「いらっしゃいまし。どうぞ、ご自由にごらんください」
黄色いワンピースを着た店員が、軽くおじぎします。つんとした顔が、神棚のきつねにそっくりです。
ゴウは一つ一つ見て回りながら、首を傾げました。
(どれも丈夫でしっかりしたつくりだが、とりたてて目新しさは感じられないな。どうして、こんなに人気があるんだ?)
きつね音頭がガンガン流れる中、たくさんの人たちで賑わっています。きょろきょろしていると、ひょろっと細い店員が近寄ってきました。
「何かお探しでしょうか」
(ちょうどいいや。売れるヒントが見つかるかもしれないぞ)
ゴウはニヤリと笑って、ミキ夫人にきかれた通りの質問をぶつけてみました。
「小ぶりな本棚があれば、ほしいのだが。友達にプレゼントしようと思ってね」
「それなら、こちらはどうでしょう?」
男が迷わず両手で抱えるほどの大きさの棚を指差しました。
「仕切り板が取り外せて、便利ですよ」
(俺の説明と同じじゃないか。とりあえず買って調べてみるか)
ゴウはこくこく頷いて、財布を取り出しました。
「いいですな。いただきましょう」
「こちらは、おまけの幸運香り袋です。グッドラック!」
差し出された巾着袋に鼻を近づけると、ほのかに甘い香りがします。
(ついにわかったぞ。幸運グッズを配ればいいんだ!)
ゴウは胸ポケットに香り袋をしまって、小さな棚を抱えました。目抜き通りをかけぬけて、意気揚々と店の扉を開けます。
「謎が解けたぜ。家具を買ったお客さんに、おまけを渡していたのさ」
「私たちもつくりましょう」
「ぽんぽこおー!」
何度も試作を重ねて、クローバーのキーホルダーをつくりました。太鼓を叩きながら、精いっぱいお客さんを呼びこみます。
「今お買い上げいただくと、もれなく運気あげあげのキーホルダーつき! 人生が好転することまちがいなし、ぽんぽこぽーん」
すると、若者の間で大人気のファッションモデルが立ち止まりました。
「こんにちは、ジュエリーケースが欲しいの」
「こちらのハート形のケースが、おすすめですよ」
「まあ、すてき。マネージャーに取りに来てもらうわね」
「かしこまりました。グッドラック!」
女は四つ葉のクローバーをゆらしながら、さっそうと帰っていきます。たちまち口コミで評判が広がって、お客さんがどんどん訪れるようになりました。
「やったぜ、作戦成功だな」
「バンザーイ!」
それから一ヶ月ほど経った、のどかな夕暮れどき。
ゴウがシャッターを下ろそうとしたところに、細身の男がひょっこり現れました。
「ひょえっ」
「あかねデパートの木根さん!」
あまりに驚いて、茶色いしっぽが、お尻からぽわっと生えてきました。男のお尻からも、ふさふさした黄色いしっぽが飛び出しました。
「いやはや、なんと! 春風山のたぬきどん」
「これはこれは、秋葉山のきつねこん」
きつねに早変わりした男の体をまじまじと見つめて、ゴウはおもむろに口を開きました。
「とうとう、人間に化けることにしましたか」
「食料が底をつきましてね、なくなく山を離れることにしたんです」
「いつごろから、こちらに?」
「一年半ほど前ですかね。IT企業を設立してかなり儲けてたんですが、心を壊してしまって……。そこで、原点に立ち返って木に囲まれた生活をしようと、家具屋を始めたってわけなんです」
「なるほど、そうでしたか」
ゴウは深く相槌を打って、明るく言いました。
「よかったら、うちで夕飯をいかがです? おいしいおそばをごちそうしますよ」
「ありがたいですな」
二匹は、しっぽをしゅるしゅる引っこめました。せまい路地をぬけて、古びたアパートに到着です。
「今、ちょちょいと用意しますね」
ゴウは台所に立って、ダンボール箱からマルちゃんを取り出しました。
「おおう、緑のたぬきですか。実はおいらも……」
きつねこんが鞄をがさごそあさってつかんだのは、赤いきつねうどん。
やかんで沸かしたお湯を注ぐと、砂時計を引っくり返して、きっかり三分!
ゴウは蓋をめくって、小えび天ぷらをのせました。丸い目をくりくり、しっぽをふりふり、すっかりたぬきの姿になって、ちゃぶ台に運びます。つづいて、きつねこんも糸のような目をうんと細めて、となりに赤いきつねをのせました。
おわんによそって、なかよく分け合いながら、ちゅるちゅるちゅるん。天ぷらサクサク、おあげをジュルッ。
「あー、うまい。山をおりて最初に見つけたのが、この赤だったんだコン」
「ぼくらは、この緑!」
ぱっと顔を見合わせて、思わずワハハハと大笑い。
「マルちゃんの一杯を楽しみに、がむしゃらに働いてるんですよ」
「ぼくらも同じ、おんなじ。それにしても、よくまあうまいこと、次々と考えつきましたね」
「そりゃあ、人間たちについて、詳しく研究しましたから」
ゴウが熱燗を勧めると、きつねこんがゴクリと飲んで、さもおかしそうに吹き出しました。
「彼らはどうも、おまけとか占いとか、そういった類のもの弱いようでしてね。運命を他人に委ねたがる気がしますよ」
「いやあ、ごもっともですな」
ゴウはしみじみつぶやいて、空っぽのカップ麺をぴったりくっつけました。
「どちらもうまい、赤いきつねと緑のたぬき。偵察ごっこはおしまいにして、いっしょにしぶとく生き残っていきませんか」
「ぜひ、そうしましょう」
まもなく、梅の花が咲き誇る山の麓に、新しい家具屋ができました。その名も、コンポン家具店。
ゴウたちはなかよくマルちゃんをほおばって、朝の腹ごしらえ。
新しい家具と出会って コンコン
心がはずみ 夢がふくらむ ポンポコ
明るく楽しく がんばりまっしょーいココンポーン ♪
きつねとたぬきの巨大マスコットに手招きされて、お客さんがわいわい、がやがや。
「どれもこれも、心をこめてつくった自信作ですよ」
「柔らかい木の温もりをたんと味わってくださいまし」
自慢の家具といっしょに手渡すのは、花がらの幸運ストラップ。金色の鈴をチリチリ鳴らすと、さわやかな香りがふわっとただよいます。
「まあ、かわいい」
「うれしいわ」
満足そうにほほえむお客さんたちを見送って、ゴウたちの元気な声が山奥まで響きわたります。
「まいどおおきに、グッドラック!」
(了)
らくらくグッドラック ナフナン @nafnan
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