幼馴染との再会

 久遠から告白され、そして俺から振った事は曽我部にも伝えた。

 当初はショックを受け、次いで俺を『馬鹿だ』『間抜けだ』と罵っていた。

 だが、以前と同じようにクラスメートとして接して来ていた久遠に、曽我部を『俺の親友』だと紹介してからは『さすが親友』と掌を返してきたのでつくづく現金なヤツだと思った。




 気が付けば高校2年が終わろうとしていた。


 偶然ではあるが、2年でも曽我部や久遠とは同じクラスになり、久遠までもが『沢村君と曽我部君は私の親友』と言い出した。

 曽我部は比喩でも何でもなく本当に涙を流して喜んでいた。


 ある春休みの晴れた日、俺たち3人は地元から少し離れた郊外にあるショッピングモールに遊びに来ていた。

 久遠が『行ってみたい』と言い出し、曽我部が『お供します』と騒ぎ、俺が溜息を吐きながら付いて行った感じ。

 なので、久遠があちこち見て回る後ろを曽我部が付き人か飼い犬のように付いて回り、更にその後ろを俺がダラダラと着いて行くだけという構図は終始変わらなかった。


 楽しそうにはしゃぐ2人を眺めていた時、ふと視線を感じてそちらに顔を向けた。


「え?」


 目線の先には、薄いピンク色のセーターとデニム地のロングスカートの女の子が此方をじっと見て立っていた。




「美……優……?」




 美優が引っ越してからもう2年になる。

 ロングだった髪は肩の辺りまで短く揃えられていた。

 絶対に美優で間違いないと断言出来るかと言われると、多少自信も揺らぐが。


 だが、美優『らしき』女の子は暫く俺の方を見続けていたかと思ったら、ぱぁっと笑顔になって小走りで近付いて来た。


「涼太くん!」


 俺は久し振りに会えた悦びが膨らみ過ぎてどんな顔をしていいのか分からず、引き攣った笑顔を浮かべる事しか出来なかった。


「どうしたの?こんな所で会えるなんてびっくりだよ!」

「お、おぉ……ひ、久し振りだなぁ。」


 美結はその大きな目をキラキラさせて俺の顔を見上げていた。


「涼太くん、背伸びた?」

「あ?あー、まぁ多少は伸びた……かな?」

「多少じゃ済まないよ。凄く顔が遠く感じる。」


 実際、中学3年の夏が終わる頃に身長が一気に伸びた。

 成長痛で苦しんだからよく覚えている。

 言われて俺は俯いて顔を美優に近付けた。


「うんうん。間違いなく涼太くんだ!」


 目を三日月のようにして笑顔を見せる美優を間近に見て、何だか照れ臭くなってまた顔を離した。


「きょ、今日はどうしたんだ?買い物か?」

「うん。遅ればせながらだけど春物の服でも買おうかなと思って。涼太くんも買い物?」

「あ~、俺は……」


 言い掛けたところにタイミング悪く(?)曽我部と久遠がやって来た。


「ありゃ?美優ちゃん?美優ちゃんじゃん!」

「うわぁぉ!曽我部君だ!久し振りぃ!」

「おぉぉ!何年振りだ?」


 なんてやり取りをする横に立つ久遠の表情はやや固くなっていた。


「どちら様?」


 久遠は少し警戒心の籠った口調で尋ねた。


「あ、和花ちゃん、この子は沢村の幼馴染の美優ちゃん、川畑美優ちゃん。」


 明るい口調で曽我部が美優を久遠に紹介する。


「で、こちらがクラスメートで俺のマドンナの久遠和花ちゃん!」

「マドンナって古いな。」

「うるせぇ!どの時代にあっても究極に憧れる存在は『マドンナ』と称するのが礼儀だろがっ!」


 どういうポリシーなのか分からなかったが、その勢いに美優は笑っていた。


「川畑美優です。えっと……和花ちゃん、よろしくね!」


 美優の笑顔とは対照的に、久遠の表情は固いままだった。


「よろしく、美優。」


 その場の空気がピリッとしたと感じたのは俺だけだったのだろうか。


「美優一人なのか?」

「ううん。友達と一緒だったんだけど、気が付いたらはぐれちゃったみたい。」

「そうか。まぁ友達なら携帯で連絡取れば大丈夫だな。」

「うん……あ、言ってたら掛かってきた。」


 美優は携帯を耳に当てて話をしていた。

 ちらっと久遠の方を見ると、やはり表情は固いまま美優の方を凝視していたが、俺と目が合うと薄く笑みを浮かべて見せた。


「友達この上のフードコートで待ってるみたいだから、私行くね。」


 電話を終えた美優がそう言うと、俺の方にすっと体を寄せて小声で、


「またメールするね。」


 と言って手をひらひらさせながら『曽我部君も和花ちゃんもまたねっ!』と元気に言って駆けて行ってしまった。

 曽我部は『またなー!』と場所も弁えず大声で美優に手を振っていた。

 久遠は最後まで固い表情のままだった。




 結局その日は久遠が服を何点か買っただけで、いつまで経っても客足が減らない中での食事を遠慮したかったのもあって、早々にショッピングモールを出て駅から少し離れたファミリーレストランへ入った。


