二度目の偶然

*****大学時代*****




 曽我部や久遠と別々になった大学は、期待とは反対に面白味の無い場所だった。

 他大学の事は分からないが、よく聞くようなサークルの勧誘もそんなに派手ではないし、極端に目立つような連中も見掛ける事は無かった。


 1年目は何だかんだ勉強に打ち込んでいる内に終わり、2年の夏頃になってようやく一人の友人ができた。


 須田すだ弘樹ひろきという、曽我部とは正反対のスッキリしたイケメンで物静かな男だ。

 ある講義で開講ギリギリで講義室に入って来た須田が、たまたま空いていた俺の隣の席に座った事がきっかけだった。


「隣、いい?」

「どうぞ。」


 ギリギリで入って来たのに息も上がらず涼し気な顔で隣に来た須田に最初はあまり好意的には思わず、話し掛けて来ても適当に受け流していた。

 なのに、それからの須田は講義だけでなく学食で昼飯を食っている時や帰り道など、いつの間にか隣に居る事が増えていった。

 これと言った会話らしい会話も無く、たまにボソボソって話し掛けてくるだけなのに、次第に俺も言う程不快感を感じなくなっていき、俺も須田も他に友達らしい友達が居なかったのもあって、気が付けば2人で居る事が多くなっていた。




「寮の奴に合コン誘われちゃってさ。」


 ある日、須田はめんどくさそうな口調でぽつりと言った。


「ふぅん。」

「沢村も来る?もう一人連れて来て欲しいって言われてるんだ。」

「行かねぇよめんどくせぇ。」

「そうだよなぁ。何て言って断ろうかなぁ。」


 まるで断る気が無いような言いざまだった。

 乗り気なら一人で行けばいいだろうに。


「断り文句が浮かばないから沢村も行こうよ。」


 オマエ、全然考えてないだろ。

 だが、須田は面白い事を口にした。


「実は、その合コンに従姉が来る事になってるんだ。」

「従姉?」

「うん。僕の母さんのお姉さんの娘なんだけど、同い年で大学生なんだよ。」

「従姉が来る合コンによく参加する気になったな。」

「それはたまたまなんだ。従姉と話してたら『もしかして?』って感じだったんだよ。」

「そうなのか。」

「まぁ、ぶっちゃけ今のところ彼女とか作る気無いし、終始従姉と話し込んでたら他の子もあんまり絡んで来ないかなと思って。」


 イケメンの余裕すら感じさせる物言いだが、従姉を盾にするとか酷いな。

 だとしても、俺に須田の代わりは務まらないけどいいんだな?


「はぁ……今回だけだぞ。」

「恩に着るよ。」


 全くこれっぽっちも恩に着るような顔じゃないけど、一つくらい貸しを作っておいてもよかろうと、渋々参加を承諾した。




 繁華街の喧騒は何度体験しても慣れない。

 根本的に人混みが苦手なのは違いないけど、時間通りに待ち合わせの場所に来ても須田が来ていないので誰が寮の奴で合コンの相手なのか分からない。

 取り敢えず待つしかないと辺りを見渡そうとしたタイミングで須田がやって来た。


「お待たせ。」

「人を誘っておいて遅刻するってどういう神経してんだ。」

「2分じゃん。大丈夫だよ。」

「オマエが言うな。」


 実際は、合コンの場所へ移動する時間を考えても全然余裕なので構いはしないのだが。


「今日は手筈通り頼むよ。」

「あぁ、構わんよ。主役は寮の奴らなんだろ?」

「うん。僕と沢村は人数合わせだから飲んで食べて適当に解散でいいんだ。」


 折角のイケメンが勿体無いなと少しだけ思ったが、本人が彼女を作りたくない、興味の無い人間に纏わりつかれたく無いと言うなら仕方ない。


 会場に着いた俺と須田は暖簾を潜って店内へと入った。

 会場と言ってもただの居酒屋だが。

 幹事であろう人物の名前を須田が店員に言うと、2階の10人程がゆったり出来る部屋へと案内された。


「おっ!来たな!須田と同じ寮の藤本ふじもとです。同じくこいつも同じ寮の三原みはら。えっと、沢村君だよね?よろしく!」

「三原です。よろしく。」


 如何にも鍛えています……と言わんばかりの体躯の2人が丁寧に挨拶をしてきた。


「よろしく。あの……聞いてると思うけど俺たち皆同い年だから敬語は止めた方が自然だと思う。」

「あ?あ~あはははっ!それもそうだな!じゃあ……よろしく!沢村っ!」


 敬称まで外せとは言ってない。

 取り敢えず名前だけ知っておけばいいかと、俺は部屋の奥へと進み一番奥を一つ空けて座る。

 須田は対面の一番奥の席に座ると、俺に笑みを見せた。

 従姉とやらを俺の隣に座らせれば須田の正面になり、部屋の一番奥だけ親族エリアにすればいい形だ。

 そして俺が正面に座った子を須田の方に向かせないように話題を振り続ければいい……と言うが……話が続くか不安だ。


「お待たせぇ~!」


 妙に甲高い声の女が凡そ大学生とは思えないギャルギャルした格好で入って来たのを見て、俺は須田と顔を合わせて小さく溜息を吐いた。

 次に入って来た子は先頭の女ほどではないが、やはり派手目のファッションをした背の低い子。

 その後ろからは前の2人とは真逆と言って良いおとなしそうな子が目を泳がせながら続く。

 そして……








「え?」




 右斜め後ろから入って来たので横目でちらっと見えただけだったが、最後に入って来たのは美優だった。


(何……で……?)


