引き摺る想い

*****高校生時代*****




 俺は小学校中学校と一緒だった連中の多くが行く地元の公立高校へ進学した。

 都会では公立高校と聞くと割と成績上位の子が行くイメージらしいが、この辺りでは寧ろ私立高校の方が数が少なく、絶望的な成績で無ければ普通に公立高校へ入れる。


「よぉ親友!また一緒だな!」


 曽我部だ。

 こいつともそろそろ腐れ縁レベルになってきた。

 常に高いテンションで疲れることもあるが、居ないなら居ないで少々物足りなく感じているようになってきたのも事実。


「おぃ沢村!あの子可愛くね!?」


 曽我部が顎で指した方向には、『清楚』という言葉を擬人化したような子が口元を手で隠して微笑んでいた。


「同じクラスだといいなぁ!」


 クラス分けの表の前に集まる同級生を掻き分けながら曽我部が言う。

 正直、俺はどっちでも良かった。

 俺の頭の中には、まだ美優の影がハッキリ残っていたから。


「やっっったぜ沢村っ!神に祈りが通じたようだ!」


 曽我部の悦びは最高潮だった。

 俺と曽我部が同じクラスになったのはいいとして、その美少女もまた同じクラスだったからだ。


「ヘンなもんに神様の手を煩わすんじゃないよ。」


 そのうち微妙な天罰をくらいそうな気がした。

 足の小指をタンスの角にぶつけるくらいの。




久遠くおん和花のどかです。」


 美少女はそう名乗った。

 自己紹介をした仲間にクラスメートが拍手を送る中、久遠の時だけ微妙に拍手の音が大きかったのは気のせいかもしれない。


 自己紹介を兼ねたホームルームが終わり、オリエンテーションの為に1年生は全員体育館に集合となったが、移動の間も久遠は女友達に囲まれていて、その後方から曽我部がソワソワしながらついて行っていたのは笑えた。




「おぃ……和花ちゃんヤベぇな……」


 まだ高校に入って3日も経たないと言うのに、突然曽我部がそんな事を言い出した。

 と言うのも、入学早々久遠は俺の耳に入ってきただけでも3名から告白されていたらしい。

 相手の事を良く知りもしないのに告白なんて大それたことが出来るメンタルには感心するが、俺には到底真似出来ないと半ば呆れて様子を眺めていた。

 曽我部はと言うと、3名の告白者全員がオコトワリされたと聞いて胸を撫で下ろしていた。


「オマエは告白しないのか?」

「いや、いざ出陣ってなったら緊張で足が震えちまってな……」

「ヘタレかよ。」

「オマエに言われたかないね!」


 確かに。

 だから美優に想いの欠片も伝えられず離れ離れになってしまった。

 しかも曽我部がチャンスを作ってくれていたのに……だ。


「そうだったな。すまん。何か俺に協力出来る事があったら言ってくれ。」

「ごめん……やっぱ何か気持ち悪い……」

「どういう意味だコラ。」


 曽我部は大笑いしながら俺の両手を握って『ありがとう』と礼の言葉を連呼していた。




 あっという間に夏休み前になり、休暇中の予定を考える連中が出て来る頃だった。

 授業も終わってさぁ帰ろうという時間、俺は久遠に声を掛けられた。


「沢村君、今から帰るの?」

「ん?あぁ、うん。」

「だったら、ちょっとお話しない?」


 こんな所を曽我部に見られたら何を言われるか分からないが、曽我部は中学時代から続けていたサッカー部に入って今頃先輩にしごかれているだろう。


「話?何の?」

「まぁ、色々。」

「ふぅん。別に構わないよ。」

「やった。」


 入学式で見た久遠は清楚を具現化したような容姿で、それは今でもどこかの令嬢かと思うような雰囲気はあるが、ある程度打ち解けてきた為か話してみれば案外フランクなところのある子だった。


 1時間程色々話し込んで(俺にとっては聞き込んでになるかな)いると、突然久遠が『よしっ!』と言って席を立ち上がった。


「沢村君。」

「何?」




「私、沢村君の事が好きです。お付き合いして欲しいと思っています。」




「は?」




 女子はこういうのって結構雰囲気を重視すると思っていたので、完全に虚を突かれた形になった。


「どういう事?」


 久遠は首を少し傾げつつ、その大きな目で俺の顔を覗き込んでいた。


「どういうも何もそういう事、です。」


 キッパリと言い切る久遠の唇が微妙に震えていた。

 俺は少し考え込むように眉間に皺を寄せて顎に指を当てていた。


「あ、でも今すぐ返事はしなくていいから、ゆっくり考えて欲しいな。」

「わ、分かった……」

「じゃあ私そろそろ帰るね。また明日。」

「あ、あぁ……また……」


 久遠はそう言うと俺ににこっと笑顔を残して教室を文字通り飛び出して行ってしまった。


(久遠が……俺を……?)