 食事をしている間も久遠は少し沈んだ顔をしていたが、曽我部が妙なテンションで騒いでいたので、そのうち久遠の顔も明るくなってきていた。


 2時間程食事と会話を楽しんだ後、駅前をウロウロしつつそれぞれが自宅方面のバス停へ向かって解散となった。

 と言っても、俺と曽我部は方向が同じだから一緒に帰る事になるのだが。


「ふぅ。楽しかったな。」

「あぁ、そうだな。」

「でも美優ちゃんと会うとは思わなかった。」

「うん。驚いた。」


 バスが発車し、揺れる体を支えながら暫くお互いに無言だった。

 工程を半分くらい過ぎた頃、曽我部が小声で話し掛けてきた。


「沢村……オマエまだ美優ちゃんの事、好きなんだろ?」


 いつものハイテンションでは無く、ゆっくりと確かめるような口調だった。


「あんな所で会えたのも縁が切れてないって事だよ。」

「縁?」

「あぁ。オマエと美優ちゃんは見えない赤い糸で結ばれてるんだ。今度こそちゃんと告白しろよ。」

「ホント、所々表現古いな。」


 美優と離れて2年。

 曽我部の言う通り、俺の美優に対する想いは変わっていなかった。

 だが、あのショッピングモールで会えたのは縁でも赤い糸でもなく、単なる偶然なんじゃないだろうかという思いの方が強かった。


「次また会えたらそうするよ。」


 気の無い素振りでそう返している内に、家に近いバス停が近付いてきた。

 俺が先に降り、曽我部はもう一つ先のバス停だ。


「次もまた同じクラスだといいな。」


 別れ際に曽我部がそう言った。

 俺は『あぁ。』とだけ言っていた。




 春休みが明けて高校3年になったある日、帰宅して寛いでいると久遠から電話があった。

 初めは同じクラスになった事なんかの話だったが、そのうち先日3人で行ったショッピングモールの話になり、その時の心情を久遠が語り出した。


『まだ沢村君の事が好きだったみたい……』

「え……」

『正直言うとね……沢村君に好きな人が居るって……私を振る為の嘘だと思ってた……ううん……違うな……信じたく無かったんだよね……』

「……」

『でも……現実見せ付けられたら認めるしかないもんね……沢村君のあんな優しそうな顔……初めて見た……』

「……」

『あぁこりゃ勝てないな……って……そう思ったら何か吹っ切れちゃった……』

「久遠……」

『これからは沢村君を応援するから……美優さんとの縁を信じて……』


 そんな事を言っていた。

 何をどう応援してくれるのか分からないけど、久遠もまた『縁』を持ち出してきていた。

 流行ってるのか?




 だがその一方で、あのショッピングモールで会って以来、美優に連絡はしていないし、美優からの連絡も無かった。

 やはり離れてしまえばいくら幼馴染と言ってもこの程度なのかと勝手に落ち込んでいたりもした。

 それを曽我部に知られた時、やはり『ヘタレ!』と罵られたし、久遠には全力で呆れられてしまった。

 曽我部は相変わらずだが、吹っ切れた久遠は清楚な見た目とは裏腹に結構辛辣だった。


「オマエらの言う『縁』があるならそのうちまた会えるだろ。」


 強がりなのは分かっていたが、それ以上に曽我部や久遠に弱みを見せたくないというガキなプライドが前に出ていた。


「でも『縁』はちょっとしたきっかけで途切れたりするの。途切れないようにする為の努力は必要だよ?」

「せめて連絡くらい入れておかないといつの間にか切れてたりするんだぜ。」


 いつの間にか曽我部と久遠がタッグを組んでいる。


「何で俺が2人に責められてるみたいになってるんだ?」


 曽我部と久遠が顔を見合わせる。


「だって……なぁ。」


 と曽我部。


「ねぇ。」


 と久遠。


「何……その顔は……?」


 曽我部と久遠は顔をニヨニヨさせていたと思ったら、想定していなかった言葉が曽我部の口から飛び出した。




「だって、ダブルデートとかやってみたいじゃん?」




「は?ダブルデート?何の話だ?」




 ダブルデートってアレだろ?

 カップルが2組で同じ所遊びに行ってってやつ。

 どこにもカップルなんてものが無いのに……




 え?




 俺が固まっていると、堪え切れなくなったように曽我部が噴き出した。


「ぶほっ!だっダメだっ!もう我慢出来ん!」

「もぉ!何でもうちょっと我慢しないのよ!」


 えぇえぇ仲がよろしいですなぁ。

 って何?


「え?オマエら……まさか……」


「その、MASAKAだ。」


 にやりとする曽我部と、にっこりと笑う久遠を、俺は呆けた顔で見るしか出来なかった。

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