 俺は咄嗟に須田の方へと顔を向けた。

 須田は入って来た子と俺の隣の席に交互に視線を送り、アイコンタクトで奥に来るよう伝えているようだった。


「私、奥に行くね。あ、ちょっと後ろ通りますよぉ~。」


 明らかに美優の声だ。

 間違いない。

 美優が俺の後ろを通って俺の隣の席に着く。

 須田は俺の隣に顔を向けてニコニコしていた。


 と、美優が俺の方に顔を向けると同時に……


「えぇっ!?涼太くん!?」


 全員の視線が俺に注がれる。


「え?何?」

「どういう事?」

「知り合い?」


 参加者全員からのありとあらゆる疑問符が俺と美優に投げ掛けられる。

 勿論、須田からも……だ。


「え?美優ちゃん、沢村と知り合いだったの?」

「うん。前に住んでたとこで中学生くらいまでよく遊んでた幼馴染だよ。」

「マジか……マジなの?」

「え……あ……うん……マジ……」


 平然と答える美優に対し、しどろもどろになる俺。

 場の空気がすっと冷めていく感覚があったが、目を細めた須田が間髪入れず幹事の藤本に声を掛けた。


「取り敢えず話は後にして乾杯しようよ。」


 イケメンで気遣い出来るって凄い。

 藤本も『そうだな!』とか言って一瞬で元のノリに戻ってるし。

 それでも俺は居心地の悪さに姿勢をごそごそと変えていたのだが。




「「「乾ぱぁ~い!」」」


 ビールのジョッキをぶつけながら乾杯する。

 一口飲んでジョッキを机の上に置くと同時に、須田が俺ににこっと笑顔を見せたかと思うと、俺の正面に座ったおとなしそうな子に話し掛け始めた。


(あれ?従姉美優と話し込む作戦なんじゃ……?)


 事前に打ち合わせした事と違う事を始めた須田を軽く睨んだが、須田はお構いなしに早くもおとなしそうな子と話し込んでいた。


「久し振りだね!」


 当然、隣に座った美優は俺に声を掛けてくる。


「あ、あぁ……ひ、久し振り……元気だったか?」

「ふふっ。涼太くん、私と話す時っていつもそれからだよね。」

「え?そ、そうか?」

「うん。前に電話してきてくれた時もそうだった。」

「あ~……」


 前の電話とは、大学に合格した直後に久遠が俺の携帯から勝手に掛けた電話だ。


「でも、涼太くんも合コンなんか来たりするんだ。」

「い、いや……これは須田がどうしてもって言うから……そ、そういう美優だって……」


 美優は俺に顔を近付けて小声で言う。


「私と愛菜まな……今弘樹と話してる子ね……は向こうの2人に誘われて人数合わせに来てるだけよ。」


 美優も俺と同じ理由で来ている事を知り、何故かほっとして少し落ち着く事が出来た。


「そうだったか。じゃあこっち側4人は皆人数合わせなんだ。」

「ふふっ、そうみたい。でも涼太くんが弘樹と友達になってたなんて、凄い偶然だね。」


 偶然……なのだろうか?


 そんな事を考えながら俺はずっと美優と話し込んでいた。


 普通、合コンって席替えをしながら色んな子と話をするようなものだと思っていたのだが、藤本も三原もギャルっぽい2人と4人で盛り上がって動こうとしないし、須田も何か美優が『愛菜』と呼んだ子と話し込んでいて何だか雰囲気もいい感じになっていてとても席替えをするような雰囲気じゃない。




 気が付けば2時間が経過していて、一次会はおしまいな時間。


 ここでも『次行こうぜ!』みたいなノリが来るのかと思いきや、須田が『愛菜ちゃん酔っちゃったみたいだから送って行く』と早々に姿を消し、藤本と三原とギャル2人も何故か『沢村はその子送ってやれ』とか言って強制退場させるかのような雰囲気になり、俺と美優は居酒屋の外にぽつんと取り残されたようになってしまった。


「合コンってこんな感じなんだ。」

「聞いてたのと全然違ったけど……こういうのもあるんだな。」

「どうする?」

「ん?」

「私は少しだけ話し足りないんだけど。」

「え?あ、あ~……じゃあ……どこ行こうかな……」


 取り敢えず目に入ったカフェを指差した。


「酒はもういいかな。あそこでいい?」


 美優は笑顔で頷くとカフェに向かって歩き出した。

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