 悪戯の線も頭に浮かんだが、そんな事される程クラスから嫌われているとは思えないし思いたくなかった。

 久遠が本気で言っているとしても、俺の頭には美優が消えずに残っている。

 断るしか無いのが本心だが、どう断ればいいのか上手い言葉が出て来ない。


 俺は暫く教室の自席で呆然としていたように思う。


「あれ?沢村まだ居たんだ。」


 教室にやって来たのは曽我部だった。

 久遠と話をしている所にブッキングしなくて良かった。


「あ、あぁ、ちょっとな。」

「ふぅん。まぁいいや。帰れるなら帰ろうぜ。」

「おう。」


 取り敢えずは自分一人で考えてみようと思い、鞄を持って曽我部と一緒に教室を出た。




 あれから3日経った。

 久遠からは何も言って来てはいないが、そろそろハッキリさせてやらないといけないとは思っていた。


「何か最近悩んでるのか?」


 横から俺の顔を見ながら曽我部が尋ねてきた。


「え?あ、あ~……そういうわけでも無いんだけど……何でだ?」

「そういうわけでも無いわけない顔してるぞ。」

「そ、そうなのか?」


 無意識の内に、悩んでいる顔になっていたようだ。


「何せ、俺はオマエの親友だからな。」


 根拠は無いが、何か感じる所があるというなら隠し立てするのも悪い気がしてきた。


「例えばの話なんだけどさ。」


 例え話に置き換えてみよう。


「好きな子が居る中で、好きでも嫌いでも無い子から告白されて、それを何と言って断るのがベストなのかな……と。」

「何それ?」

「例えばだよ、例えば。」


 曽我部は怪訝な顔で俺を見ていたが、前に向き直って腕を組み、右手を顎に当てて考える素振りを見せた。


「曽我部は久遠の事が好きだろ?」

「あぁ!日々心の恋の炎は燃え滾って……」

「それは後でいいから先に聞け。で、久遠以外の子がある日オマエに告白してくるんだよ。『好きです。付き合ってください。』ってな。」

「うんうん。」

「曽我部としては久遠と付き合いたいわけじゃん?でも告白して来たのは久遠じゃないわけだよ。」

「ほうほう。」

「当然、曽我部はその子の告白を断るようになるだろ?その時どう言って断るのかなって。」


 曽我部は俺の顔をじっと見て即座に答えた。


「そりゃ正直に『他に好きな子がいるから君とは付き合えない。』って言うさ。こういうのは下手に誤魔化そうとしない方がいいんだよ。それに好きでも無い子に嫌われたって痛くは無いだろうし。」

「まるで経験者みたいな言い方だな。」

「例えばの話だろ?」

「そうだな。」


 曽我部の言う通りだ。

 誤魔化そうとしたり嘘を吐いたりするのは、何処かに自分を良く見て貰いたいという欲求があるからで、好きでも嫌いでも無い子にどう思われても気にする事は無いのだから。


「何?そんな案件あったのか?」

「あるわけないだろ。」

「だよなぁ!」


 底抜けに明るく、高いテンションを維持する曽我部を見ていると、何故だか悩んでいる事がちっぽけな事に思えてくるから不思議なものだ。




 翌日、俺は久遠を学校の裏門から出て少し歩いた所にある公園に呼び出した。

 高校に入って数ヶ月経つが来るのは初めての公園だった。


「お待たせ。」


 少しだけ息を切らした久遠が、俺が公園に着いた5分後にやってきた。


「わざわざこんな所に悪いな。」

「ううん。校内より全然いいと思うよ。」


 久遠は公園を見渡しながら『ふぅん』とか『へぇぇ』とか言っていた。

 俺はあまり時間を掛けたく無かったので、久遠が一頻り公園の中を見た後すぐ本題を切り出した。


「この前の話なんだけど……」


 久遠は髪を風に靡かせ、スカートをふわっと躍らせて俺の方に振り向いた。

 その顔は明らかに緊張していたが、何とか笑顔を保とうとしているのが見て取れた。


「ごめん。俺は久遠とは付き合えない。」


 俺は『今は離れているけど好きな子がいる』という事、『今でもその子の事が忘れられない』という事を、敢えて言葉を飾らずそのまま伝えた。

 話し終えて小さく溜息を吐き、そっと久遠の顔を伺った。

 久遠は涙の一つでも流しているかと思っていたが、優しい笑顔で俺を見ていた。


「言ってくれてありがとう。フラレちゃったけど、私……沢村君に告白出来て良かったと思ってるよ。」

「良かった?」

「うん。沢村君が私と付き合えない理由を包み隠さず教えてくれて……私も誰かにそんな風に想って貰いたいなぁって思えたから。」

「そうなんだ。」


 久遠はゆっくり俺に近付いてくると俺のすぐ前に来て、少し弱々しい感じは受けたが笑顔で見上げてきた。


「沢村君と恋人としてお付き合いするのは諦めるけど、もし迷惑じゃなければお友達としてこれからも付き合って貰えないかな?」


 何故かそう言ってきた久遠は、笑顔なのに泣いているようにも見えた。


「友達なら歓迎だよ。」

「ありがとう。」


 久遠はすっと顔を伏せると、『じゃあまた明日ね。』と言って俺の体の左側を通って公園を出て行った。

 公園から久遠の姿が見えなくなった瞬間、俺は全身から力が抜けていく感覚に陥ってベンチに崩れるようにしてしゃがみ込んでしまった。


(これで……良かったんだよ……な……)


 夕陽でオレンジ色に染まっていく公園で、誰に言うでも無く呟いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る