親友の気遣い

「オマエら……いつの間に……」


 今まで見た事もないくらいの笑顔になる曽我部と、相変わらず清楚な笑顔を見せる久遠は、数日前から付き合いだしたのだそうな。


「オマエがヘタレてる間に……だ。」


 得意気な、勝ち誇ったような、そんな曽我部の顔を見て殴ってやりたい気持ちを抑えていた。


「ま、まぁ……何にしてもおめでとう……」

「沢村も早く告ってダブルデートしようぜ。」


 ダブルデートというのも何だか古めかしい感じがしないでもないが。


「つっても俺らもう受験生だからな。そんな遊んでる暇無いだろ。」

「んな固い事言うなって。1日や2日遊んだって変わらんだろ?」

「そういう根拠の無い余裕が後で痛い目に遭う原因なんだぞ。」

「そうよ凌くん。特にアナタは。」


 久遠がコロコロと笑いながら曽我部に釘を刺す。

 首を竦めて申し訳なさそうにする曽我部は、完全に尻に敷かれているなと思えた。


 実際問題として、受験生の夏休みはあって無いようなもので、ここが勝負所になる。

 ダブルデートなどとお目出度い事を言っている場合ではないのだ。




 結局、夏休み中は曽我部とも久遠とも会う事も連絡する事も無く2学期を迎えた。


「よぉ、久し振り。」


 登校中に背後から声を掛けて来たのは曽我部だ。

 が、それは夏休み明け恒例の真っ黒に日焼けした曽我部ではなく、青白い顔をして少し痩せた感じの曽我部だった。


「お、おぅ……大丈夫か?」

「あぁ……多分俺、一生分勉強したと思う……」

「そ、そうか……それはいい事じゃないか。」

「そうだな……毎日和花とも会えたし……な。」


 そういう曽我部は満面の笑みとは言えない、少し影のある笑顔を浮かべていた。


「毎日一緒に勉強してたのか。」

「あぁ……毎日だ……朝から晩まで……ずっと和花と一緒だったんだぜ……いいだろ……へへっ……」


 自慢したかったのかもしれないが、その悲壮な顔色から全然羨ましくないと思えた。




 直後の模試で曽我部は志望校にA判定を出していた。


「やった……やったぞ沢村……俺……やったんだよ……」


 いつもの曽我部ならウザいくらい大騒ぎするところなのに、今回は涙まで浮かべて喜んでいる。


「お、おぅ……」

「まだ決まったわけじゃないけどよ……何とかこれで和花と同じ大学に行けそうだよ……」

「え?」


 久遠と言えば一般クラスの中では常に成績上位の優等生で、地元の国立大学である○大は早々にA判定を出していた。

 曽我部はそんな大学なんて掠りもしないくらいの成績で、本人も『学生集めてるだけの私大なら入れるんじゃね?』くらいの軽いノリだった。

 それが……その曽我部が久遠と同じ○大でA判定を取るようになるとは、曽我部の執念と言うか、惚れた女と同じ大学に行く為にそこまで出来るのかと素直に感心してしまった。


 ただ、少しだけ引いてしまったのが正直なところ。


 『やる気にはなるのにやらなかっただけ。』

 『私はやるように発破をかけただけ。』


 久遠はそう言っていた。

 それが出来るのは大したものだと思うのだが、久遠は曽我部本人が頑張った結果なのだと、自分の彼氏を持ち上げていた。


 一方、俺はと言うと高校に入ってすぐ目指していた△大はそれほどレベルの高い大学でも無いので、3年になってすぐの模試でA判定を出していたし、夏休み明けも変わらずA判定だったので割と余裕はあった。

 勿論、親友で俺より常に成績下位だった曽我部が夏休みを過ぎて一気に上位になった事で若干の嫉妬は覚えたが、進む道が違うのだからどうこう言うようなものでもない。


 それから曽我部は何かを悟ったのか、学校が休みの日でも俺を誘って来る事は無くなり、久遠と一緒に勉強しているようだ。

 少々寂しい気もしたが、恋仲の親友同士の邪魔をするのも良くないと、俺も受験に向けて最後の追い込みに勤しんだ。




 結果、3人とも第一志望校に合格した。

 俺はほっと胸を撫で下ろした。

 久遠はいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。

 曽我部は顔をぐちゃぐちゃにして泣きながら久遠と抱き合っていた。


 高校卒業と進路の確定を経て、3人が地元に居る最後の春休みになる。

 地元を離れるのは俺だけなので、何となく俺の送別会をするような話に流れつつあった。


「これでようやくオマエと離れられる。」

「あ?そんなわけないだろ。どれだけ離れても、どんなに進む道が違っても、俺たちゃ親友だろ?」

「そうよ。私たちと離れられると思ったら大間違いなんだから。」

「そういう事じゃなくて……まぁいいや。」


 この1年で久遠も言うようになった。

 見た目が清楚なままなだけに、どことなく『姉に躾けられる弟』のような雰囲気が染み付いていた。


「ところで美優ちゃんはどうだったんだ?」

「あ~、何も聞いてないな。」

「えぇ?オマエ何やってんだよ?」

「何って……」


 受験勉強に決まってるじゃないか……と思いながら2人を見ると、揃いに揃って呆れ果てた表情を浮かべていた。


「んっとにテメェはグズだなっ!」


 曽我部が言い放つと同時に、久遠が俺の携帯を手に取って何やらポチポチやりだした。


「おい、いくら親友でもやっていい事と悪い事が……」


 言い掛けた俺に久遠が携帯の画面を見せる。

 携帯の画面には、


 『美優 発信中……』


 と。


「お、おぃっ!何やってんd……」


『もしもし?』


 携帯のスピーカーから美優の声が聞こえてきた。

 久遠はニヨニヨとしながら携帯を俺の耳元に持ってくる。


「あ、あぁ……いや……その……」

『どしたぁ?』

「あの……えっと……げ、元気か?」


 盛大にズッコケる曽我部と久遠。

 即座に立ち直った久遠がジェスチャーで『ち・が・う・で・しょ』とやってる。


『ん?元気だよ?涼太くんも元気?』

「あ、あぁ、げ、元気だよ……」

『そうだ。涼太くん進路決まった?』

「あ、うん……△大受かったよ。美優は?」

『おぉ!おめでとう!私は□女子大合格貰った!』

「そうか。おめでとうだな。」


 俺がそう言うや否や、前に居た曽我部が『おめでとぉぉぉ!』なんて叫んだので、電話の向こうで美優が大笑いした。


『え?何?曽我部君も居るの?』

「あぁ、曽我部と久遠も居る。」

『和花ちゃんも居るんだぁ。やっほー!』

「ちょっと待て……スピーカー切り替えるから。」


 俺は携帯を操作して美優の声をオープンにした。


「美優ちゃんおめでとう!」


 と曽我部。


『ありがとう!曽我部君も決まったの?』

「聞いて驚け!○大だぁ!」

『えぇぇぇっ!?マジでぇ!?凄いじゃん!』

「へへっ!我がマドンナのお陰だよ!」

『マドンn……和花ちゃん?』

「お久し振り、美優さん。和花です。」

『あ~!和花ちゃんおひさぁ~!』


 何か俺そっちのけで盛り上がってきた。


「もう一つ報告だ!俺、和花と付き合ってるぃぇ~い!」

『おぉっ!おめでとう!』

「和花と同じ大学行く為に必死で勉強したんだぜ!」

『凄い凄い!和花ちゃんも良かったねっ!』

「ふふっ。美優さんもいい人捉まえておかないとねっ。」


 そう言って久遠が俺の顔をじっと見たまま話を続けた。


「それで、入学準備とかでバタバタする前に4人でお祝いしようって話が出たんだけど、美優さん空いてる日ってあるかな?」


 いつの間にそんな事話したんだ?

 久遠は悪戯っぽい顔で俺を見ている。


『あ~いいね!でもごめぇん……明日からおばあちゃんのとこ行ってその後高校の仲いい子たちと旅行いく予定立てちゃっててさ……帰って来るの入学式の前日なんだぁ……』

「そっかぁ、じゃあ仕方ないね。こっちで美優さんの分もお祝いしておくよ。」

『ごめんねぇ。涼太くんにも私の分祝っておくように言っておいてね。』

「聞こえてるから。」

『あそか。』


 久遠の気遣いは実る事は無かったが、俺はぺろっと舌を出す久遠にちょこんと頭を下げて謝意を見せた。

 久遠は肩を竦めて見せた。


 電話を切った後、程無くして曽我部と久遠は帰って行った。

 何となく虚無感にさいなまれた俺は、そのままベッドに寝転がってうとうとしてしまっていた。


 『学生』と呼べる最後の4年間が始まる。

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